0114:フリスビーに遺灰な人がいる

フリスビーの開発者、故エド・ペドリックのペット、ファリーナさんの話では「フリスビーの原料であるプラスチックと遺灰を混ぜて作りました」「遺言で死んだらフリスビーになりたいと残したから作ったのよ」


補加

2枚セットで2200ドル(約2万4千円)で販売されました 遺言は「私の遺灰でフリスビーを作って、みんなで投げ回してくれ。私はずっと宙に舞っていたい」です 「フリスビー」開発者が死去 遺灰はフリスビーに ←back ↑menu ↑top forward→管理人 WEB - 2002/8/14(水) 23:17 -返信引用なしサンフランシスコ(ロイター) おもちゃの円盤遊具を速く、真っすぐ飛ぶよう開発を続け、現在の「フリスビー」を誕生させたエド・ヘドリックさんが12日未明、米カリフォルニア州の自宅で死去した。78歳だった。息子のケンさんが13日付の地元紙サンタクルス・カウンティー・センティネルに明らかにした。遺灰は、円盤型に流し込んで、フリスビーにして遺族らに配られるほか、美術館に寄贈したり、販売して、今後のフリスビー発展の資金に充てるという。

ヘドリックさんは高血圧で、先月マイアミで催されたプロフェッショナル・ディスク・ゴルフ協会のアマチュア世界大会を訪問中に発作を起こし、医者の指示のもと自宅に戻っていた。ヘドリックさんは国際フリスビー協会を設立するなど、スポーツとしてのフリスビー普及に大きな役割を果たしてきた。円盤遊具は19世紀後半からエール大学の学生たちによって遊ばれていたとされている。当時はふちが金属でできていたが、第2次世界大戦後にプラスチック製に開発された。その後、米がん具会社ワムオーに勤務していたヘドリックさんが、空気力学をもとに円盤の形を改良、現在のフリスビーを誕生させた。1966年には特許を取得した。

ヘドリックさんは昨年、同紙のインタビューに対し、フリスビーは最も簡単な、最も成功を収めたおもちゃだと指摘。「美しく飛ぶフリスビーは何らかの力を持っていると思う」と語っていた。・・・ひょんなことから関わることになったフライングディスク。学生はすぐうまくなるが(人によりけりだが)、私は停滞したままだ。ご冥福を



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最終更新:2016年09月23日 13:16
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