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夜明け前の刻

「これでよろしいでしょうか?」
「うん、ありがとう。鮫さん。」


 夜。
『学校の帰り道、路上で倒れている女の人を見つけたら鴉さんの探し人だったー』事件発生から数時間が経過した。
あの後、とりあえずどうすればいいのか迷っていたら、偶然鮫さん…いかせのごれ警察署に侵入しているウツツに出会って、
夜(ナハト)さん(らしき人)を運ぶのを手伝って貰ったのだ。
ここから私の家までは遠い、ということで比較的近い鮫さんが住んでるアパートまで運ぶことになった。
その間も一向に夜(ナハト)さんは目覚めなくて、生きてるかどうかも怪しかったんだけど、
鮫さんの部屋に着いてから包帯を巻いたり、服を着替えさせたりしていたら、それなりに身体は温かかったから、
多分生きてると思う。外見だけでも相当傷を負っているのに、鮫さん如く、
「目覚めないのは恐らく、内部の損傷の方が激しいでしょう。」らしい。
一体、何があったんだろうか、そんなことを考えながら私はベッドの傍で、眠っている彼女の顔を見つめていた。

「トキコさん、こちらをどうぞ。」

 背後から声をかけられて振り向くと、鮫さんが湯気の立ったマグカップを持っていた。
この匂いは…ココアだ!

「ありがとうー!」

 ちょうど甘い物に飢えてたので私は遠慮なくそれを受け取った。
一口含めば、口の中に甘いのと温かいのがじわーって広がっていく。
ココアはいつ飲んでもおいしいね!
鮫さんは枕元に座ると、寝ている夜(ナハト)さんの額に乗せてたタオルを取り上げて、
サイドテーブルに置かれた洗面器の中に入れて、タオルを冷やし直してた。

「…あ、そうだ。鮫さんって確か、記憶を食べる能力を持ってたよね?」
「はい、そうですが?」
「それでさ、この人の記憶も食べれないかな?ほら、食べた記憶って鮫さんだけなら見れるんだよね?」
「……可能といえば可能ですが、しかし、」
「しかし?」

 食べるにあたって何か問題はあったのだろうか、と私は考えてたけど、
もっと根本的な問題を鮫さんは投げかけてきたのであった。

「トキコさんはこの人とどういう関係性で、そしてそれを踏まえて何故私にそのような依頼をするんですか?」
「うっ」

 …そういえば、ここまで来る時にこの人がどういう人で~とか一切説明せずに鮫さんに手伝ってもらってたっけ。
何も言わないからいっかとか思ってたけど、やっぱりそこはホウオウグループの一構成員、無視するわけにはいかないようだ。
…けど、言ってしまえばいいのかと考えたらまた難しくなってくる。だってこの先はほら、鴉さんのぷらいばしーの問題なんだし…
鴉さんは私を信頼してるからこそ頼んだだろうし、それを裏切ってしまうのも凄い気が引ける。
いざ話したとしても、鮫さんの口が軽いか硬いかなんて分からないしなぁ…

「うーん…」
「…ちなみにトキコさん、」
「うん?」

 考え込んでいたら、鮫さんが眠っている夜(ナハト)さんの頭を撫でながら無表情でこう言った。

「この方の命は現在、私の手の内にあります。」
「ぬぇっ!?」
「トキコさんがもし言えないのでしたら、不明瞭要素をここに持ち運ぶわけにはいきません。
…幸い、武器と成り得る道具もありますし。」
「そ、そういうのずるいよ!?」
「それに、命を奪わないにしても部屋の主は私なのですから、理由を付けて貴方方を追い出すことも可能です。」
「鬼!鮫さんの鬼!ドS!!」
「ホウオウグループの一人としては、当然の心構えかと。さて、どうしますか?」

 抑揚のない口調で言った鮫さんの右手に握られているのは、林檎を切る為の果物ナイフ。
こ、こいつ目が本気だ…!!

