<彼の存在意義。>
「お…掟破りのテクニックを使っても、離れねぇだと!?」
男は焦っていた。
「相手は軽のカプチーノじゃねーか!なぜだ…どうして俺のランエボで引き離せねぇ!」
とある峠道、下り。ここはつい先日から男が走り込んでいる道で、地元の走り屋を文字通り捻り潰して走り込んでいた。
が、しかし。
「なんなんだあのカプチーノ!・・・待てよ、ありゃこの前崖からすっ飛んでった、奴のじゃねーのか…!?」
数十分前に時を巻き戻す。
「アレか?」
峠を往復し獲物を探す事数時間、ついに捕えた。
『ハイ…あの男に復讐を。それも出来るだけの絶望感と敗北感を。』
モトの問いに、「モトになった思念」の女が答えた。
モトを形成するのは、交通事故や事件に巻き込まれた者達の思念である。
その中に先日加わった女が強く望んだ事が、男への復讐であった。
車は女が元々乗っていたモノを記憶を元に具現化し、モトが乗りこんでいるのである。
「しっかしおみゃーさんもカプチーノで4WDに喧嘩売るたぁー大したタマやったんやのー。」
『…元々レーサーの端くれでしたの。大会にも何度か出てましたし、早かったんですのよ。』
そうこうしている間にどんどん標的のランサーエボリューション、略してランエボとの距離が詰まってゆく。
『貴方は私よりも数段早いみたいだけれど。』
「そんなこたぁ無か。ワレの技術と感覚、経験を使っとるんじゃけんの。」
『あら、嬉しいわ。あいつにこれで…。』
「よし、喰らいついたで。もう離さへん。」
そして今のカーチェイスに至る。
「ま・・・間違いねぇ、あのステッカー…この前抜かれた腹いせに突き落としてやった奴だ…なんで生きてやがる…」
男は器が小さかった。その癖にプライドだけは大きかった。性能のいいランエボに乗り、
貧乏な走り屋をあざ笑うかの如き運転を行い、挙句の果てに気に入らない相手の後ろをぶつけ、先日一人崖の下に落とした。
相手は美人の女だった。峠の上でナンパし、断られた腹いせに勝負を仕掛けたら抜かれそうになり、
本人曰く「ついうっかり」後ろからぶつけ、ガードレールを突き破って落としたのである。
「クソが…なんで軽如きに追いつかれんだ…こっちはランエボだぞ…4WD、排気量だってこっちが上だってのに…!」
ストレートでは確かに引き離すのだが、カーブを抜けるともう鼻先まで迫ってくる。男には全く理解が出来なかった。
いや、否定したかったのかもしれない。
「い…イカレてやがる!あんな速度でカーブを抜けてくるなんて正気の沙汰じゃねぇ!」
そう、タイヤのグリップが効くギリギリまでしかスピードを落とさず、迷わずキレイなカーブのラインを描いていくのである。しかも、理想ラインをほぼズラさずに。
細かい技術の蓄積は、車の性能比を埋めていた。
そして峠最後のヘアピンカーブ。
第二コーナー、女が落とされたのと同じ所でモトの運転するカプチーノが外側から男のランエボを抜いた。そして男がカプチーノへ自らの車をぶつけようとした瞬間に。
「格の違いを噛み締めて死になさい、悔いなさい…!」
フロントガラスに女が映り、男の耳には女の声と赤ん坊の泣き声が響いた。カプチーノが衝突を避けたため、力の行き場を無くしたランエボはガードレールに突っ込み落ちていった。
女によると、最後の悲鳴は『畜生がぁぁぁぁぁ!』だったらしい。
『ありがとう…これで私と私のお腹にいた赤ちゃんを殺した奴に復讐出来たわ…。』
モトはタバコを咥えるとニヤリと笑う。
「よかよか。ワシの仕事だっぺ。」
傍から見ると独り言をつぶやく時代遅れのヤンキーだ。しかし、そうではない。
モト。彼は交通事故によって亡くなった者の思念が集まって出来たモノ。
彼の存在意義。
それは悲劇を戒めるため。
それは復讐を遂げるため。
それは――――――――。
カプチーノの具現化を解き、新たに具現化したバイクに跨ったモト。ライターでタバコに火を付けたその時、背後に気配を感じた。
「…誰や。」
最終更新:2012年07月28日 16:46