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波動の少女は物知りなのか?

「…………」
「マナちゃん、どう?」

油断なく家の周囲を探査するマナに、真剣な面持ちでランカが言う。震えながら体を寄せる真衣とは違い、ランカは無力ながらも実戦の空気を知っている。ゆえに、危機や虚偽には人一倍敏感だ。

「……敵意が消えた。どこかに行ったみたい」
「本当?」
「……うん、大丈夫。もう、近くにはいない」

そう言って息をつくマナの姿に、3人もようやく緊張を解いた。

「はぁぁ……怖かったぁ……」
「もう大丈夫だよ、真衣ちゃん。怖いものはなくなったよ」
「肝が冷えましたで。久々にうちが戦らなあかんかと、覚悟決めましたわ」

余談だが、真衣は兄・啓介がアースセイバーであり、自身もウスワイヤで能力を制御する訓練を受けている。その関係なのか、春美と「百物語組」とも顔見知りで、その縁でアズールのこともこっそり知っていたりする。

「ありがとう、アズール」
「いやいや、当然のことです」

人の姿のアズールの、青い髪を撫でるランカ。その横で、マナは敵意が去ったあとも、油断なく辺りを走査していた。「センサー」に引っ掛かるものがあったのだ。

(このすぐ近くだった……片方は、あの時の……お兄ちゃんの時の、シン・シー。もう片方は知らない……でも)

ちらりと、背後を見る。そこには、ランカの隣で控える青い髪の少女の姿。

(アズールに似てた……もしかして、妖怪? だったら納得がいく)

そしてマナは知らない。その妖怪が、ランカが昔会った「怪人」であることを。

閑話休題。

危機が去ったことで、ようやく家の中に安心が満ちる。そうなると自然、会話が発生する。
女三人、寄れば姦しい。
他愛もない話で、盛り上がる。





「へぇ、それじゃ真衣ちゃんって時間を操れるの?」
「理屈の上じゃそうらしいんだけど、まだそこまでのレベルじゃないんだって」
「うちが聞いた話だと、自分の時間を凍らせて眠っとったそうですが」
「眼が覚めたら突然ウスワイヤなんだもん、びっくりしちゃった」
「あぁ、それなんかわかる。私はそこまでじゃないんだけど、変な夢見た後目が覚めると『はっ!?』てなるよね」
「変な夢? たとえば、崖から落ちたり?」
「が、崖? 真衣ちゃん、そんなの見たの?」
「うん。時々見るんだ、そんな夢。ワンボックスに乗ってるんだけどね、途中で崖から落ちちゃうの」
「え、えろうハードですな」
「でも、不思議なのはここから。何でか知らないけど、落ちたワンボックスがそのまま川の中をガタガタしながら走ってくの。しかも、視点がいつの間にか映画みたいになってるの」
「か、川の中を? 何で?」
「しかも映画……夢だから、といえばそれまででっけど」
「それを言ったら、ね。ランカちゃんはそんな夢、見たことある?」
「私はあんまり……たまにお母さんの夢、見るけど」
「お母さん?」
「うん……私がまだ小さい時に死んじゃったんだけど、今でもたまに夢に出て来るの」
「そっかぁ……」

盛り上がる3人の横で、マナは一人、何かを考えていた。

(シン・シーがこの近くにいたのは、アズールを狙ってのことにほぼ間違いない……つまり、このままだと遠からず襲われる……シドウさんもまだいないし、ここは私が頑張らないと)

静かに、密かに決意する彼女に、

「ねぇ、マナちゃんもお話しよう?」

ランカが声をかける。

「お話、って……」
「ほらほら、そんな隅っこにいないで、こっちおいでよ」

言いながらランカはマナを引っ張り、真衣の逆隣に持って来る。

「さて、どんなお話しようか?」
「お話って言っても、私には話すようなことが」
「別に身の上話しようってわけやありませんから、マナさん」
「そうそう。……ところでアズール、何か口調がバラバラだよ?」
「そうですか? 別に普通やと思いますけどなぁ」
「あ、いつものアズールだ」
「そういえば……アズールちゃんの喋り方って、関西弁だよね?」

