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二つの悪夢、出会う

「…持ってきたけど」
「あ、サンキュー。ハヤト

ウスワイアの地下にある研究室。
作業をしていたシノは、ハヤトから頼んだ資料を受け取った。
ハヤトの眼差しには、暗い色が浮かんでいる。

「どうっすか? ウスワイアには慣れたっすか?」
「……別に」
「ま、まあ…分からない事があったら、何でもアタシに聞くっすよ」
「……」

小さく頷いただけで、ハヤトはそのまま研究室から出ていった。
そんな彼の後ろ姿を見て、シノは溜め息をつく。

「どうすればいいんすかねえ…」


(…慣れる訳ないだろ)

廊下を黙々と歩くハヤト。
彼の脳裏には、2つの忌まわしい記憶。
1つは自分が『死んだ』時の記憶、そしてもう1つはここに連れられた記憶。
どちらもハヤトにとっては、決していいものでは無い。

(これが夢だったら早く覚めてえよ…)

その時。

ガゴン!

「ウェ!?」

突然、ハヤトの足元の床が抜けた。
面食らったハヤトはそのまま落下してしまうが、幸いマットが敷かれていたので痛みは軽減された。

「何だよこれ…落とし穴?」
「キッシシシシ!」
「?」

上から奇妙な笑い声が聞こえてきた。
見上げると、そこには白い髪と紫の瞳を持った少女が、こちらを見て笑っている。

「引っ掛かった、引っ掛かった~!」
「…誰だお前」
「私はミユカ! そういえば君、見かけない顔だね。新入り?」
「…そうだけど」
「名前は?」
「…別に知らなくてもいいだろ」
「私は知りたいよー?」
「誰が落とし穴仕掛けた奴に教えるんだよ」
「あーごめんごめん。でも誰が引っ掛かるか分かんないからさ」
「…とりあえずここから出してくんね?」
「うん、ちょっと待って」

と、ミユカの瞳が紫から金に変わり、まるで蛇の様な目付きになった。
ミユカの豹変に驚くハヤトだが、まだこれだけでは無かった。

「はい、捕まって」
「………」

ハヤトは思わず、差し出された「それ」を凝視する。

「これ…腕…」

―――長くなってるんだが。

その一言は喉に引っ掛かってしまった。

「出ないの?」
「…出る」
「じゃあ引き上げるね、せーのっ!」

ミユカが勢いよく腕を引き上げる。
が。

ゴンッ!

「あ」

勢いが出すぎてハヤトを壁にぶつけてしまった。
落とし穴に落下した時よりも強い痛みに顔をしかめ、額と鼻を押さえるハヤト。

「ごめん! 大丈夫!?」
「大丈夫な訳ないだろ…」
「薬か湿布いる?」
「いや、そこまでは…」

と言った瞬間、ハヤトはハッとする。

(何こいつと話してんだよ俺…)

立ち上がりざま、ハヤトはその場から去ろうとする。

「あれ? どこ行くの?」
「お前には関係ねえし」
「ホントにごめんだってばあ…お詫びにいい物あげるからさー…」
「いい物? …くれんの?」
「うん」
「で、何くれんの?」
「これ(つ[ムカデのリアルフィギュア])」
「うぉおわああぁぁあああぁあ!!?!」

目の前に出された、足が大量についた気持ち悪い毒虫を見て、盛大に驚愕するハヤト。
その様を見てミユカがまた奇妙な笑い声を響かせた。

「キシシシッ! また引っ掛かった~!」
(…マジで何なんだコイツは!!)


「キシシッ、ごめんだって~」
「ぜってー反省してねえだろ」

横目でミユカを睨み付けるハヤト。
だがミユカは気にする様子もない。

「で、ミユカだっけ」
「うん」
「何であんな事するんだ?」
「日課だから」
「日課?」
「いつも誰かにイタズラしてるんだ~、キシシシッ!」
(俺以外にもいたのか…)

そういや時々怒鳴り声とかが聞こえてたな―――ハヤトは記憶の隅でそれを思い出した。

「お前いつから保護されてんの?」
「うーんとね、一週間ぐらい前!」
「え、じゃあお前も?」
「?」
「俺もその時ぐらいにここに来たんだよ」
「へえー! じゃあ私達、同期ってやつだね!」
「…そうだな」
「? どしたの?」

