―――結局、白波家で起きた一件はどうにか収束を見た。
音早 紅と名乗った女性により当座をしのいだ琴音は、そのままウスワイヤに搬送され、治療を受けることが出来た。
ランカの方はクランケに連絡を取ろうと試みたのだが、繋ぎに頼ったミナの時点で弾かれてしまった。
先のキリ消滅の一件でかなりふさぎ込んでいるらしく、正直治療ができるコンディションではないとのことだった。
ともあれ琴音が助かったことで、事件は一応の収束を見た。
カチナというらしいあの少年が健在で在る以上いずれまた襲われるだろうが、それでもだ。あの後、ウスワイヤに集まった一同は、未だに意識の戻らないゲンブを見舞った後、獏也にこの件の詳細を知らせていた。
またしても問題を抱えることとなった獏也は冗談抜きで倒れそうになったが、それでも対策は取る、と返答。シノを引っ張り出し、さらにこのような有事への備えとして聖とヨリミツを抜擢。探偵事務所の面々にも警戒を呼びかけることとなった。
アカネはアカネで、帰り道に秋山神社を訪い、琴音の現状を知らせに行っていた。
それから数日が過ぎた、現在。
奇しくも連休明けとなったこの日、火波家では少しばかり奇妙なことになっていた。
「制服着るなんて、ホント何年ぶりかしら……」
「母様……もとい姉様、早くしないと遅刻ですわ」
元に戻る方法がさっぱり見つかっていない琴音が、スザクの体に乗り移ったまま通学することになったのである。対外的には「
火波 スザク」を演じることにしてはいるが、いつまで持つかわかったものではない。
(母様の演技力に期待するしかありませんわね……)
正直アオイは不安で仕方がなかったが、母と一緒にいられるという意味では心なしか安堵のようなものを覚えていた。
「出来た。さ、行きましょアオイ」
「はい、母さ……姉様」
一方の琴音の方も、不安は尽きなかった。以前スザクが同じような状態になった時は、心にアクセスすることで説得が出来た。しかし今回は、スザクの存在が全く感じられないのだ。マナの見立てでは、精神の井戸の底の底に落ち込んでいるらしいのだが、それはつまり、スザクを呼び起こすには事実上深層意識の最深部……つまり、人間のパーソナリティの根幹も根幹の部分に手を出す必要があるということだ。
「……
シスイさんとトキコさんには、話しておくべきでしょうか」
「事情を知ってる人は少ない方がいいんだけど……その二人なら仕方ないわね」
さすがにそんなレベルの芸当が出来る能力者や施設は、今の所ホウオウグループにすら存在しない。下手を打てばスザクの人格が消えてしまう可能性すらあるのだ。
元より今の彼女は、元々の人格である「火波 綾音」が度重なる精神制御実験のおかげで崩壊しており、後から出来た仮の人格が強さの「スザク」と弱さの「綾音」に分かれた上で再統合されたという、非常に不安定な人格を抱えている。
先頃も、また衝動に突き動かされて暴走を起こし、統合したはずの人格が一時的とはいえ分裂、「綾音」が表に出るという異常事態まで発生している。その扱いには細心の注意が必要だった。
「髪はまあ言い訳が効くけど……性格はどうしようもないわね。あんな男の子みたいな物腰を真似するのは、さすがに無理よ?」
「わたくしも出来る限りのフォローは致しますけれど……困りましたわね」
ゆえに、現状では琴音がスザクを演じるほかない。非常に不安の残る結論だが、現状他に方法がない。
そうこうしているうちに、
「……ついちゃったわね」
「はぁ……」
連れ立って歩く火波「母子」は、いかせのごれ高校に到着していた。
「あっ。しゅざくっち、あおいっち、おはよ~」
「あら、ののかさん。おはようございます」
登校して早々鉢合わせたのは
緑音ののかだった。独特の符丁で呼ばれ、慣れっこのアオイはいつものごとく返事をするが、
「………」
「? しゅざくっち~?」
覚えのない琴音は無視。ののかが不思議そうに首を傾げるのを見て、アオイは慌てて肘で傍らの母親を突く。
(母様、母様!)
