ハヤトは、見知らぬ土地を歩いていた
先ほど、飛行物体を追いかけて来たハヤトだが、それはもう見失った
その為飛んで行った方角へ来た訳だが、飛行物体どころか人一人さえ見つからない
しばらく走っていた事、苛立ちを持っていた事もあり彼は気力も体力も擦り減っていた
疲れの色も濃くなり、飛行物体を探すのもバカらしくなってきて
「…もういいや、帰ろう」
そう呟いて、来た道を戻ろうとする
しかし、どの道を通ってきたのか考えてみると、さっぱり思い浮かばない
蛇足な話ではあるが、この少年は社会科、特に地理系が苦手中の苦手である
あえてなぜかと言うならば、地図が大の苦手なのだ
地図記号や読み方は勿論、方角でさえもよく分かっていない時が多い
それは彼の土地勘の無さも相まって、かなりの低成績を弾き出している
それを今話す必要性、つまり何が言いたいのか?と聞きたくなる方もいるだろう
そんな方は今の状況と彼の苦手分野を照らし合わせてほしい
そこから見えてくるのは、彼の立たされた危機的状況だ
……勤勉な皆さまならば、もうおわかりだろう
「あれ、これどうやって帰るんだ?」
そう、迷子である
一方その頃、ハヤトが追いかけていた飛行物体は目的地であるストラウル跡地に着陸していた
その中から出て来たのは、2人の男
全身白と黒に包まれた貫禄のある男、バクヤと
長身と眼鏡が特徴的な好青年、シュウトだ
彼らがここに居るのは先日、いかせのごれ高校の男女2名が建物の崩壊に巻き込まれた事件を受け
バクヤの提案により安全調査を行う事になったからである
シュウトはウスワイヤのツーマンセル制度により、バクヤが今回選んだパートナーだ
「ここに来るのはいつ以来だろうな」
「ストラウルの、レイスの件は話に聞いています」
ストラウル跡地
そこでは4年前、
ホウオウを止めようとして特殊能力を研究していた男がいた
それがレイス――ホウオウの実の弟だ
だが皮肉な事に、レイスは特殊能力のもつ力に魅せられ暴走する
サイキック集団『ストラウル』の誕生である
あまりにも強大となったそれにアースセイバーもホウオウグループも手に負えず
結果利害の一致として、敵対する2つの組織は最初で最後の共闘を果たした歴史もある
「――壊滅と同時に廃墟となったストラウルではいつも何かしらの事件が絶えないとか」
「応。何の原因も無いこの土地で、不可解な事故があるのは珍しい事ではない」
「レイスの余波からという説が有力らしいですけど……」
「そういえば、ここで最初に起きた大事故は知っているか?」
「えっと、2年前の話ですか?」
「そうだ、ここで大規模な建物の倒壊があった」
「負傷者は一名、まだ中学生の少年一人だ」
「当時問題になっていた失踪事件との関連性も見て調査したが、有益な情報も出てこなくてな」
「少年もトラウマになっているのか詳しい供述はしなかった」
「結局それはストラウルの土地柄で起きた不幸な事故として片づけられたんだ」
淡々と語られるそれに、シュウトは一つ疑問を浮かべた
「本当にそれは、ただの事故なんでしょうか」
「私もそうは思っていない。だが、決定的な何かが見つからない以上、ただの事故になるのがこの土地だ」
「ストラウルの残した怪現象として、ですか」
「その方が迷宮入りよりいくらか良いのだろう」
シュウトは、釈然としない様子で周りを見渡した
見た目はただの廃墟、本当にそれだけなのに踏み入れれば事故が起きるなんて
「この土地柄を利用した犯罪なんじゃないかって、思うのですけど」
