ショウゴは、ヤクザの息子として生まれた。
父親は関東を拠点とする広域暴力団、鬼英会総長。
最強のヤクザが
出雲寺組なら、最大の武闘派ヤクザがこの鬼英会である。
少しでも話が違えば、ショウゴは若頭になっていた。
鬼英会系の第一団体、九鬼組。今、この組の若頭をやっているのは
九鬼ミナというショウゴの腹違いの妹である。
ショウゴはヤクザの息子として生まれたが、産んでくれたのは妾だった。
本妻から生まれた妹のミナに総長がこだわった。
ミナは組を率いる事が出来るほど仁徳があったという事もある。
ショウゴや、ショウゴを知る何人かの幹部は、
望まなくても起こるであろう抗争を考えれば、
女であるミナよりショウゴの方が適任だと考えていた。
結局総長が意見をごり押しし、後継者はミナということになったのである。
そして、ショウゴの出生は認知されていないので、
知る人間は組員の中でもごく一部に限られている。
そんなショウゴだからこそ、ミナの後継が決まった直後に部屋に呼び出され、
秘密の命令を下されたのである。
「ショウゴ。お前には悪いが…後継ぎはミナだ。」
「・・・親父。」
「何も言うな。お前にはやってもらわねばならん事がある。」
「ミナの補佐として、ってことか?」
「将来の役割はそうかもしれんが、これから話す事はそれ以上の事だ。」
「?」
「お前にいかせのごれの調査をしてきてもらいたい。」
「俺が住んでる街の名前じゃねーか。」
「ああ。あそこもどんどん開拓されている、新しい市場は気になる。」
「・・・いかせのごれの裏社会市場の調査が目的か?」
「その通り。もしかしたら、いかせのごれで有力な組と手を組むかもしれん。」
総長にしては、手を組む、というのはなかなか珍しい発言だ。
「それで、俺を潜り込ませる為に後継者から外したってわけか。」
「注目はされんからな。」
「親父!腹心もいるだろう!逆にミナでも出来るだろう!どうして、」
声を荒げ立ち上がるショウゴ。しかし
「馬鹿野郎!」
一喝して黙らせる総長。
「一歩間違えれば荒事になる。最前線でやってもらうには、お前が一番適任だと判断したんだ。
力も、交渉力もある。機転もいい。だからこそこうして頼んでいる。」
座りなおすショウゴ。
「・・・前提はあくまで交渉に使うための材料調査、ってとこだな。
手を組むつーのも謎の多いあそこで何も知らない連中を置くよりは
実情を知ってるとこと組んだ方がいいという事だろ?」
「そういうことだ。」
「・・・期間は。」
「年単位で構わん。ただ、出来るだけ急げ。最悪の事態も想定して、
荒事にも対処できるようにしとけ。」
もう、かなり以前の事だった。
しかし、そんな状況が一変したのは数日前。
「久し振りじゃのう、坊。」
「最高顧問のオジキが俺に何の用っすか。」
急に掛かってきた最高顧問の叔父からのTV電話に、
警戒を隠すように若干驚きながら聞くショウゴ。
「単刀直入に話させて貰おうかい。いかせのごれの調査はどうなってる。」
「!」
「お前さんに調査をさせてる事は聞いてる。問題はアニキの出方だ。
・・・提携なんて生ぬるい事言ってっからよ、ちょっと揉めてなぁ。で、どうなんだ。」
今度は能面のように感情を消してショウゴは答えた。
「・・・調査は順調。裏社会の情報はかなり集まってる。」
「そうか。んなら、それ使って裏社会を牛耳れ。」
「あ?オジキ、そりゃ一体どういう事だ。親父ならまだしもオジキに命令される筋合いは」
「分かってねーなぁ、こういう事だよ。」
ニヤリと醜悪な笑みを浮かべると、何かケースを持ち上げて見せた。
「分かるか。指だよ。お前の親父のな。あとな、この部屋。
ちょいと抵抗したボケどもを血祭りにしといた。」
画面が遠くなり、背景の部屋が映し出された。壁にはべったりと血飛沫の跡が。
ショウゴは、画面越しに感じる血と臓物の臭いに、つい緊張が顔に出てしまった。
「そう言う事だ。お前の親父と妹は既におさえた。
兵隊は送ってやる、いかせのごれの裏社会を鬼英会の名で埋め尽くせ。」
「ふ・・・ふざけんじゃねぇぞ上等だよぶっ殺しに行ってやるテメェ!」
逆上するショウゴ。しかし、ニヤニヤ笑いながら最高顧問は続ける。
「いいのか?お前の親父と妹だけじゃねぇ、そんな事になればお前の親父に付く組員も皆殺しだぜ?」
「くっ・・・!」
