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鴉、宣戦布告

レストランに向かう影。
その男の髪は――――黒く、染められていた。


扉を押しあけ、店内に入る。
奥の席にいた二人は一瞬面喰ったようだったが、すぐさま気付いて身構える。

「!! やっぱ、あんたが来たか……」
クロウさん……まさか、とは思いましたが」
「ゼアの依頼だ。俺の意志ではない」

その言葉に、片方――ノルンは、わずかながら希望を見出す。

「では、なぜここに……」
「それが仕事だからだ。グループにいる以上、待遇分の仕事はせねばならん」
「仕事……? それだけで、それだけの理由で僕達を?」
「そうだ。他にどんな理由がある」

にべもない言葉に、ノルンは落胆する。ほんの少しでも、家族の情が残っていると信じたかった。だからこそあの日、わざわざ意志を問いに来てくれたのではないのか? 
だが、そんな幻想を、鴉を名乗る男は無慈悲に否定する。

「お前達は俺を兄と呼んだことがあったな?」
「……ああ、そうだ。血がつながってなくても、確かにあんたは俺達の兄貴だった」
「そうですよ……そうじゃないんですか、兄さん! 僕達は、家族でしょう!?」
「……………」

長い、あるいは一瞬の沈黙をおいて、

「……ク……ククク……ハ、ハハハハハハハハ!!」

声を上げて、クロウは嘲笑した。

「な、何を……」
「こいつは失敬した。だが、お前達の認識がそこまで甘かったとはな」

眼鏡が光を反射し、視線を隠す。そのレンズの片方には、ホウオウグループの象徴たるエンブレム。

「俺は一人だ。今までも、そしてこれからもだ。家族などいない。いるのは敵と、同僚と、上司。それだけだ」

無機質に語るクロウの表情は、不敵に笑んでいた。

「……僕達は」
「違う」

すがるような呼びかけを、クロウは一蹴する。崩れ落ちそうになるノルンの横で、ノアは一人体勢を整える。

「ノルン、甘い考えはもう捨てろ。この人は本気だ。本気で、俺達を殺しに来てるんだよ」
「物分かりが良いな、結構なことだ」

だが、言葉に反してクロウは構えた様子がなく、武器すら持っていない。
さすがに不審を抱いたノルンが問いかけようとした時、奥から声が聞こえた。

「ノルン、ノア、そいつは今お前達を殺す気はないようだ」
「え?」
「………」

声は続ける。

「だが、いつかそうするつもりなのは確かだ。そいつの心象は、全く揺らいでいないからな」
「……何者か知らんが、洞察力の高いことだ。その通りだが」

何を隠すでもなく、クロウは肯定する。

「……それじゃあ、何でここに?」
「意志表明のためだ。ノルン、以前お前は俺に言ったな。生き方を探しに行くと」
「はい……」
「俺もそれに倣ったまでのこと。最低限の礼儀だ」

そのやり取りでさっきまでの話を思い出したノルンは、慌てて口を開く。

「! ……本当に苦しいのは、あなたの方じゃないんですか?」
「……何が言いたい?」
「僕よりも『世界』を知っていた……だから、あなたの方こそ、生きる意味を探すべきなんです!!」

その必死の説得を、

「……何もわかっていないな、お前は」

クロウは冷徹に、切り捨てる。

「過去は過去だ。変えようがない。そこで俺が地獄を見たのも事実だ。だが……だから、何だ?」
「ぇ――――」
「俺は、今が苦しいと思った事はない。生きる意味だと? そんなものは必要ない。日々の糧と、その日その日の目的があればいい」
「そんな……それは、あまりにも刹那的過ぎます」
「世の中の大多数の人間は、そうして生きている。俺もその中の一人だ。生きる意味など、見出す方が珍しい」
「しかし……」
「くどい。いいか……俺は、今で十分だ。俺の目的は、生きることそのものだ。そして俺は生きていて、それを繋ぐ場所と方法がある。だからそれを続けている、それだけの話だ」

す、と目を細め。

「これは宣戦布告だと思え、ノルン、ノア」
「く……」
「……本腰入れて来たってわけか」
「抱えている案件もある。すぐにというわけではないがな」

それだけを言うと、クロウは踵を返して店を出た。その背に、ノアが問う。

「……最後に一ついいか?」
「何だ」
「あんた、その髪はどうしたんだ? 前は血色だったよな」
「これか」

振り返りもせず、男は言う。


「以前の俺への決別のようなものだ。任務に対し、ほんの微かにでも私情をはさんだ、俺へのな」



鴉、宣戦布告

(そう、決別)
(考え直す可能性に賭けて)
(行動を延び延びにしていた自分への)

(……だが、それももう終わった)



「……はい、わかりました」

奥から戸の開く音。

「ノルン、ノア、俺はちょっと出て来る。呼び出しがかかったからな」

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最終更新:2011年09月24日 13:46