―――放課後の教室にて。
「なぁ、鳥さん」
「ん?」
机に腰かけて本を読んでいた僕に話しかけたのは、珍しく真二だった。
断わっておくけど、友達だ。ただ、仲が良いほどに付き合いがない、っていう変な人間関係なだけだ。
「ちょっと思ったんだけどさ~、鳥さんの趣味って何?」
「……何なんだ、いきなり」
「いやさ~、鳥さんって前から思ってたけど、何か安定してない感じがするんだよ~。それが最近変わったからさ~、なんか趣味でも出来たのかなぁ、と~」
ああ、そういうことか。安定してないっていうのは「歪んでた」頃の話だな。
「趣味、か……これくらいかな」
言って、右手に持った「幻想物語」第1シリーズ、「聖戦と死神第1章『銀色の死神』」を軽く振る。
「読書~? 瑠璃ちゃんと同じ?」
「んー……瑠璃とは違うな。あいつは本を読むっていう行為自体が好きだろ? 僕は本全般っていうか、このシリーズが好きなんだ。何か深いし」
水野 瑠璃。クラスメイトの中でも地味な方の彼女は、読書が最高の娯楽だと言っていた。
『火波さん、これ、読んでみない?』
『瑠理? ……『黒の預言書』? 何、これ?』
『私が良く読んでるシリーズの一冊なんです。それ、ちょっと手違いでダブっちゃったやつですから、気に入ったらあげます』
そう言って瑠璃がくれた一冊にどっぷりハマり込み、火が付いたように集め始めて現在に至る、というわけ。
「俺もいくつか持ってるけど~、それって結末がどいつもこいつも暗くなかった……? 特にそのシリーズ、結局最後は『運命からは逃れられませんでした』で終わりだけど……」
「? 最終巻は『キミが生まれて来る世界』だよな? 全部読んだけど、それは確か『書の囁き』だろ?」
物語全体の『舞台』である「黒の預言書」、その原典の化身たる少女の一人語り。「書の囁き」はそういう内容だった。真二が言っている内容はその中のもので、最終巻ではなかったような……。
「……まさか鳥さん、知らない?」
「?」
「最終巻のカバー、裏が真っ黒だろ~? あれさ、外して光に透かしたら、本当のエピローグが書いてあるんだけど……」
「え!?」
幸い、今日は第1シリーズは全部持ち歩いている。最終巻を引っ張り出してカバーを外し、真二の言うとおり光に透かして見る。と、
「―――『結局、彼女は運命から逃れることはできませんでした。ですが憐れむ必要は―――』…………本当だ」
まさに、その通りの事が書いてあった。
「……うわー、ちょっとショックだなぁ。救いがないのはわかってたけどここまでとは……」
「いや、それで落ち込んでたら『Elysion』とか絶対読めないよ~?」
「!! そうだ、『Elysion』! うわーっ、何てバカなことしたんだ僕は……」
「? 何かあった~?」
「……や、聞かないでくれ。思い出すとちょっと……」
「お、珍しい組み合わせだな」
入口の方から声がした。振り向くと、そこに立っていたのは「普通」を絵にかいたような男。
「ザルク?」
「ありゃ~、何とも珍しい人が~」
「珍しいとはなんだ、珍しいとは」
やや膨れた顔をしながら入って来るザルク。外見も成績も取り立てて優れているわけではない、普通の男、
ザルク・ゼドーク。何でか知らないけど、校内では人気らしい。
「それよか、何の話してたんだ?」
「ん、あぁ……」
趣味の話をしていたことを教えると、ザルクは「ほぉ」と言って僕の持っている本を見た。
「『幻想物語』シリーズとは渋い。読み耽ってるとなるとなおさら渋い」
「……これのどこが渋い? 著者のR・Vさんって結構なベストセラー作家だぞ?」
「いや、何となくだ、何となく」
「わけがわからない……」
「……そーいえば、ザルクの趣味ってなに~?」
特徴的な間延びした喋り方で、真二が問う。言われたザルクは顎に手を当てて少し考えると、
「……趣味ってわけじゃないが、マインスイーパが得意だな。あとはジャグリングとか」
