「とーりさーんっ」
「わぶっ。いきなり背中から襲ってくるなよ…」
「また本読んでるの?」
「ああ」
「好きだね~」
「って言っても、このシリーズぐらいしか読まないけど」
いかせのごれ高校の、2年2組の、いつもと同じ日常。
スザクとトキコはいつも通り会話を交わしていた。
「…ねえ鳥さん」
「何だ?」
「あそこに座ってる子、誰だっけ」
「あそこ?」
「ほら、あの全身灰色の…」
「…ああ。確か名前は―――」
<神江裏 灰音だよ>
「「!?」」
いつの間にか二人の方へ振り向いていた、灰色の生徒。
優しげな笑みに、何も無い灰色の瞳が不釣合いだった。
<幻想シリーズかな、それは>
「あ、ああ。知ってるのか?」
<神江裏 灰音は広く、浅くだから>
「ねえねえ灰音ちゃん」
<何かな?
朱鷺子>
「灰音ちゃんの好きな物ってないの?」
<朱鷺子は?>
「私? 私は楽しい事が好き!」
<楽しい事?>
「うん!」
すると、神江裏 灰音は虚ろで空っぽな瞳のまま言った。
<楽しいって何?>
「え?」
<楽しいから、何なのかな? 楽しいから、どうなるのかな? 楽しいから―――>
「は、灰音?」
<神江裏 灰音は分からない。楽しいというものが、それに基づく概念が、人がそれを良しとする理由が>
やれやれ、といった素振りを見せた後、神江裏 灰音はどこかへと去っていった。
「…灰音ちゃんって、凄い変わってるよね」
「そうだな…」
「何ていうか、人間なんだけど、人間じゃないみたいな」
「どういう事だそれ」
「上手く言えないけど…”普通すぎて”人間じゃない?」
「…益々分からないんだが」
「うー」
<……あれ、先客いたんだ>
「やあ、灰色の傍観者」
屋上に来た灰音をそう呼ぶのは、
チェシャ、ただ一人。
<風変わりなドリーマー、ここで何をしているのかな?>
「そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、チェシャって呼んでよ。出来れば」
<チェシャたん、かな?>
「そうそう! そう呼んで欲し」
<そんなの中立を保つ傍観者には相応しくないよ>
「おやおや、相変わらず辛辣だねえ」
<そういう君はいつも変人だね>
「…ところで」
<ん?>
「何か、見つけたかい?」
<何かって何?>
「それは君しか知らないよ。灰色の傍観者」
<そう>
灰音の顔に少し陰りがさす。
その額を、チェシャはニヤニヤ笑いのまま指で押した。
<…何?>
「傍観者に、悲しみと苦痛はいらない筈だろう?」
<ああ、そうだね>
優しげに笑う顔。
だがその笑みは、笑みであって笑みではないように感じる。
それが良いとでも言うように、チェシャは言った。
「そうそう。それに可愛い顔してるんだしさ、ずっと笑っときなよ」
<うん、笑うだけ笑う>
「そう、それが君なんだ」
<うん、それが神江裏 灰音だね>
神江裏 灰音とは
中立者で 平等人で 孤立者で 普通人で 傍観者である
故に 人間でありながら
”普通の人間”ではない―――そういう人
<しかしどうしてかな>
「ん?」
<君だけは他の人よりもよく話す。傍観者なのにね>
「そうだねえ。でもそれでもいいんじゃないかな」
<うん、それでもいいかな>
最終更新:2011年08月12日 23:19