「そう言うケースも多々あるのだろう。だが、そうとも断定できない」
彼は俯く
犯罪が黙認される土地なんてあっていいはずない
それでも存在するという事実に、歯がゆい思いをしているのだろう
「少し話しすぎたな。そろそろ任務を遂行しよう」
「あれー?俺どうやって来たんだっけか」
ハヤトは、帰り道を探して見知らぬその場所を歩いていた
そうしている間にも日は落ちかけて、空を真っ赤に染めていく
道がわからなくとも、なんとかして帰らなければここで一晩過ごさなければならないかもしれない
その事実が余計に少年を焦らせた
「てか、なんでこんなに人いねーんだ?絶対おかしいって」
何処かで道を聞けばなんとかなる、そう思っていたのにあてが外れた
こんなに建物があると言うのに、そのすべてが廃墟と化している
あーあ。と周りを見渡しながら、どこか不思議な空気を感じていた
懐かしいような、見た事があるような…
「ん?」
ふと、今までとは違うような何かを見つけて立ち止まる
それは路地裏。凹んだ段ボールが道に飛び出してきていて
なんとなしに横道を覗いてみた
そこにあったのは、辺り一面が赤黒く血に塗れた空間、不自然に凹んだ壁。
人の命が危ぶまれるような、そんなやりあいがあった痕だろう
血痕の量は並ではなく、赤いペンキをひっくり返し、振り回したかのように生々しい
ケンカなら数をこなしている少年も、こんな惨状は見た事が無かった
「どうやったらコンクリートに足跡なんて付くんだよ…」
靴の形にめり込んだ地面に驚愕を漏らした
言って、どんな武器が用いられたのか予想ができない
―――『超能力』を使えば
ふとそんな考えが一瞬浮かぶも、すぐにそれは否定した
そんな非現実なもの、あるはずが無い
他の事を考えようともう一度その場所をみて、血だまりの中に目が留まる
「ナイフ……?」
この血痕量はそのせいかと、よく見てみる
それは諸刃で、派手な装飾が特徴的だ
「……は、嘘だろ」
ハヤトはこれを見た事がある
二度と思い出したくない悪夢の中で、これを持った男に襲われた
思い出せば、この場所はその悪夢の舞台と同じものだ
手が赤く染まる事も考えられず拾い上げる。血で汚れてはいるが、それはまごうことなく本物だ
「こんなのおかしい、こんなことがある訳ない。だって、あれは……」
うわ言のように呟くも、浮かび上がる可能性はどれも事実だと示している
ここで3人組の男達に絡まれた事、売られたケンカを買った事、そして
「おい、そこの君」
2人の大男と会った事
背後からかけられた声に大きく心臓が跳ね、冷汗はどっと噴き出す
ゆっくり、ゆっくりと振り向いたその先に居たのは、2人の男
間違いなくあのときの奴らだ
『ほう、これはいいモルモットになりそうだ』
悪夢の中の言葉が頭の中で反響して離れない
捕まれば今度こそ殺される
そう確信すると手にあるナイフが重みを増し、それをぎゅっと握った
「どこもただの廃墟ですね」
シュウトは見回しながら、そう言った
しばしの間見て回るも、あるのは脆くなった建物のみ
爆発物や
パニッシャーなどの兵器や危険物の類はどこにも見当たらず、そこはどうみてもただの廃墟だ
「前来た時となんら変わりは無いな」
「冬也君やケイスケ君のような探査型の能力が無いと、これ以上の発見は難しいかもなあ……」
何もないのは良い事ではある
しかし、原因が見つからなければ事件事故は起き続ける
やはり、レイスの件がすべての原因なのだろうか?
