正直、こんな日が来るとは思ってなかった。
だってそうだろ?
「鳥さん」
「ん?」
「あのさー……今日、泊まりに行ってもいいかな?」
トキコがうちに泊まりに来る、なんてさ。
ガラにもないことに、僕は昼休みにそう言われてから舞い上がりっぱなしだった。体育の時間はバレーボールだったけど、思考がどっかに飛んでて凡ミス連発。
ひなたが頑張ってくれなかったら負けてたかもな。
「火波さーん、どうしたの? いつものキレはどこ行ったの? 調子悪いなら保健室行ったら?」
「あ? ああ、いや、なんでもないから」
「微妙に答えになってないって……」
「鳥さん、ありがとー」
「いや、僕の方こそ……」
火波家。リビングに上がってからそう礼を言われ、平静を装いつつも嬉しそうなスザクを見て、トキコもくすりと笑った。
スザクが嬉しそうなのは単純に自分も嬉しいが、今回わざわざ泊まりに来たのは別の用件だ。
(さぁて、と)
「お茶入れるよ」とダイニングにスザクが消えたのを見計らい、視線を移す。その先にいたのは、スザクと同じ顔、真反対の雰囲気を持つ少女。
「自分の家だと思って、ゆっくりなさってくださいまし」
古風な言い回しで述べ、微笑んで軽く会釈したアオイだったが、トキコはその裏にめらめらと嫉妬が燃えているのがありありとわかった。
これはスザクにはわかるまい、いやわかるはずがあるまい。彼女には、決して向けられる事のない感情なのだから。
(私にも覚えはあるけどー……)
まさか自分が向けられる側になるとは思わなかった。それでも、とりあえず、
「ん、ありがとう、蒼さん」
「いえいえ」
表面上笑顔は作っておく。スザクの家で、いやそうでなくても無用な揉め事は避けたい。
「お茶入ったよー……って、あれ? 何か火花散ってるような……?」
「気のせいだよ、鳥さん」
「気のせいですわ、姉様」
そ、そうか? と首を傾げながらも、3人分のお茶をテーブルに並べるスザク。自分も席について一口啜ると、トキコに視線を向けて行った。
「なあ、トキコ」
「んー?」
「来てくれたのは嬉しいけどさ、何で突然?」
もっともな疑問だった。とはいえ、スザクにこの用件は言えない。
「ん……その、ね。鳥さんと仲良くなりたいなー、って」
本音交じりではあったがこの場では建前だ。
無論、そんなことは知らないスザクは、
「そ、そっか……」
なぜか目線を逸らして俯いてしまった。
「? 迷惑だった?」
「そ、そうじゃなくて……その、嬉しくて……」
良心が咎めたのは気のせいだ、と思いたい。
(ゴメン、鳥さん)
今日わざわざ火波家にまで来たのは、別の理由だ。それは、
(だって蒼さん、最近どう考えてもおかしい……っていうかヤバいんだもん)
ここ最近、明らかに様子がおかしいアオイのことだった。スザクと自分、両方に関わる不確定要素の中でも、際立って微妙な存在。学校にいてはどうしてもわからない部分はあるので、そのあたりを確かめる意味であえて「乗り込んで」来たのである。
と、
「!」
トキコは見逃さなかった。一瞬、アオイの目がスザク→自分と動き、その目に宿る光が哀しそうなものから、明らかな嫉妬を孕んだものに変わった事を。
(うわっ……)
尋常ならざる危機感を覚えた、その時だ。
「そ、そうだ。そろそろお風呂沸いたけど、入るか?」
「えっ?」
一緒に? と思わず言いかけたが、
「姉様、わたくしはトキコさんとお話がありますので、お先に入ってくださいませ」
「そ、そうか? じゃあ……お先」
傍目にもわかるほど残念そうに、スザクは着替えを取りに自室へ向かった。
二人だけになったところで、アオイに聞いて見る。
「蒼さん、話ってなに?」
「いえ、大した事ではありませんわ」
あくまでも微笑んだまま、アオイは言う。
「最近、姉様とはどうですの?」
「どうって……デートでサーカス見に行ったり、帰りに
レストラン行ったり……学校ではいつもとおんなじ……」
「あら、そうですの。もう少し深い仲になっているかと……」
「深い仲って……」
「つまり―――――」
アオイの示唆した内容に、トキコはぼんっ、と音がしそうな程真っ赤になって反駁した。
「ちょ、ちょ、ちょっ……そんなはずないでしょーっ!! ま、まだデートだって1回しかしてないし、いつになるかわかんないけど戦う予定だし……」
「……姉様を殺す気ですの?」
一瞬にしてアオイの纏う空気が変わり、戦闘中の
クロウを思わせる殺気と殺意が漂う。
「……最初はそういう約束だったけど、今はどうなるかわかんないよ」
「………そうですの。姉様は納得済みですの?」
「いや、鳥さんと話し合って決めたんだけど……」
「……なら、結構ですわ」
そこまで来て、やっと殺気が引っ込む。トキコが大きく息を吐いた時、奥の方からがらがらと音が聞こえた。浴室の扉を閉める音だった。
と、
「?」
アオイがいきなり立ち上がり、浴室の方へ向かった。何事かと思ってこっそりついていくと、脱衣所から「姉様、お湯加減はいかがです?」「ん、ちょっと熱いくらいかな」とやり取りが聞こえた。
(何だ、よかった)
何でもないやり取りにやっと気を緩めたトキコは、リビングに戻ってお茶の続きを呑み始めた。
「……?」
しばらくしても戻ってこないアオイに、さすがにトキコも訝しげな顔になった。スザクは長風呂だとは聞いていたが、それだとアオイが戻らない理由が説明できない。まさか、あのまま始終寄り添っているわけでも……。
「……あるかなぁ、蒼さんだったら」
さすがに心配になって行って見たが、ドアが微妙に開いたままになっている。几帳面なアオイなら、開け放して置くかきちんと閉じるか、どちらかのはず。
「………」
何やら妙な予感にかられ、隙間からこっそり覗いて見る―――と。
「?」
ドアの陰になってしまっていてよく見えないが、アオイは壁に向かっているようだった。
カゴの中のスザクの服に目をやると、上着だけない。
(……あ、蒼さん……?)