「わ、分かったー!言うから、言うから秘密ね!?」
「はい、分かりました。」

 鴉さんに会わせる前に殺されたらたまったもんじゃないよ!
というわけで、鴉さんに心の中でごめんなさいしつつ、事の経緯を鮫さんに話すことにした。
恐るべし鮫さん、同じグループなのに脅されてしまうとは…!
鮫さんは話している間、特に驚きもせず、そうですか、と相槌を打つだけであった。


「…なるほど、そういうことだったんですか。」
「うん…」
「つまり今は、この方の身元を確認したい為に能力を使って欲しいと?
…しかし、そこまで過去に遡るものであるなら、かなりの量を喰らわないと見えませんが…」
「ううん、食べて欲しいのはちょっと前の記憶だよ。この人がなんでこんなことになったか、それだけ見えても、
だいぶヒントは増えるしね。」
「そうですか。」

 鮫さんの能力、『八尋和鰐』で喰らった記憶は消化されるまでの間自分の記憶として維持することが出来る。
使い方次第では相手の記憶を気付かれずに好きなだけ見ることも出来るから、結構便利な部類の能力だ。
(ただし元に戻すとなれば鮫さんにかなりの負担がかかるのはここだけの話)
だから私は、この人が本当に鴉さんの探し人なのか、ということよりもまず、
何故この人が怪我を負っているのか、ということについて調べることにした。
接触した相手によっては、もしかしたらビンゴかもしれないしね。

「…では、始めましょうか。」
「うん、お願い。」

 そう言うと、鮫さんの頭のちょっと上ぐらいの何もない空間が突然渦巻いて、その渦の中から『鮫』が出てきた。
見た目が傷だらけで、変に目が歪んだ不気味な鮫。
その鮫が鮫さんの周りを泳いでいるんだけど、なんだか不思議な光景だった。
次に鮫さんは右手を寝ている夜(ナハト)さんの額の上にあるタオルに乗せた。
すると、するりと何かが抜け出して、それを泳いでた鮫が大きく口を開いて喰らった。
小さな人魂、というのだろうか。
言葉じゃ上手く形容しがたいけど、おそらくそれが『記憶』なんだろう。

「…なるほど…」

 鮫さんは口をモゴモゴさせた後、目を開いてそう呟いた。

「何が見えたの?」
「くすんだ青の髪で、コートを着ている男の方が見えました。
やけに視界が揺れてましたから、戦闘をしていたのでしょう。
…こちらから吹っかけたようにも見えましたが…」
「ふーん…」
「この男は能力者で、最後に高圧電流をこちらにダイレクトに流して致命傷を与えたみたいです。
…それで、ひとつ気になることが。」
「何?」
「彼女は意識を失う前に、報告、と呟いていました。」
「報告?」
「どこに、と言うのまでは見えませんでしたので無意識にかと思いますが…」
「…」

 報告、か。それはホウオウグループを指しているのか、それとも。
…まぁ、それは起きてから本人に直接聞けばいいか。
とりあえず現時点で分かったのは怪我の経緯、接触した人物像ぐらい。
これだけでもまぁまぁの収穫としようかな。


「ありがとう、鮫さん。」
「いえ。それで、これからどうするんですか?」
「とりあえず鴉さんに報告しておくよ、本人かどうかの確認だとか治療をどうするかとかは、
やっぱり鴉さんも交えて話し合った方がいいと思うし。…鴉さんが来るまでの間、ここで保護して貰ってていい?」
「構いませんよ。」
「ありがとう!」

 ということで、鴉さんが来るまでの間、ということで鮫さんのお部屋で夜(ナハト)さんを匿って貰うことになった。
早速鴉さんに連絡を入れようとしたけれど、ここでまた一つ問題が。

「…トキコさん?」
「…携帯が、無い。」
「「………」」

 急遽、鮫さんの携帯を借りることになったのであった。









夜明け前の刻





 そして翌朝。
休日だけど朝早く起きた私は身支度を整えて鮫さんの部屋を出ようとしたら、
朝食の準備をしていたであろう鮫さんが背後から呼び止めてきた。

「トキコさん、」
「ん?」
クロウさんを待たないで、どこに行こうとするのですか?」
「鮫さんが昨日の夜見たっていう、その男の人を探しに。」
「…何故?」
「んー、なんとなく?もしかしたら、何か知ってるかもしれないじゃん。」
「そうですか…」
「あ、そうそう…鴉さんにこっちに来るように言っておいたから、鮫さんは鴉さんが来たらその人引き渡しておいて。
訳あって鮫さんの家で匿ってるーって伝えておいたから、多分お昼ごろには来るんじゃないかな?」
「分かりました。」
「後任せて悪いけど、よろしくね。」
「はい、…トキコさんも、」
「ん?」
「お気をつけて。」

 その一言を言われて私はにんまりと笑って、

「うん、いってきます!」

 そう言って、鮫さん家を飛び出して行ったのであった。

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最終更新:2012年01月23日 08:21