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燃え尽きる翼

「やれやれ、どうにか段取りもついたか」

美琴の一件からしばらく経ち、ゲンブは夜の街を歩いていた。
守人達との折衝も何とか(丸くとはいかなかったが)収め、久方ぶりにウスワイヤから解放されたのがついさっきのことだ。

(ここ最近頻発している殺人事件のこともある……用心せねばな)

思いつつ、周囲に油断なく気を配る、「ごく普通の」警戒態勢にあった彼を、



「み、つ、け、た」



無機質な声と、



「     ッ    !!  ! ?」



脳天から振り下ろされたナタが襲ったのと、

(な―――――)

体の力が消え、意識がブラックアウトするのは、ほぼ同時だった。





「何だって、ゲンブが!?」

僕がその連絡をランカから受け取ったのは、学校を終え、トキコと連れだって歩いていた時のことだ。
何でも、誰かに頭をカチ割られて倒れていたのをアースセイバーの連絡員が朝方発見したらしく、外傷と出血で生死の境を彷徨っているらしい。

半分以上パニックに陥っているランカを何とか落ち着かせ、僕は通話を切った。
携帯をパタンと閉じ、思わずひとりごちる。

「あいつが一撃……何で」
「どうしたの? 亀さん、何かあったの?」

隣からトキコが気遣わしげに尋ねて来る。ちょっと前ならあり得なかっただろう光景に少し和んだけど、危機感は消えない。

「ああ……誰かに不意打ちを食ったらしくて、今医療施設にいる」
「不意打ちって……亀さん無茶苦茶強いのに?」

トキコの疑問ももっともだ。
性格はともかく、あいつの強さはアースセイバーでも指折り。こと接近戦においてなら、そうそう遅れを取るほどヤワじゃない。実際、ホウオウグループの戦闘員達が本気で警戒する数少ない人材だって聞いたこともある(ちょっと信じられないけど)。
ともあれ、事実は事実。あいつはやられた。

「なのに、だよ。ともかく、僕は一回様子を見に行ってみる。トキコは急いで家に帰っててくれ、あいつを一撃でのすような相手に狙われたらコトだ」
「う、うん」


トキコの家は、僕の家に向かう方向とは全く違う方向にある。丁字路で別れたあと、僕はその足でウスワイヤに走った。
まともな道を通ってたら時間がもったいないから、裏道・横道を通ってショートカットすることにした。




「みつ、けた」




「ッ!?」

突然降りかかった声に驚く間もなく、全く「危険が来る」という反射だけで、僕は大きく一歩、前に跳んだ。
そうしていなければ、僕は今襲ってきた誰かの持っていたナタで、頭を断ち割られていただろう。

「!? 何だ、お前……」

擦り切れて襤褸切れ同然の服、引きずり気味の足に捲かれた包帯。
虚ろな光を宿す目を見開いた、明らかな異常者がそこにいた。

カチナ、は、カチナ。カチナシの、カチナ」
「カチナ?」

名前なのか、よくわからない、
そのカチナという奴が、さらに言う。

「めい、れい。カチナの、めいれい。ラボ、じっけん、ころす、ころす、ころす……」
「ラボ!? UHラボのことか……」

久々に聞いた嫌な名前に、思わず眉根が寄る。
僕やゲンブもかつて囚われていた、狂気の実験施設。こいつは多分その被検体……洗脳実験か何かの失敗作なのだろう。
そこまでは何とか予測がついた。

「ゲンブもお前が……?」

答えの代わりに襲ってきたのは、ナタの一撃。

「っと!」

素早くはあるが、大振りな上に予備動作が丸分かりだ。回避は難しくない。
とはいえ、

「ここじゃ戦えない……!」

場所が問題だった。ここは人通りが少ないとはいえ、住宅街の外れ。こんなところで力を使うわけにはいかない。
向こうはそんなことを気にするようには見えないし、実際その通りなんだろう。

「チッ、仕方がないか……」

舌打ちを一つ残して、逃げを打つ。
向かう先は、このいかせのごれでもっとも危険と言われる場所。
ストラウル跡地だ。





ストラウル跡地は、4年前まで「サイキックマスター」レイスの率いる同名の組織の本拠地があった場所だ。
ケイイチ達のおかげで破壊されたけど、余波で周辺一帯が廃墟になってしまっている上、原因もなしに奇怪な現象が起きる、いわば「何でもあり」な場所になってしまっている。

