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桜の樹の満開の下

『……あら?』

その日、サクヤは珍しく「自分」の傍にいた。一年中散らない花が咲く、年月経た桜の大樹。
彼女言う所の「坊や」……流也は最近になって人外狩りをしている二人組を追うようになったらしく、とんと顔を見ていない。元々この樹の精霊である彼女は、普段はいかせのごれをぶらついており、それこそ「人外狩り」か百物語組でもなければ彼女を見ることはない。彼女が「現れる」のは、流也以外の誰かと会うときだけだ。

ともかく、そんな彼女の許を訪れた者がいた。

『確か……火波 琴音ちゃん、だったかしら?』
「あら、私をご存じ?」

二児の母たる彼女も、サクヤにしてみれば幼女もいいところである。ちなみに彼女が「さん」づけで呼ぶのは百物語組だけだ。

『ええ。幹久朗さんから一度、聞いたから』
「そう」
『それで……何の用かしら?』
「強いて言えば……私と同じような人に、一度会ってみたかったから、かしら?」
『私は樹よ?』
「いいじゃないの、細かい事は」

そうね、と笑うサクヤ。そして、訪れたのが琴音の方で在る以上、必然的に話は彼女が振ることになる。

『何かお話でもする?』
「遠慮しておくわ。あなたの昔話を聞いていたら、それこそ100年あっても足りないもの」
『あらら、やっぱり? それは残念』

ちっとも残念そうではない笑顔で、サクヤはそう、無言で言う。

『それじゃ、何を話そうかしら。近況でも?』
「そうね……」

呟き、琴音は来る途中の出来事を思い出す。

「こっちに来る時、全身黒ずくめの人に会ったわ」
『黒ずくめ……ああ、あの人外狩りね』

サクヤにとっては正直忌々しい存在だ。せっかくの友達を消そうとしているのだから。

『その人が、何かしたの?』
「私が見えたみたいなんだけど、何もせずに行ってしまったの。もっとも……あの人じゃ、私には何も出来ないでしょうけど」
『あら、どうして?』
「妖怪の皆と違って、私は心だけ。ナイフじゃどうにもならないわね」
『それもそうね』

言って、サクヤは寄りかかっている「自分」を見上げる。

『私はこの樹だもの。たとえチェーンソーでも切れないわよ、私は。それに、ここまで来られる人はそうはいないわ』
「そうね……」

琴音自身、この場所を見つけるのに相当苦労した。別に入り組んだ道を通ったわけでもないのに、こんな目立つ樹がまったく見つからなかったのだ。

『何でここが見つからないのか、私も知らないのよね』
「え?」
『だって、私はここに植え替えられただけなのよ? それをやった人達はいかせのごれにもういないし、聞きようがないわ』
「まあ……確かに、ね」

事実としては、何の制限も無くここに出入りできるのはサクヤのみと言う事になる。

『話を戻すと……その人外狩りの人はともかく、もう一人の方は気をつけないとね』
「『なかったことにする』力だったかしら……」
『存在そのものっていうより、そこであったことを「そんなことはなかったですよ」ってことにしちゃう力なのよね。無敵じゃないかしら、それって』
「でもないわよ? 消せる事実には限界があるはずよ、必ず」

琴音の予想が正しければ、あの力が消せる事実には、有効となる時間軸の範囲があるはずだ。もしそれがなく、事実を無尽蔵に消せるなら、人外狩りなどという「悠長」な真似はせず、その始まりから消しているはずだ。

(けど、これが正しいとも限らないのよね)

娘達の関わったいくつかの事件で、琴音もそれは実感している。

(この間は綾音が襲われた……何とか守れはしたけど、同じことがまた起きてしまったら……)
『琴音ちゃん? どうかした?』
「え?」
『何だか、凄く哀しい顔をしてた……』
「……ちょっと、ね」

自分が逝く日も、もしかしたら遠くはないのかも知れない。先に逝くのは親の宿命……それでも、琴音はまだ、娘達の傍にいたかった。

(アカネちゃんが羨ましい……家族と一緒に過ごせるんだもの)

今の自分は、娘たちと声をかわすことすらままならない心だけの存在。わかっていても、やりきれない気持ちがあった。

『……何だかわからないけど、元気出して?』
「………ありがとう」

サクヤに励まされ、琴音は顔を上げた。
その眼には、なくしたはずの涙が光っていた。

(綾音、綾歌……もう少しだけ、あなた達と一緒にいさせてね)


桜の樹の満開の下


ザッ、

「!」
『……誰かしら、あなたは?』

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最終更新:2011年10月11日 15:18