「……ーっ、終わったー」
「お疲れさまでした、先生」
いかせのごれ高校近辺の、一件屋。仕事を終えたツバメは、椅子に背を預けてうーっ、と大きく伸びをした。
原稿をとん、とんと揃え、雨里が言う。
「それでは、私は社の方へ一旦戻りますので」
「お願いねー、雨里ちゃん」
「はい」
封筒に原稿を収めて紐で閉じ、小脇に抱える。
「では、失礼します」
原稿を無事に届け、社を出た雨里。んーっ、とツバメの如く伸びをする。
「あぁ、いい天気……」
視界に入った空は、珍しく快晴だった。雲一つ見当たらない。
腕時計に目を落とすと、まだ昼前だ。
「先生、今月は珍しく仕事が早かったからなぁ……よし、ちょっと早いけどお昼にしよっと。いつも家にこもってばかりじゃ、もったいないし」
どこか弾む気分が足取りにも現れ、軽くスキップしながら雨里は雑踏にまぎれて行った。
街中を行きつつ、良さそうな店を探す雨里。歩を進める中で思い出すのは、3年前のこと。
(先生に拾ってもらわなかったら、あの時死んでたわね)
雨の中、街を彷徨っていた自分。服はボロボロ、全身傷だらけ、正直生きているのが不思議な状態だった。
力尽きて倒れた時、自分を遠巻きにしていた雑踏の中から走って来たツバメが救ってくれたのだ。
だが、救われた自分はそれ以前のことをまるで覚えていなかった。名前すらも。
しばらくツバメの家に厄介になり、回復してからは自立しようと考え、仕事を探した。しかし、そもそも身分証明すらない自分に何が出来る?
現実的な問題に直面した時、助けてくれたのはやはりツバメだった。
『任しといて! 私が何とかしたげる』
胸を叩いて自身満々に言った彼女が、その後何をしたのかは知らない。
ただ結果として、「
夜見 雨里」という名前と戸籍、そしてツバメの担当編集者という仕事を得た。
それから、3年。過去の記憶は相変わらず戻らないけど、もう気にしていない。
今、十分幸せだから。
「……あれ?」
「ん? どうしたんだ、トキコ」
同時刻。休日だったこの日、スザクと連れ立って歩いていたトキコは、車道を挟んだ反対側の歩道にある人影を見つけ、足を止めた。
「ん……何か、前に鴉さんが言ってた人に似てるなーって」
「
クロウ? あいつ、また何かやったのか?」
「昔組んでた人がいるんだけど、いなくなっちゃったんだってさ。何でか知らないけど」
言う間に、その人影は雑踏に消えて行った。
その背を目で追いつつ、トキコは携帯を取る。
(一応、連絡しとかなきゃね)
隣でスザクが微妙な表情をしているのが気になったが、これは仕方がない。
短縮でクロウを呼び出し、話す。
『トキコか? どうした、ナハトの手掛かりでもあったか』
「開口一番それ? ま、いいけど……手掛かりって言えば手掛かりかな。似たような人、今見たよ」
『何? どこだ』
「大通り。学校の方に行ったと思う」
『いかせのごれ高校だな? ちょうどいい、通り道だ。すぐに向かう』
言うや否や、礼も言わずにクロウは通話を切ってしまった。
「あっ、ちょっと鴉さん? ……切れちゃった。愛想ないなぁ」
「あいつに愛想を期待する方が間違いだと思うぞ、僕は」
確かに。
「まあ、いいか。行こう。早く、ほら」
「? うん……」
なぜか微妙に不機嫌そうなスザクに手を引かれ、トキコは雑踏の中を歩いて行く。
―――トキコと携帯で話せる、という事実にスザクが嫉妬していた、と気付いたのは帰ってからだったとか。
夜影
(覆い隠された真実は……)
最終更新:2011年12月01日 21:36