ハヤトの声のトーンが低いのに気付くミユカ。

「…お前、ここに連れられた時、どんな気持ちだった?」
「え? …別に、何も。ここが新しい家かーって感じ」
「そんな訳ねーだろ」
「ホントだよ?」
「…だよ」
「え?」
「何でだよ!」

ハヤトが急に声を上げ、ミユカは思わず喫驚した。

「いきなり何も知らねえ変な場所に連れられたんだぞ! 普通「怖い」とか、「嫌だ」とか思うだろ!? 俺は好きで『死んだ』訳じゃねえのに、こんな所に連れられてたまるかよ!!」
「『死んだ』?」
「…以前、誘拐された事があってさ、連れられた先で、超音波か何かの実験台にされて、俺は一度『死んだ』。そんで気付いたら建物が壊れてた」
「…悪夢?」
「らしいな。だからこんな非現実な事も、場所も、何もかも嫌なんだ。俺は」

二人の間に沈黙が流れる。
すると。

「…私もなんだ」
「は?」
「私も、『死んだ』の」
「…お前も?」
「うん、昔は凄く幸せだった。物知りなお父さんに料理上手なお母さん、優しい友達。私はそれに囲まれていた」

「でも」、とミユカは続ける。

「ある日を境にお父さんが段々冷たくなってきた。いつも叩かれたりされた、お母さんも」
「何で、そんな…」
「…お父さん、ホウオウグループに入ってたの」
「ホウオウグループ…?」
「ウスワイアが敵対している組織。研究者だったお父さんは、その腕を買われて入った。そして、とうとうその日が来たの」
「……」
「朝起きたら、お母さんが頭から血を流して死んでた。そして私は部屋に閉じ込められて…お父さんが造った毒蛇に噛まれて『死んだ』。後は…分かるよね?」
「生き返って…父親を殺したのか」

ハヤトの言葉にミユカは頷く。
いつの間にか、彼女の表情には陰りがさしていた。

「本当は死因は蛇だけだったんだけど…お父さんにこう言われて、思わず怒って殺してしまったんだ」
「…何て言われた?」
「…お前らがいる限り、幸せに溺れている限り研究者としての自分の存在意義が無くなっていく。だから私達を殺した…って」
「………」
「それからは、友達に助けられながら生きてきた。で、この前保護された」
「…嫌じゃなかったのか?」
「しょうがないもん。ホウオウグループは自分らの事を知って人を殺すみたいだし、私だけじゃなくて友達も危険に晒してしまうかもしれないから」
「そうなのか?」
「うん、だから私は大好きな友達を守る為にここに来たの。私にとって、友達は恩人であり、宝物だからね」
「…そっか」
「それにね、ここも悪くないよ。皆優しいし、友達もたくさん出来た。君もいつまでも閉じ籠っちゃ駄目だよ。私が君の友達になってあげるから」
「お前が…俺の…?」
「うん!」

明るい笑みを浮かべるミユカ。
それを見たハヤトも、顔を綻ばせた。
ここに来て以来、初めてできた友。

「だから君の名前、教えて?」
「俺は…俺は、ハヤトだ」
「ハヤト君だね! じゃああだ名つけていい?」
「あだ名?」
「私ね、友達だと思った人にはあだ名をつけるの!」
「へえ、じゃあいいぜ」
「ありがとっ! 何がいいかな~…」

顎に手をつけ、上目遣いで考え込むミユカ。
しばらく経つと、閃いた表情になった。

「思い付いたか?」
「うん! 君のあだ名はね」


「ハヤト『ちゃん』!」


「…は?」
「という訳で、今日から君の事ハヤトちゃんって呼ぶね!」
「いやいやいや待て待て待て」

狼狽するハヤト。

「俺男なのに何でちゃん付け?」
「え、女顔だからに決まってるじゃん」
「どこかだ!!」
「女顔じゃーん。可愛いし」
「そこはカッコイイだろ!?」
「つけていいって自分で言ったんだから、もう決定事項だもんねー!」
「そんな、卑怯だぞ! 別のにしろ!」
「やーだよ! キッシシシシ!」
「ちょ、逃げんなぁあああ!!」

(やっぱりこいつは何なんだ…まあ、でも)
(良い奴だよな…)


二つの悪夢、出会う


ちなみに後日、ハヤトは自分以外にも、ミユカに嫌なあだ名をつけられた人間がいる事を知ったとか。

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最終更新:2011年11月05日 19:45