…気がついたら、屋上にいた。
何も、覚えていなかった。
どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか。
そこだけぽっかりと抜けてしまったかのように。
…なのに、“それ”だけは覚えていた。
嘘のような、しかしはっきりとした記憶。
それが本当なのか否か、佑には分からなかった。
だから、目の前の相手に尋ねた。
「………」
太陽は無言のまま何も答えない。
しかし、その沈黙と、尋ねた際に一瞬見せた表情が、答えを物語っていた。
それから少しの間、二人とも無言のまま時間が過ぎた。
「…タイヨーさん。私の話、聞いてもらってもいいですか?」
沈黙を破るように、佑が口を開く。
太陽が頷いたのを見ると、話を始めた。
「…何と言っていいのか分からないですけど…驚いた、というのが今の私の正直な気持ちです。
私、本が好きです。面白いと思ったら何でも。ですから、色々なジャンルの本を読みます。
その中で、怪盗が出てきたり、題材になったりした本も、たくさん読みました」
「…怪盗というのは、私にとっては『本の中の世界』のもので、本で書かれる設定が、内容が、すべて。
本当にいたらすごいな、という思いはありましたが、本当にいるなんて、考えもしなかったんです」
「……」
「でも…その、『本の中の世界のもの』が、いるんですよね……本当に、いるんですよね…」
「……佑…」
「…やっぱりイメージと違うなぁ…」
「…イメージ?」
「はい…。私の中で『怪盗』って、こう…タキシード着てて黒いマントと黒いシルクハット。
それに仮面をつけててひげを生やしたナイスミドルが月夜をバックに「Bonjour」っていうような感じだったので…」
イメージ崩れるなぁ…とため息をつき、眉間にしわを寄せて考え込む。
その佑の様子に、太陽は妙な脱力感に襲われた。
やがて、考えるのをやめたらしい佑が、軽く自分の頬を叩いた。
「…ま、こんなこといつまでも考えてても仕方がないですよね。帰りましょう?タイヨーさん」
「…意外とあっさりしているんだな、お前」
「えぇ、まあ。…まさか、私がこのぐらいでドン引きするとでも?」
太陽に向き直ると、少しずれた眼鏡を直し、じっと彼の目を見る。
「私を甘く見ないでくださいよ。確かに驚きましたけど、順応性は高い方だと自負しているんですから。
本当にいるというのなら、いるんでしょう。それはそれで受け入れますよ。
それに、何であろうとタイヨーさんはタイヨーさんです。いつも頼りになる、優しいタイヨーさんです。
私にとってはそうなんです。それだけは、何があっても変わりません」
微笑んでそれだけ言うと踵を返し、置きっぱなしにされていた買い物袋に手を伸ばす。
その後ろから手が伸び、佑より先に買い物袋を取った。
「……タイヨーさん?」
「…お前一人じゃ大変だろう?」
「…そうですね。…ありがとうございます、タイヨーさん」
信頼と幻想が築いたもの
(…でも、何で私はタイヨーさんが『怪盗イノセント・プリンス』だって知ってたんだろう…?)
最終更新:2011年10月10日 22:02