『猫と花菖蒲』
「カナミさん、おはよう」
「あ、コノカちゃん。おはようございます」
日曜日の朝、ウスワイア。
一昨日、
ウツロ君から貰った花菖蒲に水をやっていると、
コノカちゃんがやって来ました。
「あれ、その花…」
「あ、これはある人から貰ったんです」
「ある人…もしかして好きな人から?」
「ちょっ、違いますよ!」
「ふぅ~ん」
納得した様に言ってるけど、絶対信じてない…!
とほほ…。
「何て言う花なの?」
「花菖蒲ですよ」
「へえ~…綺麗な花だね~」
「私も、この花好きですよ」
「…あっ、そうだ。
ミユカさんが呼んでたよ」
「ミユカちゃんが? 分かりました」
「ミユカちゃん」
「あ、カナちゃん!」
「どうしました?」
「えっとねー、この前の帰りでさ、そのウツロ君って子へのお礼は何がいいかって、聞いたでしょ?」
「あ、はい…」
聞いたって言うより、ミユカちゃんが無理矢理、花菖蒲の事聞いてきたからそうなったんですが…。
全く自覚してませんね…。
「それでね、私は
風月堂の和菓子がいいと思うんだけど」
「和菓子ですか?」
「うん、その子きっと、気に入ってくれると思うよ?」
「そう、ですかね」
「そうに決まってるじゃん!」
「…分かりました! じゃあさっそく買ってきます!」
-風月堂-
「こんにちはー」
「あら
カナミちゃん、ようこそお越しやす」
店に入った私を出迎えたのは、風月堂の経営者の娘さん、咲埜子(サクヤコ)さん。
19歳の大学生なのですが、幼い頃に暮らしていた京都の方言の為か、もっと大人な雰囲気があります。
また、ウスワイアに雇われたいかせのごれ警備係の能力者であり、見た目はなんら普通の人間ですが、
『付喪神』のお母さんの血を引く、謂わば『半妖』だとか。
「今日は何を買いに来はりましたん?」
「ええっと…」
人気の苺大福や生菓子、みたらし団子ももちろん美味しいのですが、
羊羹やどら焼きにおはぎ等、他の物も美味しいです。
うーん、どれにしましょう…。
「うちは苺大福をお勧めしやすけど?」
「苺大福…?」
「実は、いつもと違う種類で、「あまおう」の苺を期間限定で入荷してはりますんよ」
「あまおうって、普通のより甘いんですよね?」
「ええ」
あまおうの苺大福かあ……。
とっても美味しいんでしょうね。
よし!
「じゃあ、苺大福を2個お願いします」
「おおきに」
咲埜子さんが、色んな和菓子が並べられたガラスケースの中から、
苺大福を取り出し、袋の中に入れてくれました。
「340円になりやす」
「はい」
「おおきに、また来はってなあ」
咲埜子さんに手を振り返し、私は風月堂を後にしました
-同時刻 ホウオウグループ-
「あ、うーちゃん。何かげっそりしてない?」
「またフラスコの中に戻されたんですよ……それより、カナミさん喜んでました?」
「うん、すっごく喜んでたよ!」
「…良かった」
さも嬉しそうに微笑するウツロ。
それを見たトキコは。
「…やっぱうーちゃん、カナミちゃんの事好きなの?」
「何度言ったら分かるんですか。別にそんな事ありませんよ」
「じゃあ、本当に友達だと思ってるの?」
「…ええ」
―――本当は、違う。
友達とは思ってる。
ただ、あの人は僕を『僕』として見てくれる、唯一の人なんだ。
ウツロは自分の為に笑い、涙を流してくれる少女を思い出しながら、心で呟いた。
-翌日 いかせのごれ高校-
「あら、スザクちゃん。今度は何の本を読んでるんですか?」
「ああ、カナミ。幻想物語の第2シリーズを読んでるんだ」
「相変わらず本がお好きなんですね」
「そういうカナミは和菓子が好きだよな」
笑って言うスザクちゃん。
前まではあまり笑わなかったので、少し嬉しいです。
「…ん? その袋は何だ?」
「えっ、あ、な、何でもないですっ!」
逃げる様にその場から離れる私。
恥ずかしいし、もうこれ以上知られたくないです…。
早いとこトキコちゃんに渡しましょう。
「トキコちゃん」
「あ、カナミちゃん。どうしたのー?」
「あの、これ…ウツロ君に渡してくれませんか?」
「いいよー。中身は何なの?」
「…秘密です」
「え~」
ごめんなさい。
でもトキコちゃん、教えたら勝手に食べてしまいそうですから……。
「分かった。渡しとくね」
「ありがとうございます」
ウツロ君の好きな物分からないから、適当に選びましたが……。
喜んでくれるでしょうか?