さらに指を見せつける最高顧問。
「とりあえず総長の指を二本ほどだ。お前の親父は大事な所でしくじらない、良い男だった。
お前もそうならなきゃいけねぇよ。」
ショウゴはTV電話の見えない所で、拳を握りしめていた。爪が食い込み、掌から血が流れ出す。
「俺が動いて制圧したら返してもらえるんだな?」
「ああ、勿論だ。俺も仁義はある。
ただ、お前の妹は可愛いからなぁ。本気で各界の有名人が欲しがってて大変なんだよ。」
ショウゴの腸は煮えくりかえっていた。
通話が終わり、バイトに行くために自転車を走らせた。
自転車のコントロールを失って川に落ちたり、血溜を見つけたり、
オジキが送ってきた刺客か監視役か、と思った相手に奇妙な自己紹介をされたかと思ったら襲われたり、
その日は色々な事があった。
そして、今日。
門外顧問の命令を受けて、ショウゴの家にざっと30人ほどの組員がやってきた。
親父の腹心だったはずの男が一人、その全員をまとめていた。
。
便所に向かうショウゴ。親父の腹心だった幹部、サトルが付いてくる。
「スマン、坊…最高顧問の反乱に気付けんかったんや。相当慎重にやられた。
今も総長がどこにおるか分からへんのや。」
「あんた達のせいじゃねぇよ。それにしてもこんなに兵隊を送ってくるとはな。」
「あの中には総長を慕ってる者もおるが、大体人質を取られてる。例外は・・・」
「ああ、分かってる。リュウザとコトハだろう?あいつらは身寄りが無かったはずだ、
どうなってる」
「二人の戦闘能力は折り紙つきだ。最高顧問もそのくらいのことは知ってる。
それぞれ仲のいい知り合いを拉致しているらしいが、二人ともすでにそれは切り捨ててる。」
「成程。本当の意味での仲間はあいつらだけか…。」
「待ってくれ。ワイも、使ってくれ。総長を助けるには坊だけしかおらへん。
そのために周りを騙して此処まで来たんや。」
この男も相当のやり手だった。わざわざ2重スパイを行っていたのである。
「ただ、最高顧問を直接攻めるには駒が足らへん。付いてきた中にも最高顧問派の奴が多い。
おとなしく、いかせのごれを攻めたほうがまだ可能性があるで。」
ショウゴもそれは理解していた。
「腹ぁ括ってる、やるしかねーだろうよ。」
厠から帰ってくると、作戦会議が始まった。
まずは、いかせのごれにおける市場の説明。細かい娯楽施設や風俗等の情報を説明する。
裏社会での競合相手は出雲寺組。
ホウオウグループやウスワイヤの事等も軽く触れておき、
超常現象の事等についても説明を入れる。
そして、ここからが本題。
「出雲寺組の攻め方だ。」
ノートを見ながら、30人の黒服に向けて言い放つショウゴ。
「まずは、俺が数人引きつれて出雲寺組の内部に入る。そうだな・・・コトハとリュウザを連れてくか。
組長とは学校が同じだ。知り合いもいるから、リュウザとコトハは俺の友達って事にして行きゃいい。
邸内に入って銃声が聞こえたらサトルは残りの半分を率いて外から攻め入ってくれ。」
一旦言葉を切るショウゴ。
「ここで重要なのは、組員を殺さない事だ。殺したら死に物狂いで攻めてくる奴も出てくる。
牽制程度にドンパチやってくれ。残りは道路を封鎖しろ。手段は『工事』でいいだろう。
俺とコトハとリュウザは内部から直接組長を抑える。組長を人質にしてしまえばこの戦は終わる。
とにかくスピードが重要だ、いいな。決行は次の金曜の夜。何か質問は?」
コトハが手を挙げる。
「出雲寺組を攻める時に注意すべき敵は?」
「組長である出雲寺アスミ、俺の知り合いである九柳アキト、参謀の亜寺ヨシヒト、
世話係の律田サエコ。全員能力持ちだ。詳しい能力は・・・」
会議が終わり、解散する。
既に賽は投げられた。もう後戻りはできない。
自室に戻ったショウゴは、使い馴れた改造モデルガンを手入れしながら、
サトルが持ってきた九鬼家家宝の刀を机の脇に置き懐刀を腰に差した。
「クソッタレめ…。」
ショウゴは自分が嫌いだ。特にヤクザの息子として生きている時が嫌いだ。
しかし、生まれは誰にも決められなかった。生き方も、縛られている。
これからショウゴがしようとしている事は、自分の為に振るう暴力だ。
ショウゴの自由の象徴である、柔道衣と黒帯を見つめながらぼそりと呟いた。
「正義も仁義もありゃしねぇ・・・。」
最終更新:2011年07月01日 22:08