「…何じゃ、気がついとったのか。」
その窓が開き、ひょこと顔を出したのはこれまでに何度か見た人で。
「! 獄王さん…!」
「何でこんなところに居るんだ?」
「いや、ついさっき来たばかりでの…。」
遡ること数分前。
春美から召集がかけられウスワイヤへと向かっていた
ゴクオーは、突然テレパシーでキリに止められた。
『すまないのであります、皆さん。今日の召集は延期していただきたく…。』
滅多なことでも動じない筈のキリの声が僅かに震えていたことを、はっきり覚えている。
「どうしたんじゃ、キリ。お前らしくもない焦り方じゃの。何があったか説明しろ。」
『っ! …やはり貴方に隠し事はできないのでありマスな…。』
キリが端的に説明する。
この時すでに彼と春美は先にウスワイヤに到着し、事を知ったのだろう…。
「ウスワイヤが…襲撃された!?」
『幸い死者はないそうでありマスが、そうとうの打撃だったようでありマス。』
「それで、ゲンブさんは?」
『小生たちは見かけてないのでありマス。聞いたところ所在不明で、襲撃のときもいなかったとか…。』
主の声が全く聞こえないのは、それだけ混乱して泣いているのか。
その時、ふと嫌な予感が彼の脳裏をよぎった。
襲撃されたのはウスワイヤ。確かその時、「彼」は…。
「キリ、お前は主から片時も離れるな。まだ他の
百物語組には知らせんでいい。」
『えっ、無論そのつもりでありましたが…。』
「今からわしは違う所に向かう。話はあとじゃ。」
疑問符を投げ返すキリからのテレパシーを無理矢理切り、ゴクオーは再び走り出していた。
最悪のシナリオを想定してしまったからだ。
そんなことが無いように祈りながら彼の家の窓を覗くと「彼」は無事なようで。
ほっとしながら事の次第を見守っていた所、彼と話していた彼女が気付いた。
このまま窓を隔てるのもどうかと思ったので窓から中に入る。
「心配は無用だったようじゃな。」
「…。」
冬也は尚も一人黙りこくっている。
「一部始終はきいとったがこれはもう相当じゃな…。」
「もうなんとかいってやってくれよ。もうこっちはお手上げで。」
「…まぁ、今の心情じゃ何言われても傷つくかもしれんしの…。」
やれやれと彼は冬也に歩み寄った。
「大丈夫だったようで何よりじゃったが…。」
「…僕は、本当に駄目かもしれない…。」
まるで話も聞けていない上の空状態か。
先程のビンタと叱咤も相当効いていると見た。
「冬也、お前、それ本気で思っとるんかの?」
「…はい。」
「わしはあの場に居らんかったからはっきりしたことはいえんが…。」
「もしその時お前が指示を出していなかったら、本当に壊滅しとったかもしれんぞ?」
「!」
冬也が顔を上げる。
「結果こうなってしまったのが力量不足だというんじゃったら、凪の言うとおり次に向けて努力すればいい。」
「でも…。」
「「でも」も「しかし」もないんじゃ。」
冬也にとっては全くの不意打ちだった。
後頭部を押され、バランスを崩す。
眼の前に居た獄王に寄りかかったまま、軽く頭を押さえられた。
「一人で解決しろとは誰も言うとらん。」
「――!」
「守られ過ぎたなら自分で守ろうとする。力量不足なら努力する。それは確かに自分でないとできん。でもな、自分がそうなるために他人の力を借りるのはむしろ正しい事なんじゃ。」
そう、一人で何もかもやろうとしたから、自分は「過ち」を犯したのだ。
「お前の周りには沢山人が居る。凪も、ブロントも、ウスワイヤの皆も。」
一人で籠っては周りが見えなくなる。
「頼れる奴は誰でも頼ってええ。だから、お前はお前のできることを全力でやって行くんじゃ。」
それに気づかせてもらえることこそ、幸せと思うべきなのだ。
知れず、冬也の頬をまた涙が伝っていた。
その涙の感情が変わっているのを確かめながら、ただ静かにゆだねていた。
暫くの間、かすれた声だけが響く部屋でただ無言が続いた。
「…それで、お前はお前で何か用があるんじゃなかったのか?」
冬也が落ちついてきた頃合いを見て、凪が獄王に振った。
獄王は思い出したようにああ、と声を上げる。
「それがの、わしも少し色々あったから冬也に相談があって…。」
「これ、ですよね?」
冬也はポケットを探り、眼の前に差し出した。
「…相変わらず察しがいいの、お前は。」
その掌に乗っていたのは、かの「鉄槌」だった。
「僕も、何れお返しするつもりでいましたから。」
「ん、今のお前にこれは必要ないけの。でも、何かあれば駆けつける。これは変わらん。」
冬也から鉄槌を受け取った瞬間、獄王の眼の色味が濃くなった気がした。
「…あの、僕がこんなこというのもどうかと思うんですけど…。」
思い切ったように冬也が切り出した。
「付き合いが長い…程でもないけど、よくよく考えたら僕、獄王さんのこと殆ど知らないっていうか…。」
「ああ、そういえばそうだな。」
「初めて会ったときに『妖怪』だとは聞かされていましたが…。」
「は?『妖怪』?」
面喰ったように凪は獄王を見た。確かに最初からおかしなやつだとは思っていたが…。
「…そういえばそうじゃったの。あの時は時間ばかり気にしとったし。」
獄王は眼を閉じると、僅かに上を向いた。
「まぁ、凪に言っても問題なかろう…。」
再び開かれた眼に宿った光は、今までに見たこともないほど赤黒かった。
裁けぬ審判の裁き方
「百物語組第九九話『地獄の審判』、主からもらいし名は「ゴクオー」。輪廻一愚かな閻魔じゃ…。」
最終更新:2011年11月10日 19:49