空は赤く染まり、日も落ちかけている。アレが沈むまでがタイムリミットかもしれない
あと半数程度確認場所はあるものの、今まで同様何もないのか
「あれ、あそこに誰かいますよ」
見れば、小柄な人間が路地裏のあたりに立っている
見覚えがあるような気がして、目を細めた
「事故があったばかりなのに危ないよなあ、ちょっと注意してきます」
そこの君、と彼はその子に声をかけ、近くまで歩み寄る
その呼びかけに、肩を大きく跳ねさせたのはどういう事なのか
「ここは事故が多発しているから危ないよ、だから……?」
ゆっくりと振り向いたその子の目は、恐怖に色濃く染まっている
ただ事ではないと彼も理解したのか、注意の言葉を途切れされた
「君、ここで何が」
「う、うわあああああああ!!!」
彼の言葉を遮り、その子は叫び出した。酷い錯乱状態だとすぐにわかる
それと共に、何かを彼に投げつけてきた
からん、と音を立てて地に落ちたそれは、血を吸ったであろうナイフだ
「!!??」
彼は一連の行動に目を丸くして驚き、その子に呼びかけようとする
しかし振り向いたとき、既にその子は逃げ出していた
「バクさん!あの子……」
「あの少年、2年前に起きた事件の当事者だ」
「え?」
「追おう、あの様子はただ事ではない」
互いに頷き合うと、既に姿が遠くなり始めている少年の背を追い走り出した
いくら逃げても、逃げきれない
「くそ、あいつらどこまで追いかけて来やがる……」
悪夢の中の出来事がいくつも浮かびあがる
あの大男達は人間とは思えぬ出来事を次々と引き起こした
攻撃も当たらず、ナイフが刺さっても傷一つなく、あり得ない攻撃力を誇る
もう一度捕まれば、今度は奇跡も何も起こらず確実に殺される
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!!」
もう、二度と死にたくは無い
その思いは少年を焦られ、走らせた
いくら追いかけても、追いつけない
「なんてスピードだ」
人間は死を感じると、普段使われていない力を最大限に引き出す事ができる
いわゆる「火事場の馬鹿力」という奴だ
しかし、ならばそろそろスピードが落ちてきてもおかしくはないというのに、一向に差は縮まらない
少年の持つ元々の素質なのか、それだけ力を継続させるだけの何かがあったのか
なんにしても、このままでは彼らの体力的にも捕まえる事は難しいだろう
「……バクヤさん、“後処理”頼みますね」
シュウトは返事も待たずに袖口からロープを引っ張り出し、少年の方へと投げた
それはまるで命を得たかのようにうねうねと動き出し、少年の片腕に絡みつく
確認すると、シュウトはそれを一息で引っ張る
「うわ……!?」
少年の体はは予期せぬ力に引かれ一瞬宙に浮き
重力にしたがってうつ伏せに地面にたたきつけられた
痛みに呻く少年の腕をロープは後ろ手に縛り上げ
彼が手を放しても、ロープは仕事を続けた
「っ……い!?」
シュウトの特殊能力―――縛縄の悪夢はその名の通り縄を自在に操る
たとえそれが手から離れたとしても、縄はシュウトの意のままに動く
そんな事を知る由もない少年は、訳のわからぬ現実に一層混乱していた
――は、嘘だろ?こんなのあり得ない
こいつ、やっぱり変な力を持った、化け物なのか
捕まる、捕まったら、また俺は、あのジジイに
「さて、どうして逃げたのか教えてくれないかな」
息を切らしながら彼は近づいていく
「……な」
「ん?」
思い出したくない悪夢が少年の心を蝕んでいく
その日、大男に掴まり、老人に『研究の人柱』と称され殺された事
悪夢の中で少年を殺したのは―――『音』
「来るなああああああっ……――――!!!」
少年は声を張り上げ拒絶を示す
途中でそれは途中で聞こえなくなり
代わりに『キイイイイイ……ン』と言う耳鳴りに似た音と、強烈な痛みが2人を襲う
頭が割れるような、四肢が崩れていきそうな錯覚
音によりびりびりと、世界が崩れるような振動を感じた
少年が叫ぶことを終えると、音は攻撃性を失っていた
頭がじんじんと耳鳴りを起こしているものの、これと言った痛みなどは残っていない
「一体何が……?」
不意に上空からパラパラと何かが落ちてきた
何事かと見上げれば、両端にある建物がぐらぐらと崩れ
瓦礫となった廃墟が無差別に襲いかかる
「伏せろ!」
バクヤが叫ぶと、地面が盛り上がり3人を囲い