見ては行けないものを見たような気がして、物音一つ立てずにトキコはその場を去った。ただ、
「姉様……わたくしの、綾音姉様……」
何やら潤んだような声が聞こえたのは、決して気のせいではなかった。
「お先ーっ! ああ、さっぱりした」
寝巻き姿でスザクが出てきた時には、アオイはとうにリビングに戻っていた。様子は見る限り普通だったが、さっきの脱衣所で目撃したものを(何をしているのか見えなかったが)考えると、理性があるかどうかは疑わしい。
「あのさ、次は」
「わたくしが入りますわ、準備をして参りますので」
トキコを遮るようにしてアオイが言い放ち、そそくさと自室へ向かってしまった。
残されたトキコはぽかんとしていたが、スザクが平然としているのを見て思わず問いかけていた。
「と、鳥さん?」
「ん?」
「蒼さんってさ、いっつもあんな感じ?」
「ああ、いつも僕の後なんだ。熱いのが苦手だからって言ってたな。あいつも長風呂だし」
(違う……絶対に違う……そんな理由じゃないよ……)
それだけは断言できるトキコだった。
トキコが入るのは夕食の後、ということになり、アオイの作った食事に舌鼓を打つ。
後片付けをアオイがしている(スザクはドジなので)間に、トキコはまたスザクに訊いて見た。
「蒼さんってさ……もしかしてシスコン?」
「んー……別にそれでもいいんじゃないか? ずーっと僕を探してくれてたみたいだし。多少はしょうがないよ」
(鳥さん気づいてーっ! 多少じゃない、そんなレベルじゃないから絶対ーっ!)
「? どうしたんだ、何か必死な顔して?」
「う、ううん、何でもない……そ、それより、何読んでるの? ……『呪われし宝石』?」
「第5シリーズだよ。このシリーズって実は外伝が3本あってさ、第2シリーズと微妙にリンクしてるんだよ」
「外伝?」
話題を逸らすべく、殊更不思議そうに首を傾げると、スザクは「これだよ」と言って見せてくれた。
外伝という3冊の表紙には、「Reloaded」と書かれていた。
「今読んでるこれはこの二つ……『屋根裏の少女』『檻の中の花』と繋がってて、『花』の方は第2シリーズの『遊戯』を含んでて、こっちの『革紐』は『澪音の世界』と……」
「ちょ、ちょっと待って、中身知らないからよくわかんないって」
「言ってくれればいつでも貸すのに」
「う、ううん、頭痛くなりそうだからいい……」
「そうか? じゃ、こっちの漫画版貸すよ」
おずおずと受け取った袋は、意外と軽かった。
「トキコさん」
「な、何、蒼さん?」
夜もすっかり更け、そろそろ寝ようかと言う話になった時、アオイが唐突に話しかけてきた。
「いえ、よろしければわたくしと一緒に寝ませんこと? せっかくですし……」
「う、うん、いいけど……」
「はい。では、用意して参りますね」
去り際、ちらりと振り返ったアオイは、なぜか申しわけなさそうな顔をしていた。スザクの方を見ると、これでもかと言うほど残念そうな顔をしていた。
「………それじゃ、おやすみ」
翌日、教室。
「おはよう……って、どうしたトキコ?」
「あ、一角君……ちょ、ちょっとね……」
説明する気力はなかった。昨夜はアオイと一緒に寝たのだが、彼女が始終妙なプレッシャーを放ってくるためロクに眠れなかったのだ。そのアオイはリオトに用事があるとかでおらず、スザクは心配そうな様子で横にいる。
「だ、大丈夫かトキコ? 保健室行くか?」
「う、うん、大丈夫……ありがとー、鳥さん……」
席について鞄をかけ、ぐてーっと突っ伏す。
(蒼さんって、もしかして私の……)
恋敵
(意外なところに伏兵……?)
最終更新:2012年01月06日 12:48