神社組、嵐の前の静けさ
〈少女達の憂鬱〉
カタカタカタカタカタカタ‥
「(うわぁ‥物凄く機嫌悪いなぁ‥)」
少し離れた場所に座っている明夢を見ながらクロコは思う。
一生懸命、表には出すまいとしているのが伝わってはいるが、いつも柔らかな雰囲気がある明夢がピリピリしているのは簡単にわかってしまう。
おまけに貧乏ゆすりで湯呑みがカタカタ音を立てているのだから、これで機嫌が悪いのかわからないのはよっぽど鈍感な奴くらいだ。
ここ数日、明夢は非常に機嫌が悪い。
クロコには原因はわからないし、聞いてもいない。
明夢の性格上、何かあったら必ず自分に相談するし、それでも何も言わないのは知られたくない事なのだろう、とクロコは推測している。
何となくだが、何が原因かはクロコには想像がついている。
おそらく、また超能力関係の事でいざこざがあったのだろう。
それなら明夢のあの態度にも納得がいく。
明夢自身、最近は色々な事がありすぎて、イライラが溜まっているのも仕方がない。
それでも明夢は今までそういった感情を表には出して来なかったのだ。
まだほんの19歳なのに、余りに色々な事があり過ぎたにしては今までずっと明夢はいつも大人だった。
それだけに、今の明夢の状態はクロコを余計に心配させている。
「随分機嫌が悪いのね。明夢ちゃん。」
ふと、境内から声がした。
明夢が声の主の名前を呼ぶ。
カルラ・リード。
先日神社に訪れた『竜』の彼女が境内を日傘をさしながら、優雅に歩いて来ている。今日は従者である憑月雪の姿は見えない。
彼女は明夢の座っている縁側まで来ると、明夢の横に座る。
「何があったのか話して‥くれないかしら?」
「‥‥‥」
「ボクも聞きたいな。明夢、一人で何でも抱え込む事は無いんだよ?」
クロコも明夢に近寄って言う。
「実は‥」
ーーーーーーーーー
「なるほど、それであんな風に‥」
明夢は夜買い物に行った時、襲撃された事をクロコに話した。
少し頭に来て、ついやり過ぎてしまった事も。
どうやら明夢は襲撃された事より、力を制御しきれなかった自分に腹が立っていて、イライラしていたらしい。
「あんなんじゃ、超能力者が危険だって言ってるようなものだよ。超能力者は普通の人々と共存出来るって証明したいのに‥あれじゃダメだ。」
明夢は自分を叱咤しているようだった。
「(明夢ばっかり‥なんで背負い込まなきゃならない。明夢だってまだ子供なのに‥)」
それはクロコの率直な感想だった。
明夢はしっかり者で、面倒見も良い為、皆がつい頼ってしまうが、彼女はまだ19歳で、まだ成人すらしていない少女なのだ。
それなのに、明夢は危険な超能力を制御する為に精神を削り、超能力者のあり方を巡っては苦悩する。
本来そういった事は『大人』の役目ではないのだろうか。
今まで、弱音一つ吐かなかっただけに、今の明夢の姿はクロコの心に深く突き刺さる。
何より、苦悩する親友に大した手助けが出来ないのが歯痒かった。
「それにしても私の超能力‥一体どこまで強くなるんだろ。なんだか不安になってきた。」
「え‥?」
「クロコ、私の超能力‥今ではそよ風に吹かれたり、葉っぱが当たっただけで反応するようになったんだ。」
「なっ!?」
明夢の『衝撃の悪夢』はその名の通り、衝撃を伴うものを反射したり操作したり、威力を変更したりできる。
明夢の操る『衝撃』は、ある一定方向に移動し、ある程度の運動エネルギーを持っているものに定義される。注射針を刺された程度で反応するが、今まではそれが最小値だったはすだ。
しかし、今の明夢はそよ風レベルの風圧で、葉っぱがぶつかる程度の威力で能力を発動できてしまうらしい。
「どんどん衝撃に敏感になって来ているわね。もしかしたらその力、一生成長を続けるかも。」
「え‥?」
