「もどったよ!」
明るい声が路地に響く。二人のもとに、奇術師が帰ってきた。ひらひら、血濡れた剣を振ってみせる。
「遅いぞ。……お前その剣だしっぱで来たのか?馬鹿か?馬鹿だろお前?」
「ちゃんと終わらせたみたいね?」
「もちろんさ! 帰り道で、泣いてる子供に逢ったのさ。僕としては放ってはおけないからね」
「よくやった。でも、またか。まっすぐ戻れといつも言ってんだろ」
「いいじゃない、害にはなってないんだし。こんどは何を叶えてきたの?」
「今回はまださ。じつはね、君の協力が必要なんだ」
「めずらしいな、おまえひとりで果たせない願いがあるのか?」
「私の協力?何をすれば――」
鈍い音。彼女の問い掛けが終わるまえに、奇術師の返答は出されていた。
「あの子は、君に消えてほしいそうだよ!」
彼女の胸から、剣を引き抜く。こんなに簡単に刺せるとは。やっぱり、あの子の願いは本物だった!
倒れ込む彼女を、彼が咄嗟に抱きとめる。死んでいるはずさ。今なら逃げられるかな。彼女のことは彼に任せて、さっそくあの子に報告しにいかなくちゃ。
「てめえええッ!」
背を向けた奇術師の身に、かるい衝撃が襲った。ナイフを投げたのが誰かなんて、判っている。彼だ。彼がすごい顔で睨んでいる。泣いている。怒っている。
……嗚呼、そんな顔をしないでおくれ。
「痛い痛い!落ち着いておくれよ!」
「落ち着いていられるか、これが!」
次々飛ばされるナイフを避けきれず、とりあえず腕に受けながら笑いかける。そんなことで彼を宥めることは不可能だということだって解っている。
でも。奇術師は、ヒトを喜ばせるためにつくられた。僕は、君の笑顔だって見たいんだ。どうにかして、彼にも落ち着いてもらわなくては。
「嗚呼、ごめんね、僕が悪かったよ! そうさ、彼女はあの子から消えればいいだけだったんだから、殺すまでしなくてもよかったね。どこかに閉じ込めるとか、ほかにもいろいろ手はあったんだ。
君は彼女が死んでしまったら悲しいんだね。でも大丈夫!君が望めば、あっというまにみんなもとどおりさ。奇術のようにね!
だから、ほら、そんな怖い顔をするのはやめておくれよ。さあ、願っておくれ!」
「ふざけるな! 俺の願いだと……? おまえを切り刻むことだよ、"裏切者"ッ!」
――奇術師は、ヒトを喜ばせるためにつくられた。他者の望みを叶えるためにつくられた。だから奇術師はあの子に遭わなくてはならない。貴方の願いを叶えたと、伝えなくてはならない。けれど。
膝をついてしまった。傷ついた躰を引きずって、もう随分歩いたような気もしていたけれど、まだまだ公園には距離がある。だめだ、あの子が待つ場所には、もう辿り着けそうにない。
「……彼の願いも、本物だったと、いうわけさ。どうして彼女を願わないのかな?」
残念だが、無理なものは仕方がない。それに、こんな姿を子供に見せても、それはそれで笑ってはもらえないだろう。いつか風の噂でもあの子が耳にして、あの子の望みが叶ったことを知ってくれることを願って、自分は此処で――
「――おい、どうした、お前……!」
男の声が振りかかった。"彼"ではない。眼帯をした男。奇術師の記憶にはない人だ。ただの通りすがりだろう。おどろいたような、心配するようなカオで奇術師を見下ろしている。奇術師が笑いかけてみせると、変な顔をされた。まあ、当然だけど。
「……厭だな」
「あ?」
「最期に視るのが、そんなカオだなんて……ごめんだよ」
奇術師は、ヒトを喜ばせるためにつくられた。
「…笑っておくれよ……僕に、なにができるかな……?」
「何云ってる?……おい、しっかりしろ! 死ぬんじゃないぞ!」
最終更新:2011年12月31日 02:33