「ぅおっ、何だ!?」
予鈴が鳴り、教室へ急いでいた啓介は、保健室の前を通り過ぎた時、前から走って来た人物とぶつかりそうになって慌てて身をかわした。
「今のは……アズマ先生か?」
1年2組のクラス担任。誰かを抱えていたようだったが……。
開けっ放しになった扉から中を窺うと、抱えられていたのが一年の女子だとわかった。ただ、酷く傷つき、ボロボロだった。
(あれは確か張間……噂は本当だったのか)
啓介、いや2年の教室にも、いじめの噂は伝わって来ていた。反応が顕著だったのは
ハヤトと火波姉妹で、ハヤトの方は悪態をつきまくっていた。一方火波姉妹の方は、姉はいっそわかりやすいほどに怒り、妹は氷のような目で「それはそれは、どうしましょうか」と微笑んでいた。……異様に怖かった。
(とは、いうが)
実際の所啓介に何が出来るわけでもない。いじめなどと言うものは往々にして水面下で進行するもので、気付きにくい。教師や他人が介入すれば、それを理由に事態が加速度的に悪くなる場合もある。そして大概、取り返しのつかない事態を招いてから全てが発覚する。学校と言う閉鎖社会は、そういうものだ。
「………」
啓介にはそういう経験はない。元々友人は少ない方だったし、何より彼は強かった。だが、彼女はどうだ?
「………」
いじめをする側の心理は、その始まりこそ「気に入らない」「目につく」といった単純なものが多い。だが、1人では実行に移すことはない。同じ考えを持った何人かがつるんで、1人に攻撃性を向けるのだ。日々のストレスや攻撃衝動を、人にぶつけて解消する。自分にないものへの妬み、自分に出来ないことへの僻み、それらを乗せて。自分にそれが返って来ないように、抵抗する力のない者を狙って。そして周りも干渉しないことが多い。手を出して自分がターゲットになることを恐れるからだ。世の知識人は「いじめられる方にも原因がある」という。
(馬鹿な話だ)
まったく馬鹿な話だ、と思う。いじめの対象になるのは往々にして弱者だ。何と言う事も無い、些細な理由で。それのどこに原因があるというのだ。
(……まあ、俺も同じか)
いじめにかかわってしまえば、例え手を出さなくても加害者だ。助けずに、自分可愛さに見て見ぬふりをする。それは、人として仕方のない防衛本能ともいうべきものだ。……だが、そのせいで他者が傷つく。
自分のために他人を犠牲にするという意味では、実際にいじめを行っている者と変わらない。そして、この事実を知った啓介もまた、「悪意の第三者」だ。
「……合理的なやり方、か」
簡単になくならないから、子供同士のすることだから、大人は手を出さない。それは、免罪符ではない。
知ってなお放置したのなら、等しく全員が悪だ。
(…………)
授業に出る気はすっかりなくなってしまった。
「…………」
暇を潰そうと1人、屋上に足を向けた。
偽善者の、俺
(知って何もしなかった)
(ただ、話を聞いて憤っていただけ)
(……そんな俺は、善人気取りの愚か者だろう?)
最終更新:2011年10月07日 21:00