「いえ、どんどん制限が無くなると言うべきかしら。あなたは無意識下で力を抑制していたみたいだし。」
そう、元々明夢は衝撃の反射及び操作しか出来なかった。
神父ミハエルと対峙した時、怒りから衝撃の大きさをある程度変える事が出来るようになった。
最初はそれを使用すると、脳に強い負担をかけ、昏倒していたが、今ではそんな事も無くなっている。
「‥大丈夫かな、私。こんなんでホントに証明出来るかな‥」
らしくない、何時になく弱気な明夢。
その時、一瞬だったが風が渦を巻いた。
「‥っと、ダメだね。不安なんて感じてたら力が上手く制御できなくなっちゃう。」
「明夢‥まさか。」
渦はもう無い。
ただ、それは紛れもなく明夢の力により動かされたもの。
『衝撃の悪夢』は明夢の精神と強く結びついている。
明夢が怒りに我を忘れたりすれば、能力も暴走し、取り返しのつかない事になる。
今のように不安になって恐怖に駆られでもって同じ事だ。
「やっぱり‥なんで相談しなかった!?」
「‥相談して何か、かわるのかい?」
「明夢‥どうした?何を言ってるんだい?」
いきなり、明夢の口調から抑揚が消える。
クロコは驚いて明夢の顔を見つめるが、彼女はどこか荒んだ表情を露わにしている。明夢と親しいクロコだが、こんな顔をする明夢は初めてだ。
「‥もう私は逃げられないって事さ。つらい事が有ったら考えずに捨ててしまえばいい。私がその良い例だよ。」
「何を言ってる!?明夢は何があっても乗り越えて来たじゃないか!?」
「‥苦しみも、悲しみも悩みも何もかも乗り越えて来たと思ってた?クロコが思っているほど、私は強くない。」
ーーーーーーーーーー
超能力を持ってから私は色んなことを知った。
超能力者や妖怪の存在、それらを利用する組織、保護しようとする人々や組織。
私は家族がみんな居なくなってしまった私は誰かの不幸に、まだ敏感だった。
超能力者が、笑って生きられるような街にする為に、この力を使うって私は誓った。
誰も手助けしてくれなくても、いつかは皆わかってくれる、私の試みが上手く行けば、待っているのは明るい未来だって信じていた。
けれど、待っていたのは余りにも非道い現実だった。
組織から私を捕まえに来た人がいた。
それから私は狙われ続けている。
そんな事には使いたくないのに、自分を守るために、能力を使って、人を傷つけてしまう。
それでも‥それでもきっと誰かわかってくれるって思ってた。
でも、そんな事は無かった。
その内私は、考えることを止めた。
生まれ続ける悩みを捨て続ける事にも慣れ、夢から目を背け、思考を止め、悩みを忘れる。
ーーーーーーーーーー
「クロコは何時までも私なんかに付き合っていられる?」
「‥なんで?」
長い独白の後、明夢は唐突に聞く。
「‥私はもう、まともには生きられない。」
「!!」
「これだけは確かな事。この先も超能力が強くなれば、私はそれを制御し続けなきゃいけない。敵も増える、能力がいつ暴走するかもわからない、危険ばかりなんだ。」
明夢は色の無い声と表情で告げる。
もう一緒には居られないと、暗に言っているようなものだ。
それでも、クロコは首を横に振る。
「明夢、聞いて。そんな事でキミを見捨てるくらいなら、最初からボクはキミと付き合ってはいないさ。」
「‥‥‥」
「明夢ちゃん、独りで出来る事なんてたかが知れてるわ。貴方の味方は貴方が思っているよりはずっと多いのよ。」
「クロコ‥カルラさん。うん、ありがと。大分気が楽になったよ。」
明夢は微笑んだ。
いつものように、優しい微笑みだった。
明夢にとって一時期の気の迷いだったのかもしれない。
だが、既に賽は投げられていた。
動き出した運命は、終局に向かい進み始めている。
最期は‥
喜劇か、悲劇か。
最終更新:2012年05月20日 19:30