―――― 一番最初の記憶は、平原の中に植わった自分。
私の親木は一種の霊木だったらしく、そのせいか私は若木の時点から既に「私」だった。
特に動けるわけでもなかったけど、特段不満もなかった。樹木というのはそういうものだし、私にとってはそれが当たり前。だから、ただ風や雨、日の光を受けて時を過ごした。
風というのは不思議なもので、私にはその中にある色んなものが見え、聞こえた。
その中にあった一つ。大和王朝の皇子が、辺境の蛮族の討伐に向かうというもの。別段興味はなかったけど、この平原を通るらしいと聞いて、何となく意識を巡らせていた。
何やら大仰な名前のその皇子が平原に差しかかった時、それは起きた。待ち伏せしていた部隊が平原を火を放った。
正直、本当に死ぬかと思った。私がいたのは尊のすぐ近くで、彼が向かえ火の計で返り討ちにしなければ、こうしてここにはいなかっただろう。
その後しばらくして、尊が山の神の怒りに触れて死んだと聞いた。万難より主を守るという神剣を持っていたはずなのに、どうして? 疑問は浮かんだけど、答えが出るはずもなかった。
後に風の噂で、尊はその時、折悪く剣を持っていなかったと聞いた。まったく、勇者だなんだと言われても、人なんて呆気ないものね。
月日が流れた。木の私に取っては、人の一生が短く感じる。だけど、私は他の木とも少し違うようだった。他の木が月日とともに枯れ落ちて行くのに、私はただ大きく伸びあがるばかり。それが嫌なわけではなかったけど、ちょっと浮いた感じがした。
女の帝が即位したと聞いた。この国では初めての出来事だ。ただ、その裏には豪族の権力争いがあったらしい。尊の時代とあんまり変わらないわね、人なんて。
帝の前で有力者が討たれた。皇太子と下級貴族によるクーデターらしい。身内の仕業とは言え、一国を治める者の前で人殺しがあるとは、全く度し難いものね。
法律、というものが作られた。人が人を管理するための決まりらしい。何の役に立つのか、よくわからなかった。民衆の負担は大きなもので、笑っている人はほとんど見なかった。少なくとも、私の周りではそうだった。
都を造る計画が移転した。前の都は3回も事故があって、怨霊の仕業だなんて言われてる。馬鹿馬鹿しい、人を殺せるのは人だけよ。
皇家に急接近して力を高めている一族がある。いつかのクーデターの首謀者の孫達らしいけど、これからどうなるのかしら。
4つあった分家が1つを残して全滅。こうなるような気はしてたのよね。現当主は権力拡大に余念がないけど、ちょっと人間関係がおかしなことになっている。自分の孫に自分の娘を嫁がせるって、どうなのかしら?
各地で武士、という人達が蜂起しているらしい。あちらこちらで戦争が起きて、世の中がガタガタ。政治の方も何やら情勢が怪しいし、本当にどうなるのかしら。
武士の一族が世を平定した。我らに在らずば人に非ず、ですって。思いあがってると痛い目見るわよ、その内。
対立する一族の生き残りが蜂起して、大勢力だった一族が滅んだ。意外に呆気なかったわね。それにしてもあの坊主頭、予想以上に小賢しく立ち回るわね。天狗だの狸だの言われてるだけはあるわ。
一族の当主が実弟、残る勢力を滅ぼして世を統一した。てっぺんを取ったわけね。でも、何だかすぐに落ちそうな予感……。
案の定だった。直系はたったの3代で滅亡、後は別の一族の天下。帝と戦争するとは、人も変わるものね。
月日が流れて行く。私は、自分が「桜」と呼ばれている木であること、そして、散れども散れども変わらず花を咲かせ続ける特別な木だということを知った。だからと言って、何が変わるわけでもなかったけど。
……あ、一つあったわね。世の平定あたりから、私は人の姿をしたもう一人の私自身を生みだせるようになった。その器に「私」を移して、人として世の中を見て回ったの。発見が多くて、退屈はしなかったわ。良きにしろ悪しきにしろ、ね。
海の向こうの国との争いがあった。台風と向こうの準備不足のおかげで二回とも勝ったけど、人々は神の風だって言ってる。そんなに神様が好き?
世を統一した組織が滅びた。時が立つほど、権力を持つ者は腐敗して行く。世の中、そんなものよ。
皇家が真っ二つに分かれた。形だけとはいえ、国の頂点が二つもあるって実態はどうなのよ。どっちが正統でもいいから、さっさとまとまってくれないかしら。
話せばまだまだ長くなるわ。世を統一した者が、この後3度現れて3度滅びた。盛者必衰、生者必滅。これは自然の理ね。つい最近……って言っても50年以上前だけど、酷い戦もあった。人も街も疲れ果て、お先真っ暗だった。私は何とか燃えなかったけど、熱風に煽られて半分焦げちゃった。痛かったし、熱かった。でも、人々はもっと苦しい思いをしたのよね。
それから30年ばかりして、私はある男の子に出会った。人の姿で「私」の横に立っていた私を見つけたのは、ちょっと気の強そうな男の子。
いつもなら無視するんだけど、その子があんまり見つめて来るから、思わず声をかけた。
『……坊や、誰?』
「おれ?『きりなみ りゅうや』っていうんだ」
(移り変わる世を、移り変わる人を)
(見て、聞いて、感じて来た)
(その果てにあった、一つの出会い)
最終更新:2012年10月08日 22:16