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それは双角獣の甘言か、はたまた――

「やぁ、鈴子ちゃん」
「…………」

 にこやかに自分に向かって話しかけてきた少年――アッシュを一瞥だけすると、モブ子は視線を自分の前に戻した。

「ここ、座ってもいい?」
「…………」
「そ。ありがと――」
「いや」「お前」「座っていいなんて」「一言も」「言ってねーだろ」

 若干頬を引きつらせながら、しかし何時も通りの笑顔を浮かべながらモブ子が言う。だが、そんなモブ子の態度にどこ吹く風で、アッシュは彼女の対面の席に腰掛けた。

「いやぁ、前から鈴子ちゃんと喋ってみたいと思ってたんだよねー。何でか僕、いっつも君に会いに行こうとすると会えないから」
「んな事」「モブ子ちゃんが」「てめぇの事」「避けてるからに」「決まってんだろ」「キメーんだよ」「この○○○○が」

 寄るな、触るな、妊娠する。

 普段から「エリート気取り」に対するモブ子の暴言はよくあるが、この時のそれはいつもとは少し違うように見えた。普段表情を全く変えないモブ子が――些細な変化ではあるが、しかし、苛立っているように見えたのだ。

 その変化を、対峙するアッシュは見逃していなかった。口端ににやぁっ、と嗜虐的な笑みが浮かぶ。

「鈴子ちゃんってさ」
「…………」
「僕と似てるよね」
「――――ッ!」

 ガタン、と椅子が勢い良く倒れる――机の上に身を乗り出し、モブ子はアッシュの胸元を掴み、捻り上げていた。

「いやね、本当に前から思ってたんだよね。例えるならそう。毎朝洗面所で歯を磨く時にいつも会っているような、そんな既視観みたいなの」
「適当な事」「言ってんじゃねーぞ」「てめー」「このモブ子ちゃんに」「似てる奴なんて」「いる訳」「ねーし」「テメーに」「似てる奴だって」「いる訳」「ねーだろ」

 身体能力に関しては凡百と変わらない筈のモブ子であるが、その時の彼女は片腕だけでアッシュの首を締め上げてしまいそうだった。ギチギチと、アッシュの服が悲鳴を上げている。

 しかしそんな状況であるが、アッシュの表情に張り付いた笑みは、同じくモブ子が浮かべている笑みと同じく変わらない。

「ねぇ、鈴子ちゃん」
「?」
「君は何で自分の事、モブ子って呼んでるの?」
「それは――」
「君の名前がモブミリンコだから? それとも、自分の事がいてもいなくても関係無いモブキャラだと思っているから?」
「…………」
「弱者を気取るのも悪くないけどね――主人公になりたいと思わないの、君?」

 主人公。それは、一度は誰もが憧れる存在。物語の中心であり、そして、世界の中心とも言える存在。

 だけど、それは――

「ばっかじゃねーの」

 アッシュの言葉を、モブ子は一蹴した。

「主人公に」「なれるのは」「強者」「だけ」「人類弱者代表の」「モブ子ちゃんが」「主人公に」「なれる訳」「ねーだろ」
「いいや、違うね。弱者だって主人公になれる」

 虚勢的なものではなく、はっきりと――そう。それが真実であると信じて疑わないような、断定的な言葉で、アッシュは言い切った。

「大体おかしいんだよね、主役になれない人間がいるって言う現実。嫌われ者の主役がいてもいい、憎まれっ子の主役がいてもいい、やられ役の主役がいてもいい。僕はそう思うなぁ」
「……そんなもの」「お前の」「身勝手な」「理想論に」「過ぎねー」「だろ」
「理想論がどうした。その身勝手な理想論を掲げ続けてきたのが君じゃないか」
「…………」
「大体、間違いなんだよ」

 能力があるから友達が出来る。
 能力があるから努力が出来る。
 能力があるから勝利が出来る。

 それが、神がこの世に敷いた理。絶対的な現実。

 しかしそんな現実を、目の前の男は鼻で笑う。

「能力が無いから主役になれない――そんな現実クソ食らえだ。だってそうだろ? 一人の人間につき、『人生』ってストーリーは一つしかない。そのストーリーの主人公はその人自身でなければならないのに――なぜ、脇役に甘んじなければならない?」
「…………」
「格好良くないから主役になれない? 強くないから主役になれない? 美しくないから主役になれない? 可愛げが無いから主役になれない? 綺麗じゃないから主役になれない? 才能に恵まれて無いから主役になれない? 頭が悪いから主役になれない? 性格が悪いから主役になれない? 落ちこぼれだから主役になれない? はぐれ者だから主役になれない? 出来損ないだから主役になれない――負け組だから主役になれない?」

 クソッ、食らえだッ! そう、アッシュは嘲笑う。

「んな訳ないだろう? よく言うよね、『この世は万物平等に出来てる』って……だけどさ、主役になれない人達がいる時点でもう、そんなの嘘でしょ? 不平等でしょ? これはあれだよ、神様(さくしゃ)の技量ミスとしか言いようが無いよ。書けるキャラしか書いてないんだから」

 主役になれない奴がいるのは、この世が弱肉強食なのは、そう言うルールを敷いた奴だと、そんな風にしか世界を描けない奴が悪いと、アッシュは、その生みの親にも似た笑みを浮かべて嘲笑う。

「…………」

 その姿を、モブ子は醜悪だと、邪悪だと、おぞましいと思ったが――同時に、ひどく尊いものにも見えた。

 気が付くと、モブ子はアッシュの胸倉から手を離していた。すると代わりに、今度はアッシュがモブ子に向かって手を差し出す。

「鈴子ちゃん、一緒に神を嘲笑ってみないか? ヤツの作ったくそったれなシナリオを踏みつけて、『お前は下手糞なんだよ、何にも面白くねぇよ、神様失格だ』って、言ってみたくないか?」

 強者が、勝ち組がのさばるこの世界を、一緒に嘲笑ってやろうぜ――

 『それは双角獣の甘言か、はたまた――』

 ※気付いた方は気付かれたかと思いますが、劇中の台詞のいくつかは、ジャンプコミックス『めだかボックス』十巻「第88箱 初めまして」から引用させて頂いております。

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最終更新:2012年03月11日 14:38