スザクがいる部屋は2階の一番奥にあった。部屋の扉は閉ざされているが、中から人のいる気配がする。
間違いなく、ここに彼女がいる。
「姉様……」
不安げに呟き、胸に手を当てるアオイ。ストラウル跡地に倒れていたというが、一体何が起きたというのか。
昨夜突然飛び出した事と言い、不安は尽きない。
「……開けるよ」
いつになく神妙な面持ちで、トキコがノブに手をかける。そして、
シスイが見守る前でゆっくりとノブが回り、扉がきぃ、と蝶番の音を立てて開かれた。
目線をかわし、中に踏み入る。
「……鳥さん?」
呟くようにトキコが呼びかけるが、答えはない。部屋の中を見回すと、壁際のベッドにスザクが寝かされていた。慎重に近づいて様子を見ると、どうやら眠っているようだった。規則正しく寝息を立てており、表情には特段負の要素は見られない。
「……見た感じでは大丈夫みたいだけどな」
「でも、倒れてたんでしょ? やっぱり何かあったんだよ」
「……一体、姉様に何が……」
小さく声をかわす三人。だが、ここで話していても事態が変わるわけでもない。とりあえず起こしてみようか、ということになったのだが、アオイが言う。
「……店長さんの仰る通りなら、姉様はひょっとすると、衝動が再発したのかも知れませんわ」
「衝動って……あの、殺したい、壊したい、ってやつ?」
「そうですわ」
トキコにもシスイにも、それは覚えがあった。以前、髪が白かった頃のスザクは、強気の裏にそれを抱え、非常に不安定なまま日々を過ごしていた。精神分裂症を起こしかけた所で人格統合が起き、以来それはぱったりと収まっていた。ところが、だ。
「この間、帰り際に誰かにぶつかられたのです。思えば、姉様の衝動はそれが引き金になって引きずり出されたのでしょう」
「けど、鳥さんの衝動って、言ってみれば催眠暗示でしょ? それって引っ張り出せるものなの?」
トキコも
ホウオウグループとして、UHラボの情報は一通り得ていた。そしてスザクに施されたものは、特定の状況で効果を発揮するものだ。そして自我が確立した今、接触した程度で再発するとは思えなかった。
「俺もそう思うんだが……俺達が論じてもわかるものじゃない」
シスイの意見ももっともだった。
「……姉様? わたくしの声が聞こえます?」
恐る恐る、アオイがスザクに囁く。一秒、二秒。
数秒置いて、答えが返る。だが、
「……ああ。結局、こうなっちゃったのね」
それは、常のスザクとは全く違う口調で、こぼれ落ちた。
「姉、様……?」
スザクの顔をした「誰か」は、身を起こすとアオイ達の方を振り向き、言う。
見れば、顔かたちこそスザクそのものだが、顔つきや雰囲気が百八十度違う。どちらかというとアオイに近い、静かなものになっていた。
「鳥さん……じゃ、ないね。誰?」
警戒心も露わにトキコが言うと、「誰か」は答える。
「私は綾音。火波 綾音。……あなた達が『スザク』と呼ぶ人の、意志持つ一つの側面。『弱さ』そのもの」
「綾音……スザクの弱さだって?」
そうよ、とシスイの問いに「綾音」は頷く。
「……身体は問題ないわね。ちょっと座って? こうなった原因を話すから」
4人で向かい合う形で床に腰をおろし、「綾音」から話を聞く3人(携帯を通して階下の亜音も聞いているのだが)。
「昨日、スザクに何が起きたのか……それは、多分あなた達の想像通りよ」
「では、やはり……」
「ええ。突然衝動が再発して、それにアオイ……あなたを巻き込まないために、飛び出した」
「それで行きついたのがストラウル跡地、か。確かにあそこなら誰もいない」
シスイの言葉を頷きで肯定した「綾音」は、その後なぜスザクが倒れたのかを話した。
一連の事態を聞いた3人は、少なからず驚いていた。
パニッシャーの厄介さは以前から知られていたが、暴走したスザクはそれを一人で全滅せしめたのだから。
「正常な状態じゃなかったから、実力と言えるかは微妙な線ね」
「それはいいよ。それより、どうして鳥さんの衝動が出て来ちゃったの?」
「今から話すわ」
そして、「綾音」はぽつぽつと話し始める。
「……そもそも私は『
火波 スザク』という人物の、ある意味で本当の人格」
「え!?」
「スザクが仮人格ってわけじゃないわ。私は、もしもあの日、誘拐されずに育ったら……という可能性の存在」
「つまり、本当ならスザクは君みたい、いや君になっていたってことか?」
「そうよ」
シスイの問いをあっさり肯定。少なからず、3人は当惑した。こんな「女らしい」スザクは、さすがに想像がつかない。デートの経験があるトキコは尚更だ。
「施設から脱出して自我を形成する中で、彼女は弱い自分と決別しようとした。そのために、弱さの記憶を髪の赤と一緒に心の奥に封じ込め、強さだけの人格を造り出した。それが、今までの『スザク』」
「わたくしと出会った頃の、ですわね?」
「ええ」
髪が白かった頃の話だ。
「時を重ねて行くうちに、閉じ込められた弱さは、幼少期の両親の記憶を頼りにもう一つの可能性をシミュレーションし、別の人格を造り上げた。それが私」
しかし、それは弊害を生んだ。
「表に出ているのは常に『スザク』。弱さに該当する部分がないから、それを埋めるために誰かを欲した。決して自分の傍からいなくならないように、殺してでも」
「! そっか、鳥さんの衝動はそれなんだ」
「なるほど……暗示がそう言う形で表に出たわけか」
「そう。だから私は見かねて、『統合』を持ちかけた。結果として彼女はそれを受け入れてくれたから、今あなた達が知る『スザク』がいる。心が一つに戻って安定したから、衝動も……なくなったわけではないけど、感情の一つとして処理できるようになった」
「ちょっと待ってください。では、昨日はなぜ?」
「綾音」の言が正しければ、スザクに起きた現象の説明がつかない。だが、それにはアオイに心当たりがあった。
「も、もしや、この間ぶつかって行った……?」
「ええ。それがスザクの中にある衝動を刺激し、本人も気づかない内に人格を分けてしまった。今度は強さが前面に出たスザクと、弱さが前面に出た私に」
「そ、そうか……それで、足りない部分に反応して……」
「じゃあ、どうすれば鳥さんは元に戻るの?」
トキコの問いに、「綾音」はまたあっさりと言う。
「『天子麒麟』を使えばすくにでも」
「俺の力?」
「ええ。嫌?」
「や、それは別にいいんだが、元に戻ったとして、君はどうなるんだ?」
「統合されて消えることになるわ。もっとも、記憶も自我も共有してるから、実質表に出る方が入れ替わるだけね」
言うが早いか、「綾音」はシスイの手を取る。
「え? いや、あの」
「それじゃ、お願い」
「あ、ああ」
言われるがまま、シスイは能力を発動した。「綾音」の纏う雰囲気が変わり、いつもの慣れ親しんだものに戻る。シスイが手を離すと、目を開いた彼女は言う。
「……心配、かけちゃったな。ごめん」
そう言って、スザクは苦笑いを浮かべた。
とりあえずの収拾
(幸い済むと人の言う)
「とりあえずは何もなかったわね……」
「姉さん? 何をしてるんです?」
「あれ、正人? 何でこんな時間に」
「いや、何と言うか虫の知らせが」
(袖すり合うも多生の縁?)
最終更新:2011年10月05日 21:31