降り注ぐ瓦礫をすべて跳ねのけた
ガラガラと、外で硬質な物体が壊れる音が響く
「……なるほど、特殊能力者だったのか」
何が起きたのか整理しているだろうシュウトを横目に、バクヤは少年に近付く
少年も呆けた様子で目を丸くしているが、男の行動に気付くとまた恐怖の色が浮かぶ
来るな、くるなとうわ言のように呟いているものの、逃げる様子も攻撃を仕掛ける意思も伺えない
「その様子だと無自覚だったようだな。運が悪かったと諦めてくれ」
男は少年の目の前にしゃがむと、その額に手をあて強く念じた
見開いていた少年の目は次第に色を無くし、まぶたは重く沈む
そして操り人形の糸が切れたようにぷつりと伏せ、動かなくなった
意識が無くなったのを見て、バクヤは汗をにじませながら息を吐く
バクヤの能力―――記憶操作は、その名の通り記憶を対象から消す事ができる
その応用によって人の意識を一時的に落とす事も可能だが、体力を大幅に消耗するようだ
「バクさん、その子、保護しなきゃいけませんか?」
少年を抱きかかえるバクヤに、シュウトは声を落とした
「一年前の自分を重ねているのか」
「それは……」
うつ向き気味に、年相応な迷いの表情を浮かべる彼
「『特殊能力者に未来はない』」
「え?」
「
アキヒロ隊長の言葉だ」
「私も、この少年も、そしてお前にも。この言葉は平等なんだ」
バクヤは淡々と話す、まるで自分の事では無いように
シュウトは打ちのめされたように言葉を失う
「ウスワイヤに戻ろう。この少年を抱えたまま調査を続ける事は出来ない」
「……はい」
彼らが立ち去った後、一羽のスズメがぴぴぴと鳴く
とても静かな音で、ガラスの目を光らせて背中を見送る
キュイン、と体を鳴らしながら、首を傾げて
そのうちスズメは、廃墟から姿を消していた
***
ホウオウグループ基地内の、研究施設の一室
血の髪を揺らす金色の目の男が、その中に入る
そして漆黒で長髪な青年を見ると、彼に呼びかけた
「ゼア、ちょっと良いか?」
ゼアと呼ばれた彼は血の色を見ると、少しだけ呆れた顔を見せる
「どうしました
クロウ、世間話ならお断りしたい所ですが」
「まあ似たようなものだが、あの施設が関わっている事でな」
「UHラボ、ですか。何かありましたか?」
「2年前から監視していた奴が、ウスワイヤに捕まったそうだな」
「ああ、その事ですか」
―――UHラボ
ホウオウグループから追放された研究者集団
グループへの復帰の期を探りながら研究をしていた
9年前に滅ぼされるも、残党は懲りずそれを続けているとの情報もある
一部は殺人音波による兵器を、ストラウル跡地を根城として開発していた
その結末はナイトメアアナボライザーを誕生させ、自らの研究に滅ぼされるというものだったが
研究結果は、その間際グループに転送されている
「奴らは再びグループに舞い戻ろうと手土産を送って来たらしいな」
「ええ、全く低能な連中ですよ。その程度私たちに出来ないはずがないと言うのに」
「……今更だが、あいつらの研究の産業廃棄物を観察しているなど悪趣味なものだ」
「否定はしませんよ。それでも、彼は優秀な研究素材に値すると思いましたから」
「なら尚の事、今回の件は災難だったな」
研究によって生まれたアナボライザーは、それ以来能力に気付かず並の人間と同じく過ごしていたと言う
ナイトメアアナボリズムの研究も行っていたゼアは、その少年を
バードウォッチャーにて監視させていた
しかし今日の夕方、ウスワイヤによって不運にも保護されてしまったとの報告があった
「ウスワイヤの手に渡ってしまっては研究もつづけられないだろう」
「その件ですが、彼は発症直後からデータを回収していた貴重なモルモット。今更引き渡すのは些か勿体有りません」
「と言うと?」
「隙を窺って、こちらに引き入れようかと」
「随分と大胆な事だな。俺なら引き受けたくない任務だ」
「案ずる事はありませんよ。もとよりあなたを使う気はありませんから」
「……はあ。じゃあ誰が行くんだ」
「私が直々に伺いましょう」
「お前が?」
「ええ。2年間も監視していましたし、一目見てみるのも一興かと」
それに、と付け加え、怪しく微笑んだ
「必要とあらば、この手で切り刻むのも悪くないと思いましてね」
『悪夢⇒逃走⇒四面楚歌』
最終更新:2011年08月09日 00:22