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忍び寄る気配

「……ふむ。コードはまだ生きている、か」

ストラウル跡地。その近辺にある地下空間で、クロウは端末に向かっていた。ここは以前、ブラストルの一件の際にゼアが処理を行った場所だ。記録されていたデータは軒並み削除されていたが、端末自体の機能は生きていた。そこで彼は、かねてから問題となっているパニッシャーの処理の手掛かりを求め、ここまで足を運んだのだ。結果、制御はどこかにある本体を押さえなければ不可能だったが、簡単な命令ならグループのコードで出来ることが判明した。

「ちょうどいい。何体か集めて見るか……上手くすれば、ダミーか何かに転用できるかも知れん」

こう見えてホウオウグループも、現状資材に余裕があるわけではない。省ける手間は省くべきだった。携帯に端末をリンクし、コードを打ち込みつつ表に出る。外に出た彼を向かえたのは、煌々と輝く月だった。

「もうこんな時間か……ん?」

ふと「跡地」の方に目を向けたクロウ。その先にいたのは、赤く長い髪を風に揺らす、一人の少女だった。




「はぁ……はぁ……はぁ……」

胸を押さえ、動悸を静めようと荒い息をつく。スザクが家を飛び出したのは、今から1時間も前のこと。
夕食を終え、部屋に戻っていた彼女を、突然例の「衝動」が襲ったのである。

『!? っ、く、はぁ……ッ!!』

以前は何でもなかった。それは、かつてあった不安定な人格を、衝動に依存することで無理矢理安定させていたからだ。しかし今は、人格が統合されたことで宙に浮いた形となった「衝動」が、時折発作として襲い掛かって来る。「施設」で施された兵器としての精神改造は、未だにスザクを蝕んでいた。ゲンブからは精神治療を受けるように再三言われているが、学生の身分では余裕がない。

『姉様? どうかなさいましたの?』

部屋の外からアオイの声が聞こえた。だが、瞬時にして芽生えたのは殺意。一瞬おいて我を取り戻し、戦慄した。
このままでは、アオイを殺してしまう。
それが理解できた瞬間、スザクは部屋の扉を叩きつけるように開いて外に飛び出していた。どこか、人のいない所を求めて。


そして今、彼女はストラウル跡地にいる。湧き上がる衝動を何とかこらえつつ、少しずつ息を整えて行く。

「―――っ、ふ……、ぅっ」

どうにか収まった、と思えた。身体を上げ、肩を落として大きく息をつく。何例かあったケースとは違い、彼女の『衝動』はそれ自体が人格を持っているわけではない。

「……全く、気が抜けないな」

正直、今「彼女」に出くわさなくてよかったと思う。「約束」の時は、まだ先だ。
と、

「……!? 何だ、これ……」

ふと気配を感じて周りを見渡すと、暗がりの中に光る、無数の目があった。それが、遠近問わず周囲に多数。
駆動音、鉄の擦れ合う音、弾丸の装填音。これは、

「パニッシャー……!!」

かつての戦いの忘れ形見、能力者を無差別に襲う機械兵。どうも、周辺一帯を占拠しているらしい。
元々カメラアイを多数持っている機体のため、この状況では何体いるのか想像もつかない。

「く……」

いつ撃って来てもおかしくない。そしてそうなった場合、今の自分ではなす術がない。この機体の本来の戦法は、物量による圧倒。たかだか能力者一人など、赤子の手をひねるよりも簡単に潰せる。
だが、まだ死ねない。「約束」もある、アオイやランカ、護るべき人達がいる。何より、

(僕は……まだ僕は、十分に生きちゃいないんだ!!)

