「…残念だわ」
「…!!」
グッと歪んだ空気。ぴたりと止まったスイネの動き。しかし玉置たちはそれを感じないのか、目の前の光景に顔をしかめた
「さすが、私の子。意識だけは時に逆らえなかった」
「…不本意だけれどね」
「今なら間に合うわ」
「…死んでもお断りよ」
「なら死になさい」
大気中に漂う『何か』を具現化して結晶を象ると、スイネの胸に深々と食い込んだ
鮮血は流れない
時の止まった身体は。静かに心臓の動きだけを停止させた
「あ…」
『ス…スイネ…!!』
『落ち着け、映像だ』
『でも…さ迷ってるスイネがあれだったら、スイネは…!』
『大丈夫。よく見て』
またも光と共にその光景は歪み、見慣れた施設の中へと景色は移る。アースセイバーだ
「非常に稀なケースだ。お前は人間ですらないのに」
「不本意そうな表情ね」
「ああ。不本意だ」
「ウスワイヤに収容したければそれでもいいわよ」
「………それを
ケイイチは望まないだろう」
「……」
にこりと笑っうスイネの表情は、『そうよ』と言いたげに満足そうなそれだった
今では全く見せることの無いその表情に、由衣はどきりとした
「アネキー!!」
「
チャド?どうかしたの」
「聞いてくださいよアネキー!!アニキが鯉をじらしたんたぜ!」
「コイ?」
「ちっげーよ馬鹿!!『恋』だっつーの!ケイイチに好きなオンナができたんだってよ」
「…は…?」
KEAのその言葉から、ぐにゃりと世界がにじんで耳鳴りがあたりを支配した
『ぐっ…なんだこれ…!』
『頭が割れる…っ』
聞きなれた〈彼女〉の声が頭を埋める。泳ぐ、騒ぐ
〈どうして?〉
〈誰なの〉
〈わたしのほうがそばにいた〉
〈すきなのに〉
〈愛してるのに〉
〈わたしは『母さん』じゃない〉
『スイネ…っ』
『お願いケイイチ君、耐えて!
苦しいのは今だけよ!ここを越えたら
今の彼女の心理に行ける!』
『まだあんのかよ!』
『彼女の〈いちばん幸せな時〉へ行くの。きっと彼女はそこに…!』
ぐ あ ん
「けほっ、けほっ…」
先ほどの血なまぐさい光景たちから一変して、そこは学生たちには見覚えのある場所であった
『うちの教室…』
ケイイチが呟いて見据える先には、噎せているのかちいさな咳を繰り返すスイネ
『いつものスイネだ』
「おい」
「え…」
スイネの肩に手を置いているのは、その場にいる誰でもない。
能力者ですらない、クラスメイトの
タカユキだった
驚きを隠せない彼らに追い討ちをかけるように、
その穏やかな記憶は流れていく
「風邪かよ」
「え、あ…うん。そう」
「ほらよ」
「え…なにこれ」
「飴」
はちみつ飴と書かれた、
タカユキには似つかわしくないそれがスイネの手の上に落ちると、
スイネは顔を真っ赤に染めて微笑んだ
「ありがとう…」
揺れる、流れる、記憶
手をつないだ
微笑みあった
頭を撫でられた
抱き締められた
そんな優しい記憶
いつしか皆の瞳から伝い落ちた涙。それは「解放の涙」だ
『スイネ…』
『いたんだね、こんなところに』
『……ええ』
自嘲したように笑う彼女は、胸に真紅のそれを垂れ流したまま
力なく笑った
『…人間がうらやましくなってしまったの。死ねないわたしが、死にたいだなんて、
もっと生きたいだなんて…
…誰かを愛するなんて』
『おかしくなんかねぇよ!』
スイネにかけより腕を掴むハヤト。それに続いてシスイもスイネの肩を抱いた
リエは優しく頬をなで、玉置は頭に手を乗せた
『みんな待ってるよ。スイネが帰ってくるの』
『シスイ…』
『そーだよ。ここ息苦しいだろ、早く出ようぜ!』
『ハヤト…』
『…スイネ』
ケイイチは、すこし困ったように目を伏せて、小さな声で呟いた
『なんだか少し、後悔だな』
『今さらね』
『今さらだな』
小さく笑いあったのち、ケイイチは優しくスイネの手を握った
【春美】はにっこり笑うと、やれやれと言ったように続けた
『おかえり【あたし】』
『ええ…ありがとう【わたし】』
急に開けた視界
ああ、まぶしいひかり
ねえ、あの光の扉の向こうの金色のシルエットは、あなたなの?
おかえり
(血に塗れた手術台の上目を覚ます)
(泣きながらわたしを抱き締めるみんなに、忘れかけた涙がひとすじ流れた)
(おかえりと、みんなが言ってくれてわたしは)
(あなたに会いたくなったんだ)
最終更新:2011年07月01日 22:16