そういった真衣に、マナは思わず口を開いていた。





「違う。アズールのはエセ」
「え、そうなの?」
「というか、今は本物の方言は失われつつある。明治から戦後にかけての言語教育が原因で、世代が下るにつれて方言の語彙が少なくなって来ている。アクセントだけが名残として残っている状態」
「そ、そうなんだ」
「顕著なのは沖縄弁。戦中は、沖縄弁を話すとスパイ扱いで抹殺だったから、その影響で今はほとんど残っていない。一部の集落で使われているくらい」

日本の闇の歴史の一つである。

「話を戻すと、そもそも『関西弁』なんて方言は存在しない」
『へ?』

思わず声が揃った3人に、マナは滔々と語る。

「一般にそう呼ばれているのは近畿方言のこと。アズールが普段喋ってるのは、イメージとしての『いわゆる』関西弁。フィクションでよく使われる『ステロタイプ』のもの。本物とはアクセントも表現も違う。ちなみに関西弁は大阪弁が基本で、広義には西日本の方言全体のことを指す」
「そ、そうなの?」
「そうなの。ついでに言うと、方言だったものが共通語、というか普通に使われていることも多い」
「へえ? 例えば、どないなのがあります?」
「代表格は同一と言う意味での『いっしょ』、そして『むかつく』『ややこしい』『ヤンキー』。これは元々近畿方言。あと、偶然出会うことを『行き合う』というけど、これは元々足利弁」

すらすらと語るマナに、3人はただ感心する。

「方言の中には、聞いただけだととんでもないものもある。例えば、群馬弁。これで『お客さんが来たから、半殺しにしようか』っていうのがある」
「は、半殺しぃ!? そんな物騒な」
「と、思うでしょ? 群馬弁で『半殺し』って言うのは、『ぼた餅』のことなの。……お爺ちゃん、若い頃に群馬に旅行に行ってそれ聞いて、大慌てで逃げ帰って来たことがあるって聞いた」

ちなみに、後日手紙が来て真相を知り、謝りにもう一度出かけて、今度はちゃんと『半殺し』を御馳走になって来たとか。

「ちなみに『皆殺し』だと普通のお餅のことね。もち米の形が残るから『半殺し』、残らないから『皆殺し』。『全殺し』なんて言葉はないから注意するように」
「何にしても物騒な言霊ですなぁ……」
「あと、時々耳に入る『お嬢様言葉』があるでしょ? あれも方言なの」
「えぇっ、あれがぁっ!?」

珍しく真衣が大声を上げた。余程意外だったのだろうか。

「あれが、なの。東京弁の山の手で使われている種類で、元々は江戸時代の上級武士の言葉が源流。もったいぶった話し方を嘲って『ざあます言葉』とも言う」
「あ、それは聞いたことある」
「『~ざます』っていうのは略で、本当は江戸言葉の『~でござあます』が縮まったもの。こっちならテレビか何かで聞いたでしょ? 『お江戸でござる』とか」
「あぁー、懐かしいね、それ」

ちなみにマナは見たことがある。

「あと、方言って言っても地域だけじゃないの。ギャル語に代表される若者言葉、あれも方言なの」
『えぇっ!?』
「渋谷弁とも言うけど。あとは漁村での浜言葉もそうだし、何と手話にも方言があるの」
「手話にもですか!? さすがにそれは知れへんですなぁ」
「あるのは確かなんだけど、まだ分類が進んでなくて。明治初期に聾学校が東京と京都に分けて立てられたのが由来らしい、とはわかってる」

事実の連発に圧倒されるランカ。真衣に至ってはただ目をぱちくりさせている。

「……びっくりした。マナちゃん、物知りなんだね」
「大抵のことなら分かる。何でも聞いて」
「いいの?」
「いいの」
「ん、それじゃあね……」


波動の少女は物知りなのか?

(知っている事柄にはとにかく饒舌)
(人、それを「スイッチが入った」と云う)

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最終更新:2011年08月08日 16:29