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臆病と養護教諭

「・・・ん・・・」

 目を覚ませば、一番先に眼に映ったのは真っ白い保健室の天井。
次にぼんやりとしていたボクの耳に入ってきたのは、学校のチャイムの音で、
この音色は確か放課後の時に流れるものだった。・・・ということは、

「ああ、起きましたか。」

 白いカーテンを引いて現れたのは、保健医のたまちゃん先生。

「・・・あ、」
「いいですよ、無理に起きようとしなくても。」
「・・・ごめん、なさい・・・」

 泣きそうな気持ちになって俯くと、たまちゃん先生は責めたりせず、ベッドに座って、
ボクの手を取ったり、痣だらけだった顔を診てくれた。
そういえば、いつの間にか身体のあちこちに絆創膏やガーゼが貼ってある。
・・・そっか、ボク、あの後保健室に運ばれたんだ・・・

「・・・あ、の・・・たまちゃん、先生・・・」
「アズマ先生なら、僕から言っておきましたから大丈夫ですよ。」
「そ、ですか・・・」
「みくちゃんからは、明日先生にお礼を言ってあげてください。とても心配してましたから。」
「・・・はい。」

 ・・・言葉だけで、先生は笑顔になってくれるのかな。
そんな疑問が、あの時見た先生の顔と一緒に胸の中に浮かんできた。
先生は良い人だから、自分のこと、責めたりしてないかな。
そんな先生にボクが「ありがとう。」だとか「もう大丈夫です。」だとか言ったら、
かえって傷付けそうな気がする。沈んだ気持ちでそう考え込んでいたら、たまちゃん先生が
心配そうにボクを覗き込んできた。
ボクは慌てて、つい口癖を言ってしまった。

「あ、・・・ご、ごめんなさい・・・」
「まだ身体が痛みますか?」
「だ、大丈夫です・・・もう、へーき・・・ですから・・・」
「・・・ののかさんも、みくちゃんのことを心配していましたよ。
キミがトイレで倒れているところを一番に発見して、アズマ先生に伝えに言ったのも彼女でしたから・・・」
「・・・ご、ごめんなさい・・・」
「・・・明日学校に来たらののかさんにも顔を見せてあげてください、ね?」
「・・・」

 ののかちゃんにも、迷惑かけたんだ・・・ボク。
重かった気持ちがまたひとつ覆いかぶさったように重くなった気がした。
たまちゃん先生が「ああ、そうだ。」と呟いてボクに尋ねてきた。

「そういえば、みくちゃんはショウゴ君とも知り合いなんですか?」
「えっ?」
「みくちゃんがここに運ばれた時、たまたまショウゴ君もいましたが・・・
みくちゃんを見た途端、血相を変えていましたから・・・」
「・・・せんぱい、は・・・その・・・」
「・・・ショウゴ君にも、後で挨拶にいきませんとね。」

 たまちゃん先生は察したかのように微笑んで、そう言ってくれた。
たまちゃん先生は、凄いな・・・ボクのこと、全部お見通しなのかな。
なんだか凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、ののかちゃんがいつも保健室にいる理由が、
なんとなく分かった気がした。

「・・・たまちゃん先生・・・」
「はい?」
「その、・・・せんせい、に・・・えっと・・・」
「・・・ああ、『あのこと』でしたら話していませんよ。」
「そ、ですか・・・」
「・・・・・・・・・」

 ボクがホッとしていると、たまちゃん先生は真剣な眼をしながらこう言ってきた。

「・・・みくちゃん、もう限界なんじゃないかな。」
「・・・」

 その言葉に、心がキュッ、と締め付けられる。
分かってるよ、たまちゃん先生。でもね、・・・でも、ね・・・

「キミのいじめは今まで黙秘されてきたけど、担任の目に触れてしまった以上、
表沙汰になるのは時間の問題だ。それこそ、もう取り返しのつかない事態になってしまう。
・・・あまりこういうことを言いたくないけど、ウスワイヤに行った方がいいかもしれない。」
「ウスアイヤ、って…たまちゃん先生が言ってた、特殊能力者収容施設…なんですよね…」
「ああ。」
「そこには、ボクみたいな力を持った人たちがいるんですよね…」
「そう、だから…」
「…ごめんなさい、ボク、まだそこには行けません…」
「………」

 たまちゃん先生は黙って、厳しい顔をする。

「…たまちゃん先生には、感謝してます。ボクの我侭、たくさん聞いて貰って…
今まで、誰にも言わないで隠し続けてくれましたし、どうすればいいのか困った時も、
アドバイスもしてくれました。…けど、ごめんなさい・・・。」
「みくちゃん…」

 よく分からないけど何故か、その「ウスワイヤ」という場所に行ってしまえば二度と戻ってこれなくなるような気がした。
ここに、じゃなくて、カイくんと一緒に登校したり、ののかちゃんや冬也くん達とご飯を食べたりする、その日常に。

「みくちゃん、優しさを履き違えてはいけないよ。誰かに迷惑をかけないことが、
一番良いわけじゃない。それは最悪、自分の身を滅ぼしてしまう恐れもある。」
「分かってます。でも、これはボク自身の問題でもあるんです。
ボクにしか解決出来ない…そうですよね?」
「………」

 たまちゃん先生は言葉を詰まらせ、目を伏せた。
・・・やっぱり、そうなんだ。

「…たまちゃん先生、ボク、帰りますね。」

 一言、そう呟いてベッドから起き上がると、籠の中に入っていた通学鞄を持って保健室を出て行った。
背後からたまちゃん先生がボクを呼び止める声が聞こえたけど、聞こえないフリをした。










臆病と養護教諭


(ぼくにしかできない)
(だから、ぼくひとりでなんとかしなければいけないんだ)
(ぼく、ひとりで)

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最終更新:2011年10月13日 18:58