「ジャグリング? ピンはいくつ?」
「12」
「「多ッ!?」」
思わず声が揃った。
「そこまで驚かなくても……」
「ザルク? 何してるんだ、よそのクラスで」
またもや外から声がかかった。見るとそこにいたのは、2m近い巨躯で強面の男。学校では有名人の、
「おお、
ライザか。ちょうどよかった、お前もこっち来いよ」
「いや、俺の質問に答えろ。よそのクラスで何をしてるんだ、お前は」
「や、ちょっと趣味についての話を」
「趣味?」
「そう、趣味。そうだ、お前なんか趣味あるか?」
何と言う事もなく、軽く問うザルク。言われたライザの方は、む、と一瞬詰まってから答えた。
しかしそれは、僕と真二の予想とはまるで違っていた。
「プラモデルやジオラマの製作だ。かなり楽しい」
「プラモにジオラマ~? 何かイメージ違う……」
「貝塚、外見や先入観で人の内面を判断するのは感心出来ないぞ」
「お前が言うと説得力あるよなぁ……」
「感心していないで、ほら、帰るぞザルク」
「へいへい。じゃ、またな」
ポーズだけで不服を示しつつ、ザルクはライザと連れ立って教室を去って行った。
続くように、「じゃ、俺もそろそろ」と真二も席を立って出て行く。
まだ教室には結構な人数が残っていたけど、そろそろ減り始める頃合いだ。
(僕も帰ろうかな)
一瞬そう思って机から降りたが、職員室に呼ばれたアオイがまだ帰って来ていなかった。さすがに置いて帰るわけにもいかず、新しい本を取り出して「よっ」とまた机に座る。
と、
「スザク」
「? あ、セナ」
隣のクラスのセナが顔を出していた。アオイ言う所では「何だか、姉様やトキコさん以上に複雑な方ですわ」とのことだったが、見る限りではそんな感じはない。さておき、どうしたのだろうか?
「どうしたんだ、突然?」
「さっき、貝塚と話してるのが聞こえたんで。何の話を?」
「ああ、趣味の話だよ。セナは、何かあるか?」
「……帽子集め、刃物集め、空想にカラオケ、演劇鑑賞……あとは、女装」
「……女装って、セナ、女だろ?」
そう指摘すると、気のせいか、セナが微かに笑ったような気がした。何だろう?
「他にはある?」
「……私じゃないけど、
ユズキは絵を描くことだって言ってたような」
「ユズキか……確かに、それは頷けるな」
「? 呼んだ?」
窓から本人が顔を出していた。……いきなり過ぎてちょっと驚いたのは内緒だ。
黒のニット帽をかぶり直し、言う。
「なんか、呼ばれたような気が」
「いや、ちょっと趣味の話をしてて。その中にたまたま出て来たってだけ」
「ああ、そうか。趣味、か……絵かな、僕は」
「あ、やっぱり?」
「ま、そりゃ普通に考えりゃわかるわな」
「「「うわっ!?」」」
突然別の方向から声がして、セナとユズキ共々飛び上がりそうになった。慌てて声のした方を見ると、グレーのキャップを反対に被った男子がしょげていた。
「そ、そこまで驚かなくてもいいだろ……」
「しょ、笙汰か……ビックリした」
性格は熱いのに影が異様に薄い、不憫な奴がそこにいた。い、いや、悪かったよ。
「……ま、まあ、さておき。笙汰は何か趣味あるか?」
気まずい雰囲気を誤魔化すように、ユズキが声をかける。幸い笙汰はそれに乗ってくれて、重い空気もなくなった。
「あ、俺? ずばり、野球を見ることだな!」
「野球?」
「そう、野球! あれはいいぜ」
「……その情熱、もう少し勉強につぎ込めないッスか?」
セナの棒読みな一撃がクリーンヒットしたのか、今度はその場で固まってしまった。
「おーい、笙? どうしたんだー?」
「…………」
「放っておけ、ユズキ。いつものあれだ、その内戻る」
「? あ、龍牙か。お疲れ」
「ああ」
そう言って廊下を通り過ぎていった喪服に長身の男子……龍牙に、僕は心の中で礼を言った。
以前、
ホウオウグループを相手にストラウルで大立ち回りを繰り広げた際、僕と
