「・・・なんで?」
パニ・シーと対峙した千鶴は、開口一番にそう言った。
そんな様子を嘲笑うかのように、彼女は楽しげに喋る。
「当たり前じゃないか、何の意図があって『パニ・シー(ボク)』と接触を図ろうとしたか知らないけど・・・
下手なことをすると、君は歴史から消え去ることになるよ。そんなの嫌でしょ?」
相手が己の敵である日出太陽こと、イノセント・プリンスと友人関係であることを知ってか、
パニ・シーの眼に映るは警戒の一色であった。もっとも、ゴーグルをつけているからそれが見えることはないだろうが。
「生憎、今『パニ・シー(ボク)』は気分が良いんだ。今なら『パニ・シー(ボク)』に接触したという事実だけ消して、
命だけは逃がしてあげ・・・」
「よいしょ。」
「!?」
しかしハンチング帽を被った記者は、彼女の言葉に聞く耳も持たずに堂々と隣に座ったのであった。
横にいるのは狂気を纏った『正義の味方(パニ・シー)』、なのに彼女はそれよりも窓枠から見下ろした10階の
高さの方に恐れ戦いていたようだ。
「こ、これ怖いね・・・!?パニ・シーちゃん、怖くないの?」
「・・・・・・・・・」
「あー、でもこれ慣れれば意外にスリリングで楽しいかも・・・
!ッハ、絶対後ろから押さないでね!?やっぱり落ちたらこれは怖い!!」
「・・・・・・・・・」
怯えている(?)彼女には明確な殺意も、裏めいた感情も見当たらない。
毒気を抜かれてしまったのか、パニ・シーは呆然とした様子で千鶴を見ていた。
そして当の本人は高さに慣れたのか、鞄からお菓子を取り出し始めていた。
彼女の手に握られているのはパニ・シーもよく知る、市販のチョコレートスティックだ。
千鶴はニコニコと笑いながら、それをパニ・シーに差し出した。
「食べる?」
「・・・・・・・・・」
「毒とか入ってないよ?」
確かに差し出されたお菓子にはまだ真新しいテープが張られており、
購入後、千鶴の手によって開封されていないことを明確に示していた。
毒を入れる隙間など、おそらくないだろう。
しかし、パニ・シーはこの菓子を素直に受け取れずにいた。
単純に___慣れてないのだ。
『
海女海 海海』として他者と接触するなら上辺だけ取り繕えばいいものの、
『パニ・シー』として、それもこちらが敵意を表しても尚友好的に接してくる相手に対し、
どのように扱えばいいのか、分からなかった。いや、普段通り友好的な態度を取り繕って、それで…
「…私、なんか難しいことしてる?」
「え?」
「別に、パニ・シーちゃんはありのままで接してくれていいんだよ?
ほら、何かヘマしたらすぐその能力使って消せばいいんだし、話せるだけ話して消しちゃえば問題ないでしょ?」
「………」
「まぁ食べないなら持ち帰って、お兄さんと一緒に食べてよ!せっかく買ったのにもったいないし。」
そう言った千鶴は無理やりお菓子をパニ・シーに押し付け渡すと、自分の分を破り、チョコを美味しそうに頬張った。
愚かなのか、余裕なのか、得体の知れない人物に多少の嫌悪感を彼女は覚えたのであった。
そして、早く終わらせてしまおう、と考えたパニ・シーは千鶴に話しかけてきた。
「ねぇ、お姉さんはさ…」
「チヅルでいいよ?」
「…チヅルはさ、『正義の味方(ボク達)』のことをどれくらい知ってるの?」
イノセント・プリンスとの会話内容は既に知っている、しかしあえて千鶴にカマをかけてみたのだ。
もしここで嘘をつけば、彼女の裏の感情が露になる。そうすれば、彼女は今までと同じだと安心出来て、いつもの調子を取り戻せる。
だから問い掛けてみたものの、千鶴は指を顎に当てて考える仕草をすると、「うーん」と声を漏らし、答えた。
「分かってること聞いてて面白い?」
「………」
「まぁ、タイヨーさんから聞いたのはあなた達の簡単な素性と今までの行動パターン、
あとパニ・シーちゃんがいかせのごれ高校では海女海 海海って名乗っていること…それぐらいかな?