「ねえカナミちゃん」
「はい?」
「カナミちゃんは本当に、うーちゃんの事友達だと思ってるの?」
「え、そうですけど…」
「…ふーん」
? どうしたんでしょうか…。
「今日の体育疲れたなあ……」
今日、体育の時間でバスケットボールをやっていたのですが…。
私はこの通りスポーツは苦手で、今日もボールを受け止める時、何度も顔にぶつけたりしました…。
何で苦手なんでしょうね……泣きたいです…。
いつも隣で励ますミユカちゃんも、今日は「お買い得セールうぉるららぁぁぁあ!!!」とか言って、猛ダッシュで行ってしまいましたし……。
すると不意に―――。
「今帰りかな? 花菖蒲」
「だっ、誰ですかーっ!?」
聞こえてきた声に驚いた私は、思わず素っ頓狂な声を上げました。
そして次に聞こえたのは「クカカカ」という笑い声。
声の方を見ると、フェンスに腰かけるクラスメイトがいました。
「びっくりさせたみたいだねえ」
「あ…
チェシャ…君?」
猫耳フードに前髪に隠れた顔。
1組の
ユウキ君に似た、不思議で謎に満ちた雰囲気。
そう、まるで不思議の国のアリスに出てくる、『チェシャ猫』。
「ところで花菖蒲」
「え?」
花菖蒲って…まさか『あの事』を知って…いや、それよりも。
「どうして、私を花菖蒲だと?」
「んー? キミに一番似合う呼び名だからさ」
「呼び名、ですか」
「まあ、それは置いといて」
前置きして、チャシャ君が言いました。
「キミは、本当は自分の『心』に気づいてるんじゃないのかい?」
「…『心』?」
一体何を言ってるんでしょうか…。
「とぼけたって分かるよ。キミは死にたがりの事が好きなんだろう?」
「は……」
何でチェシャ君までウツロ君の事を!?
というか、好きって…!
「そんな事―――」
「あるよ」
私の言葉を遮るかの様に言うチェシャ君。
「キミはただ、先を恐れて否定しているだけ」
「だ、だから…」
「そして、自分達の立場に恐れているだけ」
「!!」
そうです。
私はアースセイバー。
ウツロ君は
ホウオウグループ。
私達は、敵同士。
「でも恐れる必要はないんだよねぇ」
「え?」
いつの間にか足をフェンスに引っ掛け、逆さまになっているチェシャ君。
「だって、『心』と立場は関係ないんだしさあ」
「ど…どういう事ですか?」
「そのまんま。立場が違うだけで、『心』を伝えてはいけないって訳でもないのさ」
「……」
「そろそろ、自分の『心』に嘘をつくのは、やめときなよ。じゃあ」
「え、あの―――」
しかし、チェシャ君の姿はどこにもありませんでした。
「…そう、ですね」
私はずっと、嘘をついていました。
自分の『心』に、ずっと。
伝えたら、今のウツロ君との変わってしまいそうで。
怖かった。
でも、いつかきっと、後悔します。
伝えないと、伝わりません―――ウスワイアに来る前の、昔の様に。
「…明日、伝えよう」
それにはトキコちゃんの力が必要ですね。
今度、頼みましょう。
-同時刻 ホウオウグループ-
「……」
とある部屋で、ウツロはある言葉に頭を悩ませていた。
(次会ったらマジでその女消すからな)
「…駄目だ…カナミさんは何も関係ない…」
―――彼女はただ、自分に優しくしてくれただけ。
なのに殺される道理はない。
「…次会ったら、さよならって、言おう」
花菖蒲は 自分の『心』に気づき
死にたがりは 自分の『大事なもの』を守る為に
互いは―――互いに伝える事を決意した
最終更新:2011年06月10日 22:25