何よりも強い、生への欲求。


ずくんっ、


「う!?」

胸の奥で、何かが疼いた。意識が集中した一瞬の隙を突くように、「衝動」が心を喰い尽くす。
それは、本当に一瞬の出来事だった。

―――全て壊せ。
―――全てを殺せ。
―――目に映るものを、破壊せよ。
―――生き延びたければ、殲滅せよ。

今や無意味であるはずの、かつて打ち込まれた「命令」が、彼女を支配する。

「―――っ……ぅ……ああぁぁあああぁあああッ!!」

跡地に吹いた風に、長いその髪が流れ――――真っ白に、染まる。




「なんだ、これは……!?」

廃ビルの屋上から状況を見守っていたクロウは、驚愕していた。一気に回収しようと集めたパニッシャーが、なぜかここにいた火波 スザク目掛けて襲い掛かっていた。しかし、驚いたのはそこではない。
明らかに動揺していた彼女が、絶叫と共に真っ白に変色した長髪を振り乱し、赤い幻龍剣を右手に、龍義鏡を左手に展開したまま破壊の限りを尽くしていたのだ。

パニッシャーの放つ弾丸を鏡が跳ね返し、返す一撃が機体を両断して爆炎を上げる。近接戦に入った機体は、間合いに捉える前に蹴り飛ばされ、斬り飛ばされる。距離を取ろうとした機体は、一瞬のうちに放たれた龍精落で僚機諸共消える。それはまさに、一方的な蹂躙と言うべきだった。彼女の戦域に命あるものがいなかったのは、不幸中の幸いか。

「……っと!」

パニッシャーと異なり、ガルダは暴走しているようだ。こちらにも放って来た石化光線の軌道を捻じ曲げ、直撃させて墜落させる。ふと見ると、スザクの方に行ったものは全機墜とされたらしく、見当たらない。

(凄まじいな……これがUHラボの目指したもの、その片鱗か)

あの施設の連中は、思想の問題でグループから弾かれたとはいえ、技術と頭脳は本物だった。その彼らが目指した生体兵器……スザクは肉体的な改造を受けていないが、精神改造と薬物投与だけでここまでになるとは。能力が紛い物とはいえ「龍義真精」であることを考えても、この戦闘力は異常と言えた。

(だが、制御が出来ねばな)

兵器の強さとは、個々の強さではない。統制された動き、そして均質な力、圧倒的物量。そこへ行くと彼女は、兵器としては明らかに失敗だった。

そんなことを考えている内に、パニッシャーは全滅していた。


(む、いかん)

見つかってはまずい。クロウは屋上に素早く身を伏せ、こっそりと地上のスザクを窺う。
彼女は肩で息をしながら地面を見つめていたが、不意に空を見上げる。と、

(!)

変色していた髪が赤く戻り、剣と鏡が消え、その場にぱったりと倒れてしまった。
それを見届けたクロウは、どうするかしばし迷った。一番いいのはこの場で始末してしまうこと……なのだが、

(それをやると、奴が黙っていないだろうからな……)

命はまだ惜しいし、人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくはない。とはいえ放置するのは論外だった。この状況に気付かれては後々面倒になる。ならば、

(……仕方があるまい)

聊か以上に不本意だったが、この手しかない。携帯を取り、登録されている番号を呼び出す。

「ノアか? 俺だ。……理由? 何でもいいだろう。ストラウル跡地に火波 スザクがいる。連れて帰れ」

言うだけ言うと、返事を待たずに切る。後は彼が来る前に、スザクを入口近くまで移動させておけばいい。まあ、来ればよし、来なくともよし。
と、そこまで考えてまた思いついた。……暇を持て余し続けるのも無駄だ。ならば、もっと建設的なやり方を取るべきだ。そう、あの連絡員や多くの若きメンバーのように。
閉じた携帯を再び開き、今度は別の場所に連絡する。その内容は、



「俺だ。……ああ、任務絡みだ。明日、いかせのごれ高校へ教師として潜入する。書類は以前用意した奴があるだろう。前に蹴ったやつだ。……ああ、それで構わん。何かと都合がいい。偽名? 『渡 九朗』とでもしておけ」



忍び寄る気配

(朱雀の衝動は未だ消えず)
(鴉、なおも蠢動する)

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最終更新:2011年09月27日 19:01