「一九四四一〇二五」
古びた日記帳に書かれたその数字を、彼は感慨深く見ていた。
「…?どうしたの、キリ君?」
その場にずっと立ちつくしているキリに、春美が声をかける。
キリははっと顔を上げ、自分よりかなり背の低い彼女を見下ろした。
「あ、いえ、何でもないのでありマス。」
「キリ君、日記なんて付けてたっけ?」
春美が首をかしげる。
キリは横に首を振り、日記帳を春美に渡した。
「昔、小生の知り合いが書いていた日記でありマス。」
春美は日記帳を開く。
機械的な角ばった文字が連なり、それは日記というより記録帳だった。
「良い知り合いではないのでありマス。言ってしまえば、小生はその日記の持ち主の捨て駒でありました。」
「え…?」
「その持ち主は小生が軍隊時代の時の教官でありまして。」
そうか。これはキリがまだ生きていた頃の時代の物なのだ。
これを見、キリは過去の事を思いかえしていたのだろう。
彼にとっての過去回想は、戒めと同じだと以前聞いた。
「…でも、なんでそんな人のものをキリ君が持っているの?」
その質問に、彼は少し俯いた。
「…経緯を語れば長くなるのでありマスが…。」
そういいながら考え込んでいた。しかし、キリはやがて首を振った。
「今はまだ話せないのでありマス。何れ時が来れば。それでいいでありましょうか?」
「…わかった。無理には訊けないもんね。」
春美は頷くと、日記帳を返して自分の部屋に戻った。
残されたキリは、日記をただ眺める。
そっと眼を閉じると、『最期』の瞬間が眼の前に現れてくる。
『御国より自分のことがそんなに大切か?何千万の人民よりたった一人の命がそんなに大切か?』
『お前達はただ、上に従っていればいい。』
『残念だったな。御国の為に命を使えなくて。』
『やはりお前達一般人というのは実に馬鹿らしいな。』
「…まだ、主が抱えるには早すぎるのでありマス…。」
彼は小さく呟き、軍服の内ポケットに日記帳を仕舞った。
教官の記録帳
小生を「殺した」鉛玉は、決して敵から浴びせられたものではないのでありマスから――。
最終更新:2011年10月05日 21:33