「やれやれ、参った参った……」
帰路に就いたスザクは、一人歩きながらそう呟いた。トキコのチョコ(?)を口にした面々は一人の例外を除いて保健室送りになってしまい、午前中は大騒ぎに発展していた。
斯く言うスザクも問題のチョコは食べたのだが、少々体調を崩した程度で済んだ。もっとも、その後は今になるまで妙な不快感に悩まされるハメになったのだが。誰かに買って渡そうかとも思ったが、生憎その気力が足りなかった。
(気絶した方が楽だったかな?)
とはいうが、単純にトキコがくれたというだけでも嬉しい。―――ちなみにスザク、この一日の内に下級生5人(うち3人は女子だった)からもチョコをもらっているのだが、食べずにそのまま持っている。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、姉様」
ドアを開け、玄関で靴を脱いで入る。出迎えてくれたのはパジャマ姿で上着を肩にかけたアオイ、そして、
「お帰り、スザク」
「綾ちゃん、お帰りなさい」
マナとランカの姿。
「あれ、二人とも来てたのか?」
「アオイさん、今日は風邪ひいちゃって一人って聞いたから」
「お見舞いに来たの、つまりは」
「そっか。ありがとうな」
鞄をソファに放り投げ、反対の手に持っていたビニール袋をがさっと置く。マナが「悪い、行儀が」とすかさず駄目出しして来たが、気にしない。
「けど、ランカ……アカネさんにちゃんと言ってきたのか?」
「うん、言ってきたよ。でないと、お母さん心配するもん」
「
アズールもいるし、あの人もいる。大丈夫」
あの人? と一瞬疑問に思ったが、とりあえず流す。
「アオイ、調子はどうだ?」
「ええ、今は落ち着いていますわ。……?」
「そっか、けど無理するなよ。マナ、ランカ、今から晩ごはん作るけど、食べてくか?」
「んー……どうしようか?」
「私は構わない。でも、アカネさんに言っておくべき、ちゃんと」
「そだね、わかった」
言うと、ランカは素早く携帯を操作して短縮で母親を呼び出し、通話する。
「もしもし、お母さん? ……うん、あのね……」
その様子を横目に見つつ、スザクはダイニングからエプロンを取って身に着け、キッチンに向かう。
「アオイ、何にする? ……アオイ?」
返事がない。不審に思って振り向くと、アオイは足元を凝視していた。正確には、足元に置いてあるビニール袋を。
より正確には、その中身であるチョコレートを。
「……姉様」
「ん?」
「こちら、どなたからいただきましたの?」
「下級生。女子が3人くらいいたけど……」
「……そうですの」
何やら様子がおかしい。口調が妙に平坦で、感情が見えない。「アオイ?」と呼びかけると、彼女は顔を上げ、にこやかに言った。
「姉様、食べませんの?」
「んー……僕はもういいや」
「そうですの。でしたら、わたくしが頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん? 別にいいけど。あ、後でご飯持ってくから、その後で食べろよ?」
「はい。では、頂戴致しますわね」
言うとアオイは、ビニール袋を提げて自室に戻ってしまった。きょとんとしていたスザクだったが、ややあって我に返り、
「……鮭があったっけ。ムニエルにするかな」
『ごちそうさまでしたー!』
自室のアオイ含め、食事が一段落。片付けが済んだところで、ランカが「あっ」と思い出したように口を開いた。
「忘れてた、もう一つ用事あったんだ」
「?」
ごそごそとポーチから取り出したのは、小さな包み。
「はいっ、綾ちゃんにあげる」
「? ありがとう……開けても?」
うん、と頷いたのを見て、スザクは包みを開く。そこにあったのは、数枚のクッキー。
「クッキー? これ、ランカが?」
「う、うん。マナちゃんと一緒に……ホントはチョコがよかったんだけど、時間なくて……ごめんね」
「いや、嬉しいよ。ありがとう、ランカ、マナ」
「いえいえ、どういたしまして」
ぺこり、と頭を下げるランカ。
「私は手伝っただけだから」
いつもの如くのマナ。
一枚口に運んでみると、ぱりっ、とした歯ごたえとほのかな甘みが相まって、何ともおいしい。
「あとで、アオイにも分けてやるかな」
「あ、大丈夫、アオイさんのもちゃんとあるから」
「ゲンブのは?」
その名が出た途端、ランカが少し不機嫌な顔になって言った。
「ちゃんと反省してたら、ね? 覗きのことと、綾ちゃん利用しようとしたこと」
「まだ許してなかったのか……いや、僕だって許さないけど」
「同感。……というか、今言われるまでゲンブのことを忘れてた、私は」
軽くズッコケる二人であった。
その頃、アオイの部屋。
ベッドに腰掛けたまま、スザクがもらったチョコを食むアオイは、口の中のものを飲み下して呟く。
「トキコさんやランカさん達はともかく……誰とも知れぬ方のチョコレートなど、姉様には……わたくしの姉様には……」
傍から見るとかなり危ない。見なくても危ない。
スザクに対する独占欲が最近エスカレートしており、一人になるとこんな状態が多いのだ。幸いなのは、理性による制御が効いているということだが、そうでなかったら完全なヤンデレ状態だ。
一通りチョコを食べ終わった後、ふとアオイは引出を開ける。
そこにあったのは、ハート型の包み。昨夜、徹夜で作ったチョコレートだ。
「……姉様のために、一生懸命作ったのですけれど……」
さすがにこれは渡せませんわね、とため息をつく。今朝になってから自分が作ったチョコを改めて見直し、そして赤面することになったからだ。
表面には、飾り文字でこう書かれていたのだ。
「Ⅰ MOST LOVE SUZAKU」
(深夜に書いたせいで思考がダダ漏れに……相手は実の姉様ですのよ!? こんなの渡したら変な方向に一直線ですわぁぁぁぁぁっ!!)
心の中で叫びつつ、自作のチョコにかぶりつく。
―――アオイの恋路(?)に幸あれ。
バレンタイン・ハッピー?
おまけ。
「……
クロウ、体調はどうだ」
「まだ気分が優れん……いったい何なんだ、あのチョコレートは……」
「現物を解析したが、正体不明。組成・構成ともに通常の食物の域を出ない。にも拘わらず、表面的には生命活動が感知された。あれはいったい何なのだ」
「ナハト。それは俺が知りたい……」
さらにおまけ。
「啓兄ちゃん、あげるー」
「チョコレートか。ああ、もらっておこう」
「浮ついているなよ、啓介。いつ能力犯罪が起きてもおかしくはない、そのために我々アースセイバーは……」
「ゲンブさんはもらったのか?」
「俺はいらん。その手のイベントには縁がなくてな」
「そうか? 聖さんですらもらってたのに……」
「…………」
一条寺邸。
「……火波は誰にも渡さなかったのか……ちょっと残念だな。欲しかったんだけど……」
最終更新:2012年02月15日 18:04