ショウゴは土砂降りの雨の中を自転車で突っ走っていた。合羽は着ていたが、
フードは被らず後ろに流れっぱなしだった。
土手の上の道を爆走するショウゴとすれ違う人はいなかった。
いたとしても時速40キロ近くで走り続ける彼の顔を見れるような事は無かっただろうし、
例え見られたとしても赤く腫れた目、割れんばかりに喰い縛り続ける歯は、
雨と風でグシャグシャに掻き消されて判別できなかっただろう。
不意に自転車がスリップを起こし、ショウゴは川側へと投げ出された。
土手を転げ落ち川へ突っ込んだが、受け身を取ったため怪我は無かった。
先刻家で受けたテレビ電話の内容など思い出したくもなかった。画面越しに伝わる血と臓物と鉄の臭い。画面の向こうには―――――
ふとショウゴの思考が現実へと引き戻される。川から出ようとしていたら、本当に血と臓物の匂いがした。草むらをかき分けると、そこには血溜りがあった。
「・・・ッ」
刹那、再びテレビ電話越しの光景を思い出し目を背けた。
血の量はそれほど多くない。自力で逃げたのか、誰かに助けてもらったのか。
そもそもこの血が人間のモノであるかさえ微妙だ。
ふとバイトの事を思い出し、その血の跡を跨ぐように川を出た。
血を掻き消すようにグリグリと足で土をこね、自転車を拾おうと手を掛けたところで、
再び血と臓物と鉄の臭いの感覚に襲われた。今度は感覚的なものだ。
さっと前へ飛ぶと、一瞬前までショウゴがいた所にナイフが降りかかった。
「!?」
ナイフの角度から射手のいるであろう方角を見ると・・・そこには、黒いマントに黒い眼隠しという黒づくめの男がいた。
「お前は誰だ。」
「正義の味方さ。名はシン・シー。」
思っていた自己紹介とかけ離れた答えに少しキョトンとするショウゴ。
「・・・背後からの不意打ちは正義か?」
心を落ち着かせるとそう口にした。
「人外なんかを庇うような君には当然だろう?」
ショウゴには勿論訳が分からない。
「人外?庇う?何の事だ。」
「すっとぼけたって無駄さ。君は証拠隠滅の為に血の跡を消そうとしたじゃないか。
あの人外は別の人外に預けたのかい?」
感情に任せて血の跡を消したのは確かだが、
シン・シーとはお話にならない。
相手が会話などする気が無いのだ。弁解のしようもない。
「俺には理解できんね、お前の主張は。俺がそこに行ったときにはもう何もいなかった。それが真実でそれが全てだ。」
「へぇ、そうかい?」
警戒していた攻撃はすぐに来た。・・・すなわち、ナイフによる投擲攻撃だ。
「ったく、ろくなもんじゃねぇな!勘違いも甚だしい!」
半身の姿勢から紙一重で躱し、自転車を蹴りあげると跨って走りだす。
「今日のところはここで終いだ、俺はバイトがあるもんでね!」
シン・シーは深追いはしてこなかった。
ショウゴはバイト先まで道を何度も迂回したりして尾行や追跡が無いかを確かめる。
ようやくバイト先である工場に付いた時には、いつもの倍以上の時間をかけてしまっていた。
「おー、今日はまた一段と遅かったなぁ!」
工場長である
タクミが、珍しく外でジュースを飲んでいた。
「いやぁ、少々いろいろあって。」
「みたいだな。泥だらけのびしょ濡れ、風邪引く前に着替えた方がいいぞ。」
「ああ、そうしやす。」
突然ガチャリと窓が開くと、上から布が降ってきた。
「ショウゴ、これ使っていいわよ。」
「お、ありがとう
ヒトミさn・・・ってこれ・・・」
「うん、試作品の急乾布。」
試作品、という言葉に少し不安になる。
「大丈夫かよ・・・」
ショウゴが体をふくと、水がほとんど吸収されていた。
「おおっ、こりゃすごい。」
「でしょー。いろいろ使い勝手がありそうだから」
「・・・凄いけど、顔が痛いぞ。皮膚の油までかなり吸ってないかコレ。」
ガサガサな肌になっていた。
「・・・仕事に戻ろっと。」
「だんだん痛くなってきたぞコレ!」
いつも通りのバイト。工場長であるタクミのサポートを始め、細かい雑用を色々とこなしていった。
そしてバイト中も、ショウゴは一度もテレビ電話の事を表に出す事は無かった。
彼が陽気な柔道部の部長で工場のバイト員というのは表の顔だが、紛れもない彼の『本性』だ。
彼の裏の顔、テレビ電話の内容、抱えてる『闇』についてはまだ誰も知らない。
・・・いや、まだ知られてはならない。
最終更新:2011年06月16日 19:04