http://wiredvision.jp/archives/special/hack/200104170100.html
より
(※この記事の初出は、「Hotwired Japan」 2001年4月17日となります。)
Text: 江坂健
このところ、行政、金融、政治などで、徐々にではあるが、起こりつつある改革は、確実に市民重視の方向を指し示している。そうした時代の趨勢に遅れていた「医療」がようやく変化の兆しをみせようとしている。昨年12月、世田谷にオープンした「用賀アーバンクリニック」は、開院時間、午前8時~午後8時(昼休みナシ)、往診可で、必要に応じて薬も無料で配達。そして、ネットを通じて、カルテ閲覧を可能にし、メールで医師とのコミュニケーションが取れるシステムを導入。また長時間の対話の中から、目の前で、パソコン上に日本語でカルテを作り、プリントアウトして手渡している。こうした徹底した患者重視の姿勢は、待合室に置かれていたチラシにこう書かれている「私どもは医療を‘サービス業’としてとらえており、従来の医療機関にはない試みも実施し『現代の赤ひげ先生』を目指しております」。ようやく始まった、ユーザーオリエンテッドな医療改革。その内側を院長の野間口氏と医師の遠矢氏、オープンカルテなどのネットワークシステムをサポートする(株)ニューロマジック副社長の田中良直氏に訊く。
――とてもユニークなコンセプトの医院ですが、始まりの経緯を教えていただけますか。
野間口元マッキンゼーのコンサルタントだった大石という女性と、医者の仲間が集まって出来た会社があって。そこから、クリニックのサービス・オリエンテッドな展開、出来ればフランチャイズ展開の可能性を考えて出来た会社が、メディヴァです。僕の個人開業をメディヴァという関連支援会社にサポートしてもらっているわけです。
始めるにあたって、やはり必要なのは、ある程度のお金です。いわゆるベンチャーの世界は、短期間でものすごいリターンを要求されますから。医療というのは、地道な成長というのは望めますが、そういった一足飛びの展開というのは難しいんです。そのあたりをよく分かってもらえる、良質な投資先というのを、大石が中心になって探して東急電鉄と組むことでこの事業が始まったんです。
――新しい会社組織を作って、新しいサービスを提供するということにおいて、どういうサービスがいいと思われたんでしょうか?
野間口僕らが一番ベースとして思っていることですが、基本的に今まで医療の世界は、患者主導ではなかったわけです。医者主導であり、病院主導であったわけで。例えば、3時間待ちで3分診療。これは、ごくあたりまえの世界で。銀行でさえ、ATMの外来と、お金貸してくれっていう外来と、いろんな形で分けて、待ち時間も少しでも減らそうとしてる。けれども病院は、風邪の人も肺ガンの人も同列で見てるわけで、そういった工夫はなんでしてないの、と言われると、詰まるところがあったんです。
――具体的には、どういうところから変えるところから始まったんですか? カルテ開示というのは、分かりやすい、大きな変革であると思いますが。
野間口この診療所のコンセプトは3つあって、一番目が、家庭医。二番目が、サービス・オリエンテッドの医療。で、三番目がカルテ開示による、参加型医療の実践。この3つが、基本コンセプトです。
遠矢家庭医というのが日本にはあまりなくて、患者がどこへ行ったらいいのか、迷うんです。それをアメリカでは、ゲートキーパー的に、先ず、かかりつけに行って、そのお医者さんが、他の専門医を紹介してくれるっていう役割を担う病院を、必ずみんな持っている。その仕組みを日本でちゃんと作ろうと、患者さんも迷うことがなくないように。
野間口カルテ開示に関しては、医療サイドじゃない方たちは、いいことだ、と諸手を上げて賛成して下さる方が多いんですが、知りたくない情報も、知り得てしまうという可能性があるということで、諸刃の剣なんです。そこまでして知りたいんだから、こういったことも知ってしまうということも、分かってるんでしょうね、と言ってカルテ開示したり。ある種、患者さんの行動を治療に向かわせるような、モーチベーションのシステムにはならないかな、とは思ってるんですけど。ただ、それから逃避しちゃう方もいるでしょうし。そんなに、ただ口当たりのいい、甘いシステムではないです。
ただ、実際にこれまでカルテを全部見せてるという所は無いので、見せた時に何が起きるのか、やりながら考えようというところです。だから、何が起きるのか、楽しみです。たぶん上手くいかない場面というのも、きっと出てくるのだろうなとも思ってますけど。
田中カルテの開示と言うのが、目玉の一つにはなっていると思うんですが、メディヴァという会社が作ろうとしている、プラタナス・ネットワークというのは、カルテを開示するために作ったわけではないんです。要は、コンシューマー・マーケットの考え方で、医療をもう一回見直してみようと。ずっと長期間に渡って相談できる、ファミリードクターという考え方、安心できるお医者さん、というのをやろうというのがあったんです。それから、いくつかの病院をネットワークで繋いで、患者のカルテが、どこへ行っても共有されてるという、そういうネットワーク・クリニックという概念を建設しようと。逆にそうやってネットワーク化することで、個々の診療所の、例えば、会計であるとか総務であるとか、そういうオペレーション上、経営上の無駄な部分を省いていこうと。
