「あれ?」
その日、珍しく廃病院の外に出ていたミナは、見知った顔がとぼとぼと歩いているのを見かけて思わず声をかけていた。
「琴音さーん」
「? ミナちゃんか……どうしたの?」
「あの、何だか元気ないですけど……どうしたんですか?」
何でもないわよ、と笑う琴音だが、直後にふう、とため息。どう考えても「何でもない」わけがない。
心配になって食い下がると、琴音は微かに笑ってから言った。
「……私の力、知ってるわよね」
「『エンブレス』でしたっけ……娘さん達を守るっていう」
「そう。……最近は、効果がガタ落ちなんだけどね」
「! もしかして、元気がなかったのって、それでですか……?」
まさかと思ったがその通りだった。一つ頷き、琴音は話を続ける。
「この頃になってようやくわかって来たんだけど……この力は、綾音達が自立するにつれて効果がなくなっていくみたいなの」
「護られている必要が、だんだんなくなっていくから……」
「ええ。今じゃ、まともに効果を及ぼすには本気で集中しないとダメみたい。普通にしてるだけじゃ、ただ死なせないのが限界。それだって、無傷じゃ済ませてはくれない」
先日のウスワイヤ襲撃の際にスザクもいたと聞く。その事もあるのだろう。
語るうちに懊悩が顔を出したのか、みるみる琴音の表情が暗くなる。それをまま反映し、ミナの方も暗い感情に襲われる。無力感、諦念、自責……。
「……ごめん、なさい」
「ミナちゃんのせいじゃないわ。あの子達が強くなってる証拠だもの」
だから大丈夫よ、と笑う琴音だったが、空元気なのは一目瞭然だった。感情を裏切る、仮面の微笑み。
そしてそれは、自身の感情を映す「鏡」を前にして、容易く砕け散る。
「……本当は、ね。私、もっとあの子達と一緒に生きたかった」
「琴音さん……」
「アカネちゃんが羨ましいわ……本当に」
「…………」
「今の私とあの子達を繋いでくれるのは、この力。それが消えてしまえば、私は……」
娘の巣立ちに伴う寂寥では、断じてない。己が取り残されることに怯える一人の女性が、そこにはいた。
「どうすればあの子達を守れるのか……どうすれば綾斗さんの所に行けるのか……わからない」
琴音は精神体……心だけの生命体だ。どうやったら死ねるのか、そもそも死が存在するのか、それすらわからない。娘達と共に在りたいという願いと、亡き夫の所に行きたいという衝動が、今の彼女を形作っている。
「……………」
解決できない懊悩を抱える彼女に、ミナは何も言う事が出来なかった。
「………」
琴音と別れた後、ミナは廃病院の霊安室に戻っていた。思うのはさっき別れた琴音のことと、もう二つ。
(主さん、大丈夫かな……)
少し前にキリから一度だけ連絡があった、春美のこと。妖怪ではなく未だ「怪異」の範疇に在るミナでは、彼女の下に行っても余計な騒動を招く可能性が高い。完全に「語られる」までは無理だ。
もう一つは、その春美に関わるもう一人のこと。
(それに……ゲンブさん、何であんな所に……)
ウスワイヤ襲撃の際におらず、未だ消息不明だと言う
水波 ゲンブのこと(ミナは百物語組に属するため、これでもアースセイバーの一員ではある)。その彼の姿を、たまたま目撃したのがつい今朝のこと。
それは、
(何で、
サクヤさんの所に……あそこ、「私達みたいな」人外じゃないと入れないのに……)
母の懊悩、十三話の困惑
(その向かう先は……)
最終更新:2011年11月13日 19:28