感想(2016/08/17)
女性作家の文学作品で感心したことはほとんど有りません。
もちろん、山崎豊子の一連のドキュメント作品はその力量にほぼ感動と言って良いものを私に与えますし、宮部みゆきの短編も好感を持てることが多いです。
しかしながら、多くの女性作家が描く登場人物の内面は常に一方向からの視点しかなく、しかもその視点は不完全燃焼で愚痴っぽく無責任さを感じます。
登場人物が全て同じような感性なのです、例えるなら餡かけの表面に浮いた泡みたいなもので、破裂しないけれど自己主張だけする。見苦しい。
残念ながら、この作品も多くの女性作家に見られるように、全ての登場人物が同じような感情を共有しています。
対人関係に未熟で、自分はこの社会に不要な人間なんじゃないだろうかと感じる現代的な鬱芸。
好みの主題で、展開も淡白に速く三世代の編集部員を描いていき、綺麗に纏め上げているだけに残念至極です。
血の涙を流してしまいそうです。
例えば、この作品を通しての主人公と言える“馬締 光也”だが、大学院を卒業して一流出版社に就職して不向きな営業をしているところを辞書編集部に見出されます。
その際に、“大渡海”という言葉を誤解してクリスタルキングの“大都会”のフレーズを歌いだしてしまうところはギャグとして許します。
その場面で、一般人とは隔絶した言語センスが有ることを紹介していながら、いや、本当に一般人とは隔絶された言語センス。
普通“しま”といって、ストライプ、アイランド、地名の“志摩”までは出ても、『よこしま』や『さかしま』のしまはなかなかでない。
ましてや、揣摩憶測するの“揣摩”なんて、普通出る前に入ってないし、仏教用語の“四魔”というのはどれくらいの割合の人が知っているのだろう。
と、これぐらいのレベルを見せ付けておきながら、この後の彼の思考の露出と思われるなかでの言語センスのあまりの隔絶に同一人物とは思われない事態が多々現れます。
突然ヒロインと出会い、猫に向けられた可愛いという言葉を誤解してしまったときの反応に“贔屓目という偉大なフィルターを駆使していた母親ならいざ知らず、俺がかわいく見えるはずがないじゃないか。”という言葉の言語センスのなさには吐き気がする。
母親が子供を贔屓目で見るのは当たり前のことでわざわざ先に断り書きをしてしまうというくだらない重さ。
また、古本を何部屋をも埋め尽くすほど買っていながら、料理に関連の有りそうな本が「菌類の世界」とはあまりにも芸がない。
豆腐百珍や日本料理の本を出せとは言わないが、買って買って買いつくしたのなら、全く料理にかかわらないように本を買うというのは不可能だ。面白い本出せよ(いや本気で)
新しく配属された編集部員に既に結婚したヒロインを紹介するときも、聞きなおされても芸なく同じ言葉を繰り返す。
新しく配属された編集部員も言語センスがぐんぐん上がっている表現があるにもかかわらず、「全然大丈夫」という美味しい表現があるのにノータッチ。
全体に惜しいというよりも、物足りないんだよ。
言葉を取り上げる隙間がまだまだ有るのに、詰め込み感が足りない。
全体的に、キャラの設定に詰めが足りないから、このキャラはこうは動かないだろうというような動きをする。
退職して、嘱託として働く荒木が馬締をスカウトに行くときに名前すら確認しないというのはベテラン社員らしくないというより、ありえない。
変なフェミニズムか知れないが、ご老齢の主人公の下宿の主のおばあさんが、主人公を夕食に誘った後、主人公が皿を洗うというシーンがあるが、1990年代の60歳代のおばあさんが、男性にお皿を洗わせるというのは現象としてあまり考えにくいのではないかと思う。
もちろん、現代的なおばあさんだったのかもしれないが。『持病の癪』がというのがわざとか本気かというので評価が分かれると思いますが。
もちろん、私はフェミニストですよ。
キャラの煮詰め方に徹底が足りないから、キャラが突然有能になったり、高倉健になったりする。
隆慶一郎の時代小説だったと思うが、それほど長編というわけでもないのに、主人公と敵役のお互いの愛憎が速い速度で転変するというを見ておかしいと感じたことが有ります。
作家が文章を書くテンポと、読者が文章を読むテンポはかなり違いますので、作家が苦労した部分は読者がテンポが狂ってしまいおやっと思ってしまうポイントになるのでしょう。
だとしたら、この作品は作者が苦労したポイントが多すぎではないでしょうか。
実は、テレビのドキュメントで、辞書を編纂された苦労を取り上げたものが有り、また映画化されたこの作品を見てこの本を手に取ったのですが、もしかしたら作家の手に余る主題だったのではないかと思います。
テーマとしては大好物ですし、物足りないとはいえ嫌悪感を催すほどではなかったのですが、この作家の作品を読むことは特にないんじゃないのかな。
新しいテーマを開拓でもしない限り。
最終更新:2016年08月17日 03:34