――『夢』を奪われた、か。
そういえば俺の夢ってなんだろう、とユズリは考える。
友人と一緒に有名なサッカー選手になること?違う。
彼女を作ること?違ぇ、女を作ることなんかに興味ない。
(あれ…俺の夢って、なんだ………?)
こうやって、いざ真面目に考えるとなるとなかなか出てこないものである。
いじめの主犯、サヤカの両腕に巻かれた白い包帯を思い出した。
今こうして生徒たちは当たり前のように授業を受けているが
サヤカは、どうなのだろう。
今の自分のように自由にペンを持てて―――――
(ってなんで俺はあいつのことなんて考えてんだよ!)
そんな自分自身に苛立ち、
持っていたペンでノートにガリガリと意味もない曲線を描き八つ当たりする。
手に怪我をしたせいでピアノが弾けなくなってしまった、と彼女は語っていた。
ということは彼女の夢はピアニストになることだったのだろうか。
ピアニストにとって、手は命みたいなものだ。それぐらいはわかる。
だが―――『夢』を奪われた気持ち。夢をしっかりと持てていない彼にそれはわからない。
「ハルナー、この問題の答えはー?」
「0.50mol/L」
「はい正解っと」
力とはどういうことだろう。この教師や政治家なんかが持っている権力のことだろうか?
今授業をしている化学教師「木上一炉」は権力なんて気にしてなさそうだが。
それとも、ユズリが持っている「あの能力」のことなのか。それとも似たような何かか。それとも。
(あぁもうワケわかんねェ!!)
ぐしゃりとノートの端を握り潰した。
「石橋を叩いている暇があるならさっさと渡れ」な性格のユズリ。勿論、悩むことが大嫌いだ。
こうやってノートを強く握れるのも、自分が―――。
そもそも、これは自分が考えるようなことではないだろう。
あの時、
張間みくをいじめていた奴らにつっかかったのだって、自分の為だ。
自分の為にやったんだ。目障りだったんだ。
あいつの為とか、そんなの気持ち悪くて。
なのに、なのに、どうしてこんな。
「………くそ…」
頭がこんがらがって、いつも以上に授業を受ける気になれなかったユズリは
そのまま机へと突っ伏してしまった。
同日、昼休み。
「姉貴」
「ん?何さ」
「いや…姉貴達は、いじめとかどう思う?」
「え……」
その日の昼休み。ユズリは姉、ユウイの元に訪れていた。
あまりべたべたと姉に引っ付かないユズリのことだ、姉と一緒に昼食をとるなんて今までなかった。
だからユズリが突然自分のところに来た時、ユウイは心底驚いた。一緒にいたリオトやアオイ、スザクも同じだった。
中でもアオイとスザクは最初、ユズリの姿を見て目を丸くしていた。後輩とは思えない背の高さ。目つき。
しかもそれが目の前にいる『
榛名 有依』の『弟』ときたもんだから、驚かざるを得ない。
そして彼は誰のものかもわからない椅子に腰かけ。現在の会話に至るのだった。
「それは…してはいけないものだろう?醜いものだと僕は思うよ」
「私もですわ」
「いじめ、ねぇ…もしかしてあんたのクラスで起こってるのか?」
「あー、まぁ、ね。あんまり関わりたくないんだけどさ」
「……それってもしかして…「張間」とかいう?」
「なんだ、リオ兄知ってんの?」
「この前
シスイの奴が色々起こしたって話を聞いた。…もしかしてそれと関係あるんじゃないかと思って」
「……シスイ?だれソレ」
「リオトやアオイやスザクのクラスメートだよ」
「ふーん…興味ねーや」
「「(じゃあ聞くなよ……)」」
ユズリの様子に、全員がため息をついた。
そこで姉、ユウイは自分の過去を思い出した。
確か、小学生の時だっただろうか。いじめとは言い難いが、嫌がらせを受けていたときがあった。
「足が遅い」だの「勉強できない」だの。一度だけだけど、上履きがなくなったこともあった。
たくさん泣いた。でも。それでも。
「…そうだよ」
「は?」
「ユズリ、その子の味方なんでしょ?」
「は、はぁああ―――――!!?」
「えっ、違うの?」
「ちっげーよ!!俺があいつの味方なわけねーじゃんか!!」
「でも、その子のことを気にしてるって時点で味方というか…心配してる証拠だろ」
「そそ、滅多に此処に来ないあんたが此処に来たぐらいなんだから、相当でしょ?」
「えぇー…え……そんな…そんなぁ…リオ兄まで…」
「おねーちゃん、ゆーちゃんがそういうこと考えられる子になったんだって安心したよー」
「ゆーちゃん言うな!!それと俺は味方とか…!!」
「あーもう、わかった、わかったよ。でも、ユズリ。その子のこと見捨てないであげてよ。
無理して話かけてやれなんて言わない。助けてやれなんて言わないからさ。そんなのただの同情だろ?
ただその子を心のどこかに置いておくだけでいいから。…それだけで、結構違うモンよ?」
それだけ言うと、ユウイはリオトを見てにこりと笑った。
突然笑みを向けられたリオトは顔を赤くし、持っていたパックのジュースを強く握ってしまい、机が悲惨なことになった。
ジュースが服にかかりそうになったスザクとアオイは同時に悲鳴を上げた。
一方、姉の話を聞いたユズリは。
「…姉貴、何言ってんのかサッパリわかんねぇ」
「あーそーですかすみませんねー」
ユウイは弟にそう言われてどこか恥ずかしそうな、それでいて怒ったようななんとも言い難い表情をして
自分の弁当の卵焼きを頬張る。「お、いただき」とユズリが姉の弁当箱からウインナーを奪った。
リオトはと言えば、机に零した飲み物を拭きながらユズリに向かって怒りのオーラを放っている。
そこで、「あ」とユズリが思い出したかのように声を上げた。
「な、姉貴。ついでだからリオ兄、スザク、アオイにも聞くけど…」
「(先輩呼び捨てかよ…)」
「みんな…『夢』ってあるか?」
『いじめ』と『夢』の話。
(有名なサッカー選手になること?)
(違う)
(彼女を作ること?)
(それも違う)
(…俺の夢って、一体何なんだろう)
最終更新:2012年07月26日 00:14