シスイはあいつに助けられたからだ。あの時龍牙が介入して来なかったら、僕もシスイも殺されていた。
(ありがとうな、龍牙)
そう言っている間にも、セナとユズキが話を進めていた。
「……絵、と言えば、確かここのクラスのうさ公が絵を趣味にしていたような」
「うさ公? ああ、晶規ね。人の名前全然覚えないあいつ」
「晶規って……壱岐晶規? 『絵描き』か」
左目の眼帯とオレンジの髪の毛が特徴的な、うちのクラスの男子についてだった。教室を見回すが姿がない。もう帰ってしまったようだ。
廊下を
チェシャが「明日があるさ」のCMバージョンを歌いながら走って行ったのは、この際スルーして置く。
と思ったら、
「わぶっ!?」
「あぅっ」
角を曲がって来た誰かと正面衝突してひっくり返った。そりゃ、あれだけ急げばそうもなるだろう。
「あたたたた……」
「あ、あら、すみません。ちょっと注意散漫でしたわ」
この口調は……。
「謝らなくていいぞ、アオイ。廊下を走ってたチェシャが悪い」
「一応女子なんだから、そこは『チェシャたん』と……」
「一応とは何だ!?」
「一応とは何ですの!?」
聞き捨てならない台詞に、アオイと揃って目くじらを立てる。男っぽいとはよく言われるけど、よりによって「一応女子」とは何だよ!?
「色々と言いたい事はあるけどな……謝れ、お前とりあえず謝れ!」
「姉様はとても素敵な方ですわ。それを掴まえて『一応女子』とはどういう了見ですの!」
「一応は一応だろう? 紅きハムレットの中には、そう言わしめるだけのものがあるのだから」
突然調子の変わったチェシャに、揃って一瞬戸惑う。そしてその隙をついたかのように、
「ではまた明日ッ!!」
全速力で走って行ってしまった。
「あ、待て!! ……ったく」
「今のは、どういう意味ッスかね?」
「姉様が男っぽいという意味ですわ。あの方、簡単な事を難しく言って人を混乱させてしまいますの。まさにチェシャ猫ですわ」
元祖は確かにそんな感じだったな。
「それはそうと……あら姉様、机に座っては行儀が悪いですわよ」
「っと、ごめん。これでいいか?」
「ええ。ところで、先ほどまで何をお話ししておりましたの?」
「ああ、ちょっと趣味についての話を、な。そうだ、アオイの趣味ってなんだ?」
「わたくしの趣味、ですか?」
「考えてみたら、僕、姉妹なのにアオイのこと、何にも知らなかった。いい機会だし、教えてくれないか?」
言うと、なぜかとても嬉しそうな顔で、アオイは頷いた。
「ええ、わかりましたわ。……そうですわね、料理やカラオケでしょうか?」
「カラオケ? 奇遇だな、セナもそうなんだよ」
「え? いや、私は」
「まあ、そうなのですか? セナさん、今度御一緒していただけます?」
「………それは」
「……セナ、何か勘ぐってないか? アオイは何にも企んでないって」
頷くセナ。納得出来たわけではないようだが。
「……わかった。で、どんなのを?」
何を歌うのか、という質問だった。が、これに対するアオイの答えは、僕らの予想外のものだった。
「えぇと……THE BLUE HEARTSに、Elpaind、あとはT.M.Revolutionですわ」
『えぇええぇッ!?』
「? あの、何か……?」
きょとん、と首を傾げるアオイ。一方の僕達は揃って固まっていた。
……いや、アオイのイメージや物腰からすると、そのラインナップはミスマッチ過ぎる。ロックを熱唱するアオイの姿……ダメだ、どう考えても想像できない。
ふと、ライザの言葉が浮かぶ。
『外見や先入観で人の内面を判断するのは感心できないぞ』
(……まったくその通りだよ、ライザ……)
つくづく、そう思った。
ザ・スクールライフ~人、それぞれに~
(外見が全てではない)
(内面が全てでもない)
(わかりやすくて、難しい話)
最終更新:2011年06月11日 22:51