他に何か話したといえば、今度
レストランにお食事でもいきませんかーってぐらいだけど。」
___なるほど、こちらが相手を分かっていたかのように、あちらにもこちらの動きが分かっていたようだ。
となれば、やはりこの人も能力者である可能性が高い。
「(消せばいい、的な。)」
自分と兄以外この世に必要ない、だから他人に手を出すことなど厭わない。
人外ならば、尚更のこと。
隠し持っているナイフの感触を再度確かめた。
黒い感情がグルグルと回るパニ・シーを余所に、千鶴は呑気に喋り続ける。
「でもねぇ、私知らないんだ。貴方達がどうしてそんな凶行に至ったのか、何故関係のない人まで巻き込むのか、
…その復讐の行く末が、どうなるのか。」
「結末なんて決まってるよ、『正義の味方(ボク達)』が人外をぜーんぶ滅ぼしてそれでハッピーエンドさ。」
「本当に?」
「本当だよ、そうするって決めたんだから。」
「ふーん…じゃあそれ、間違ってるよ、絶対に。」
「……は?」
事情も知らない第三者の否定に、パニ・シーが怪訝な表情を浮かべた。声にも僅かに苛立ちが交じり、
自然とナイフの柄を握る力が強くなった気がした。パニ・シーからの殺気は当に漏れ出しているのに、
それでも千鶴はまっすぐ彼女を見つめていた。
「……もしかして、『神』に殺されるって言いたいの?
ハッ、お生憎様…『正義の味方(ボク)』はね、死にたくても死ねないんだよ。
だって、死んだことも『なかったこと』に出来るし、されるんだから。」
「そう、パニ・シーちゃんの能力をもってすれば、自分に不都合な出来事はすべて消去出来る。
でも代わりに、能力自体が消滅を恐れ、それが身体の防衛反応と共に自動作用されて、君にあった臨死体験もすべて消去されるんだろうね。
まぁ、あくまで憶測だけど。…けど、本当に『すべて』は消去出来ない。」
「?」
「だって、能力者自身が『なかったこと』を覚えてるじゃない。」
「………」
___なるほど、『正義の味方(ボク)』自身の能力も、何も表面だけ理解しているわけじゃないんだ。
「…そうだよ、確かにチヅルの言うとおり、『正義の味方(ボク)』自身が消したことを覚えてる。でも、時々混乱しちゃってさ、
何を消したか忘れちゃうこともあるんだ。たいしたことないなら忘れててもいいんだけどね、的な。」
「それだけじゃないよ?能力者自身が覚えていないことも、必ず誰かは覚えている。」
「……!」
「これは誰か、というよりは何かって言った方がいいかもね。」
パニ・シーの表情が強張った。
この女が虚言を吐いている可能性だって十分考えられる、しかしこうして会話をする目的が一向に分からなかった。
やはり、不確定要素は殺した方が自分たちの為になるか。ならば、目的を聞いてから『消す』としよう。
そう思い、パニ・シーはまた千鶴へと話しかけたのであった。
「…それで?結局何が目的なわけ?」
「えっ?」
「『正義の味方(ボク)』を諭して人外と手を取り合えって?君の能力は完璧じゃないから、
取り返しのつかない事態になる前にやめろって?…馬鹿馬鹿しい、『正義の味方(ボク達)』の覚悟は、
想いは君が思っているほどそんな半端なものじゃない。」
そう告げたパニ・シーの瞳に宿るのは『憎悪』。
今にでもナイフを抜き取り斬り付けて来そうなほど、恐ろしい気配を漂わせていた。
しかし、それでも千鶴は目を逸らそうともせず、表情も崩さなかった。
むしろその表情に表れたのは、笑顔だった。
「だから、最初から言ってるでしょ?お友達になりに来たんだよ。」
「っ―――」
「一人より二人、二人より三人いた方が心強いでしょ?あ、でも『正義の味方(彼)』も『正義の味方(ボク)』だから、
正確には一人かな?一人なら、尚更誰か傍にいた方がいいでしょ?ね、だから・・・」
お友達になろう、その言葉と共に差し出された千鶴の手を、パニ・シーは___
八十神千鶴と『正義の味方』による友愛交渉
「・・・ん・・・?」
昏倒していた千鶴が眼を覚ますと、そこは廃ビルの一室であった。
辺りは異様に暗く、痛む頭を押さえながら携帯を見れば、時刻は八時を過ぎていた。
何故こんな時間帯にこのような場所で自分が倒れているのか、彼女は見当も付かなかったのだが、
「・・・すーちゃん、」
ちりん
女の形をした小さな妖精の一人が目の前に現れると、ほのかな光が発せられた。
そしてそれを見た千鶴は、『すべてを思い出した』。
「・・・あー・・・そっかそっか、・・・まっ、また次回かな!」
そして懲りずにまた、『正義の味方(パニ・シー)』との接触を試みようとするのであった。
最終更新:2011年12月01日 23:01