(! ああ、スザクのことね、あれ)
「ああ、おはよう。ごめんなさい。聞いてなかったわ」
「いいよ。……しゅざくっち、何か変わった?」
相変わらず首を傾げるののかは、琴音(inスザク)を見て言う。
「ど、どこが?」
「ん~……何か、女の子っぽくなったっていうか……」
「「!」」
アオイの懸念が早速的中した形だ。内心大いに狼狽する琴音は、慌てて取り繕う。無論、今度はちゃんと「スザク」を演じるのを忘れない。
「そ、そんなことないって。気のせいだよ、ののか」
「あ、いつものしゅざくっちだ」
「だろ? わ……僕は何も変わってないって」
「でも、髪」
「こ、これ? ちょっとしたイメチェンだよ、イメチェン」
へー、と横から感心の声。アオイが振り返ると、そこにいたのは
汰狩省吾。珍しいものを見るような顔で、しげしげと琴音を見つめる。
「スザクってなんていうか、オシャレにあんまり気を使わないって感じがしたから……」
「それはどういう意味……だよ。わ……僕だって、少しくらいは気にしてる……ん、だよ」
「?? だ、大丈夫か? 何かさっきからつっかえてるけど」
やはり琴音では、性格のまるで違うスザクを演じ切るのは無理があった。それを見て取ったアオイは、素早く割って入り、出来るだけ自然に話しかける。
「そろそろ教室に向かいませんこと? 時間がもったいないですわ」
幸いにも、二人とも引き止めはしなかった。
本当の試練は教室に入ってからだった。
火波姉妹が連れだって登校するのはもはや恒例行事となっていたため誰も気にしないが、その片割れがいきなり髪を染めたとなれば、誰しも驚く。
「ありゃ、鳥さんその髪どうしたんだ? 失恋か?」
「違―――う、よ。ただのイメチェン」
「な、何だ、今の妙なタメは?」
続いて真二が、
「どうしたんだ? 調子でも悪いのか?」
「何でもない、ってば」
「いや、でもさっきから話し方がつっかえつっかえだし」
さらに 希流湖がアオイに、
「……スザク、本当に大丈夫か? 何か様子がおかしいぞ、マジで」
「色々と事情があるのですわ。深く詮索しないでいただけると助かりますわ」
「まあ、そういうこともあるだろうけどよ……」
久々に登校してきていたノアはというと、
(何だ……? あれ、ホントにスザクか……? 違和感が……)
その変化を敏感に感じ取り、警戒を強めていた。
(アオイが一緒ってことは、すぐに危険ってわけじゃなさそうだが……)
「…………」
無言のまま琴音を見つめ、
(……違う……あれはスザクだけど、スザクじゃない……誰かがスザクのふりをしてる……だけど、何か無理してる……)
持ち前の異様に鋭いカンで以って、事態を感知していた。
そのそれぞれにどうにかこうにか対応しつつ、何とか席に着くアオイ。が、琴音の方はというと、
「……? ??」
スザクの席がわからず、混乱していた。そんな彼女に、怪訝そうな顔のトキコが声をかける。
「鳥さん、どうしたの? 席ここだよ?」
「! ああ、そこだったの、ありがとう」
「……やっぱり、鳥さん変だよ……何かあったの? 言葉づかいもらしくないし……」
さすがに声を潜め、トキコが囁いて来る。席の近いシスイも、
「ああ、何だか無理してるように見えるぞ。俺達でよければ相談乗ろうか?」
と気遣う。これに対して答えたのはアオイだった。
「……では、お二人とも、昼休憩になりましたら屋上に来ていただけます? 事情をお話ししますわ」
そんな彼女らを、
「…………」
いつもより1.5倍増しのジト目で見つめるネイロの姿があったとか。
母と娘とクラスメイト
(あちこちガタガタ)
(演技もボロボロ)
(前途多難な琴音であった)
「……あれ、何かあった? 様子が……」
最終更新:2012年08月21日 23:13