ウェブサイトで行えることというのは、すごく多いと思うんですけど、実際の医療行為における質の転換というのが、柱になってると思います。
ウェブのメニューでいうと、「オープンカルテ」と、まだラウンチしてないんですが、「母子手帳」。これは、例えば、小さい子供が予防接種を受けなきゃいけない。いろんな時期に、いろんな予防接種を受けるんですけど、それが過去にどれを受けて、どれを受けてなくて、どれぐらいのタイミングで何を受けたらいいのかっていうのを、いちいち調べなきゃいけない。それを、用賀アーバンクリニックでは、全部その母子手帳の中身を全部開示しようと。それをウェブサイトを通して、自分で確認できる。更に、そのお子さんの予防接種のタイミングが来たら、メールで知らせてあげるだとか。あと、さっきの風邪の専用ラインを設けようというのを、ウェブサイトで実現しようとしたら、「風邪クイック」というメニューを作っています。風邪の問診データをウェブサイト上から送信できる。それを受け取って、あらかじめ処方箋なりを準備しておいて、確認の診断というのはやらなくてはいけないのですが、出来る限り時間も短縮出来る…というねらいですね。
――日本では家庭医という存在が、当たり前のようで、当たり前でないですね。
野間口そもそも、大学医療教育、特に卒後の医者になってから受ける、最初から専門医が受けるための研修しか、今の所システムがないんです。要は、仕組みから、家庭医というか、一般的に広く診療できる仕組みか何か作ろうと。もう少し、研修システムでも、横に幅広い研修が出来るような仕組みを…。専門医じゃないくて、もっと幅広くなんでも診られる、町医者みたいな医者になりたいっていう人を作ろうと。
やっぱり現実を作って、そこから変えていくのが一番良いのかなと。宅配を確立したクロネコヤマトと同じですよね。ただ、そういった偉そうなことは言ってても、僕としては、純粋に面白くて楽しんでると言うのが本当なんです(笑)。眉間にしわ寄せてやってる医療なんて、医療じゃないと思ってるんで。
まだ電子カルテも今のところパフォーマンス悪いですよ。時間かかるし。医師がタイプしないといけませんから。だけど、やっぱりプリントアウトして手渡すと、患者さん側からの納得感が高いですし、濃密なコンタクトが出来たということで、満足してもらえていると思っています。
そのコンタクトが出来る時間というのが、重要だと思うんです。出来ないような診療のパフォーマンスになったら、このオペレーションというのは、たぶん失敗だろうと思っていて。この電子カルテを制作しながらの診療が、たとえば10分かかるという現実があるとすると、それがそのオペレーションの限界であるし、それ以上の短い時間で患者さんを診療したらいかんということなんじゃないかな、と僕は思ってるんです。
――多くの医院は、診療時間が短いという感じはしますね。
野間口外来のみの診療所の場合は、患者さんの数が何人来たかによって、収入が純粋に違ってくるんですよ。ですから、この診療所の固定費はこれぐらい、人件費これぐらい、必要経費これぐらい、っていうのを全体で見ると、一日に何人患者さんが来てくれないと困るっていうのが、成り立つんですよね。実際、うちの診療所にもそれはあるんですけど。それを診療時間で割るとしますよね、例えば、9時から12時、3時から6時として、6時間で割るとする。そうすると、6時間に何人診なきゃいけないっていうのが、当然でてくるんです。そこで出てくる数というのは、一人にかけるべき診療時間として、医師の側には負担としてかかるわけです。それを短くしたら、患者さんの数がたくさんいれば、どんどん伸びるから、その時は、インカムが増えるという結果になるわけです。それで、患者さんが満足するかどうかは別として。
――こちらをモデルケースにして、マネージメントのノウハウを蓄積してチェーン化というか、拡大する、ということをお考えですか。
野間口規模の拡大を考えるにあたって、問題になるのは、やはり医師のリクルーティングなんですよね。尖ったお医者さん達を、どうやって、まあまあとか、これ楽しいでしょとか言いながら…
――最終的には、そこが一番問題ですね? そういうお医者さんというのは、増えてるんですか?
野間口たぶん、そういう人達というのが、生き残っていくんだろうと思うんですけど。
遠矢じゃなかったら悲しいですよね、やっぱり。また、医者って、医療しか知らないから、今、開業したいと思ってる僕らと同じぐらいの世代の医者で、開業するノウハウを知らなければ、そういう意味で支援してほしいって言う人がいてもいいわけですし。
田中ネットワーク化することによって、ポテンシャルを持った医者が余分なオーバーヘッドを持たなくて済むんです。
――ただ開業をしたいという意識の人と、患者が喜ぶ状態にしたいという意識を持つ人は、大きな違いがありますよね?