そんなところだからこそ、僕達みたいな存在はここを戦場に選ぶ。

「来た!」
「し、ね」

追い付いてきたカチナが―――見かけとは裏腹に、恐ろしく足が速かった―――ナタを真っ向から振り下ろして来る。
だけど、

「通るか!!」
「!?」

僕の力なら、その程度の攻撃は通らない。「龍義真精・偽」……何だか久々に使ったような気がする。
鏡でナタを弾きかえした後、反対の手に幻龍剣を呼び出して逆袈裟に斬りつける。
が、

「な!?」

今度は僕が驚くハメになった。直撃コースだった刀身が、何かにぶつかって威力を殺されたからだ。
慌てて距離をとったけど、その距離をカチナが一気に詰めて一撃を見舞って来る。

「うああっ!」

躱しきれずに左肩を浅く斬られた。だけど、今はそれどころじゃない。血を流す左肩を押さえつつ、僕はカチナのさっきの防御について頭をフル回転させる。

(打ち払われたって感じじゃなかった……跳ね返されたわけでもない……威力を削られた、いや、打ち消されたのか?)

おおよその外郭はつかめた。攻撃に反応して、その攻撃を自動で防ぐ常時発動型。相手にするにはかなり厄介なタイプだ。

(けど、それなら!!)

この手の能力持ちには、対処法がいくつかある。一つは手数で圧倒し、防御が追い付かないレベルの攻撃を加えること。もう一つは、

「これで――――」

大威力の一撃で、一気にケリをつけること。

「どぉぉだぁぁぁぁっ!!」

構えた両手を開き、赤い破壊の奔流―――龍精落を放つ。愚直にこっちに向かってきていたカチナは、かわすことも防ぐことも出来ず、その光を真正面から浴びた。

「!」

舞い上がる粉塵の中、僕はここに来てようやく一息をついた。

「やれやれ……全く、何て奴だ……」

多分、最近ニュースになっていた連続殺人事件もあいつが犯人だったんだろう。ラボの関係者を、次から次へと襲っては殺しているということか。

「それにしても、何でこんなバカな……」

命令を、と続けようとして、

「―――馬鹿、な!?」

粉じんの中から飛びかかってくるカチナを見て、僕は衝撃に自失していた。そして、それが命取りだった。

「!! う、ああっ!!?」

肩口から腰まで、袈裟懸けにぶった切られた。ナタが半分朽ちていたおかげでそこまで深い傷にはならなかったけど、引き裂かれたような傷口が灼熱を帯び、鮮血がとめどなく流れ出す。

(しまっ、た……)

僕は、勝機を逃したことを知った。左肩と、右肩からの大きな傷。こんな俊敏な相手を前に、このコンディションではもう打つ手がない。
飛びそうになる意識を意地でつなぎ留め、じりじりと後退する。けど、それも長くは続かない。

「!! うわっ……」

カカトを石に引っかけて、転んだ。そして、

「!!!」

真っ向から斬りかかってくる、カチナの姿を見た。

痛みよりも、衝撃の方が大きかったような気がした。



真っ赤に染まった視界が、半分以上閉ざされつつある。カチナの姿は見えないけど、見えたところでもうどうしようもない。

(死ぬ、のかな……)

自問への自答は、呆れるほどたやすく導き出された。――――その通り。
出血が多すぎる。ここに来るまでに全力疾走を続けた上に久々の本格戦闘、龍精落まで放って少なからず消耗した体にこれでは、助かる方が無理な話だった。

(でも、なぁ……嫌だ、な、や、っぱ、り……)

死ぬのが怖いわけじゃない。けど、トキコ以外の誰かに殺されるのは嫌だった。
僕を殺していいのは、あの子だけなんだから。ここにすぐ来てくれないかな、と微かに思ったけど、諦めた。そんな都合のいい話があるわけないし、何より時間が足りない。僕が事切れるのがどう考えても先だ。

(ごめ、ん、ト、キコ……や、く束、守、れ、なか、ったよ……)

いつか来る全面対決の時、僕らもまた互いの全てをかけて決着をつける。
ただそれだけの約束も、もう守れそうにない。
気づくと、僕は覚えている限りの出来事を追想していた。ランカと出会った日、シドウさんが消えた日、ウスワイヤの存在を知った日、シスイやみんなと一緒に戦った日々、アオイが現れた日、トキコと過ごした毎日……。

(走馬、灯、ってや……つ、かな……もう、ダメ、か……な……)

意識が途切れる。最期に僕が見たのは、



(あぁ……迎えに、来て、くれたんだ、ね……母、さん……)



山吹色の髪を揺らす、あの優しい人の姿だった……。




燃え尽きる翼

(彼女が見たものは――――)

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最終更新:2012年07月28日 16:35