「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
男は、追い詰められていた。
どれだけの間走ったのか分からない。何度無様に転んだかも分からない。
ただ、逃げ続けていた。
“ヤツ”から逃れるために。
「………!!」
逃げた先には、古ぼけた大きな壁が聳え立っていた。
咄嗟に近くに転がっていた鉄パイプを拾って殴りつけるが、びくともしない。
「くそっ………くそ、くそっ!!」
自棄になったように何度も壁を殴りつけるが、僅かな破片が落ちるばかりで崩れる気配はない。
それでも男は何度も壁を殴っていたが、背後で土を踏む音が聞こえ、その動きが止まった。
「……おい、つい、た」
抑揚のない声に、弾かれるように振り返る。
小柄な少年が、そこにいた。
布切れというほうが正しいくらいのぼろぼろの衣服、がっと見開かれた瞳孔。
痩せ細った四肢に似合わない大きな鉈を引き摺り、ぺたりぺたりと近づいてくる。
「おま、え、ころす」
「……ふざけるなっ!!!」
逆上した男は、持っていた鉄パイプで少年を殴りつけた。……いや、殴りつけようとした。
鉄パイプは、確かに少年を捉えた。しかし、ダメージを与えることはできなかった。
手ごたえが全くなかったのだ。まるで彼に当たる直前、威力を殺されてしまったみたいに。
「ひっ……!?ぎゃっ!!!」
お返し、といわんばかりに、少年は鉈で男を殴りつけた。
男は膝から崩れ落ち、ぼたぼたと地面に血が落ちる。
「あ……が……」
崩れ落ちた男に向かい、少年が歩を進めた。
男は恐怖の表情を浮かべ、必死に這って逃げようとする。
「や、やめろ……来るな、来るなっ…」
壁に背がつき、退路が断たれる。
それでも男は逃げ続ける。
「…た、頼む……たすけ、助けて…」
男の懇願も空しく、少年は鉈を振り上げる。
「し、ね」
「―――ぎゃあああああああああああああああああああああっ!!!」
男の悲鳴に応えるように、錆びついた鉈が月明かりを受け、煌めいた。
数時間後、少年は跡地の廃ビルの屋上にいた。
「ころ、した。ころした。カチ、ナが、ころし、た」
仄明るい空を見上げ、そう呟いている。
肩に担がれた鉈には真新しい血がべっとりと付着しているが、気にする様子も拭き取る気配もない。
ぽたり、ぽたりと垂れた血が、コンクリートに落ちて赤い水溜りを作る。
「…めい、れい。
カチナ、の、めいれい。かんけいしゃ、ころす」
ぽつりと呟くと、ぼろぼろになった爪を口元に持っていき、噛み締めた。
「カチナは、めいれい、を、きく。カチナは、ころす。みん、な、ころす」
まるで壊れたレコードのように繰り返しながら、がじがじと爪を噛む。
「……カチナは、カチナシ。めいれ、いを、きく、へいき」
ばき。と、噛まれて折れた爪が音を立てた。
壊れた戦力外兵器-カチナシ-
『――次のニュースです。
今朝未明、ストラウル跡地で、男性の変死体が発見されました。
遺体は頭部に殴られたような傷がある他、大型の刃物のようなもので斬られた傷があり、
警察は遺体の状態からここ数日の連続無差別殺人事件と同一犯による犯行とみて、被害者の身元確認を急いでおります……』
最終更新:2012年07月28日 16:32