野間口要は、我々、医療サイドの人間が、自分が医療を受ける立場になって考えてみた時に、たぶん、僕がガンになって、手術受けるってなった時、その病院の自分に対する扱いに、すごく愕然とすると思うんです。そこで、自分はそれに気付くんでしょうけど、そうじゃなくても、自分が患者さんだったら、機嫌が悪そうにされたら嫌だなって思うじゃないですか。それは、ごくごく当たり前のことだと思うんですが、当たり前のことを当たり前のことではないと思ってる人達っていうのが、まかり通ってる世界なんですよ、今は。
――それに気づく気づかないは、個人的な資質でしかないんですか、今は?
遠矢あと、体験したことがあるかどうか、ですかね。患者としての立場とか、本当に患者サイドの医療を実践している所を体験していれば、自分も変わるでしょうから。
――また、逆に心配にもなるのは、患者っていうのは、わがままなものでもあるとも思います。与えられ続けると、すぐ当たり前としてしまう。そうすると、徐々にサービスする側の負担を考えなくなって、破綻してしまうというような状況が起こることが心配にもなりますが…。
野間口それは、すごく大事な視点だと思いますね。そうなった段階で、ある意味、これは申し訳ないけれども、自由診療を取り入れるかもしれないですね。自由診療というのは、保険診療ではない診療ですけど。だけれど、それは最後の選択になりますね。それをやったら、基本的に僕らのコンセプトは崩れるので、それを何とかオペレーションで回避したいですね。
逆に言うと、この診療所に来て、このケースを体験している患者さんも一緒に育って欲しいんですよ。さっき、カルテ開示のところで、あまり甘いシステムではないと言ったのは、そういったニュアンスも少しあるんです。だから、砂糖でまぶした、すり寄ったサービスに見えるけど、実はそうじゃない側面があるんだと。というのも、もう少し規模が大きくなると、そろそろ啓蒙というか、医療というのは、与えられるだけじゃなくて、あなたも参加しないと良くならないですよと、啓蒙していかなくてはならない局面が、きっと来るのではないかと思っています。
――これからの方向は、どうされようという予定なんですか。
野間口基本的には、ウェブ上で患者さんのデータを公開して、それがすごくいいという評価を得るためには、ネットワークが不可欠だと思ってます。診療所が2つ3つあって、その患者さんが違う診療所にかかって、あっちのデータがここでも見られたら、それが診療の一助となる場面が出てきて始めて、ネットワーク化した威力というのが出てくる。そういう意味で言うと、あと1つか2つは、是非、同じスタイルの診療所が欲しいんですが、そこで、やっぱり問題なのは、医師のリクルーティングなんです。
田中ネットワーク・クリニックという概念でネットワーク上に患者のデータが一元化してあるという状態を、最大限にアピールしていく、あるいは、その便利さとかアドバンテージを追求していくのには、いくつかやり方があると思うんです。一つは、株式会社メディヴァが、用賀アーバンクリニックを核として、一つ一つ病院を建てていくという方法。そこに新しく医師をリクルーティングして、新しく、用賀アーバンクリニックの次として、例えば桜新町アーバンクリニックとかを作っていくと。もう一つは、既存の医師の中で、こちらの主旨に賛同してくれて、そういうところを取り込んで、これは、エコノミックス上は、非常に難しいんですが、ネットワーク化されることで、オーバーヘッドが減る部分とういのが出てくるので、そこでどうにかエコノミックスを作っていくという方法ですね。他には、ネットワーク上に患者のデータがあって、それがある種の共有するということを、他の病院がするというのは、考えられないことではないです。第一歩は、たぶん緊急時だと思うんです。救急医療にこれを役立てられないかというのがあります。ですから、検討を始めたところですが、用賀アーバンクリニックの診療カードを持ってる人であれば、極端な話…今は日本語で書いてあるからダメですけど…外国に行っても、ネット上で自分のカルテを自分でログインして表示して、そこにいる医者に見せることが出来るわけじゃないですか。そういう利用のされ方も、可能なはずなんですよね。それは、かなりセキュリティー上いろんな問題が出てくるので、どうするか、これから考えなくちゃいけないですけど。
――そういう意味でも、スタンダードみたいなものを作ろうという意志もおありだということですか?
野間口スタンダード作ろうとは思ってませんが、結局、まだそういうことをやっている所がないですから、出来たところがスタンダードになっていくと思うんです。ただ、この業界の場合には、やっぱり、大きな規模で始めてしまうと、修正が大変だという面があるので、今は規模が小さいですから、小さい規模で修正可能な状態で、走りながら修正できるというスタンスが出来ていることが重要なんです。今でも、僕らがやっていることが、全て正しいとは思ってませんし、状況によって、ここはダメだというところを削ったり、加えたりしながら、修正していかざるおえないと思うんです。それを許容するためには、システム自体があまり大きいと無理なんです。用賀アーバンクリニックというのは、基本的には、エクスペリメンタル・スペース(試験的な場)と位置づけていますから。