夕方、某公園にて。
フミヤはある人物を待っていた。
「…あ、来た! こっちこっちー」
「待たせてごめんなさい」
「いいよいいよー。で、早速聞かせてもらっていいかな?」
いつの間にか手には手帳とペンが握られている。
その様子にミミはつい笑ってしまった。
「フミヤさん、本当に子供みたい」
「そうかなー?」
「まあいいや、話すよ。確かあれは―――」
「お祖母ちゃん! 外に行ってくる!」
「あら、あまり遠くに行っちゃ駄目よ」
「大丈夫ー、家の近くだから!」
バタンと勢いよく閉める少女。
当時10歳のミミである。
外に出た彼女は草の上に座り、赤い花を摘み取って花冠を作り始めた。
「お祖母ちゃん喜ぶかな」
ミミは家族である女性をそう呼んでいる。
外見的には母親なのだが、実はその女性は人間ではなく、いかせのごれに古くから生きる妖怪なのだ。
妖怪は寿命が長い。
その為、女性は彼女に自分の事をそう言うように促したのである。
そしてこの事も教えてくれた。
自分はかつて、この森に捨てられていたのだと。
だがミミは顔も知らない実の親を恨む事は無かった。
彼女は優しい祖母が大好きだったから。
「…よし、出来たー!」
完成した花冠を見て満足げにはしゃぐミミ。
そんな中、木々の間に怪しい人影が二つ。
「…アレか」
「ああ、間違いない。大妖怪の『子供』だ」
「しかしその情報は本当か? どう見ても妖怪には見えんぞ…寧ろ人間じゃないか?」
「馬鹿言え、普通の人間なら妖怪と暮らしてる訳無いだろ。とにかく捕獲に取りかかるぞ」
「ああ」
ニヤリと笑う傍ら、彼らの服の胸元に何かが光った。
HとOを組み合わせた、バッジが。
「今日のご飯はどうしようかしらね…カレーか、炊き込みご飯か……」
一方、ミミの祖母はレシピ本を見ながら夕食の献立に悩んでいた。
「それにしてもあれがもう10歳、か………ふふ、楽しみだなあ」
拾った時を思い出す祖母。
色々大変だったが、その分たくさん笑った。
自分は妖怪で、ミミは人間。
自分より先に死んでしまう時が来る。
悲しくないと言えば嘘になるが、時間が流れていくのが嫌だという訳でも無かった。
彼女がいつか、笑顔で外の世界に出て、色んな人と出会っていく、その時が待ち遠しくて仕方なかった。
―――泣いちゃうかもしれないけど、心から笑って見送りたい。
その時。
「うわぁぁあああん!!」
「!」
「おとなしくしろ!」
外からミミの泣き声と乱暴な言葉が聞こえる。
窓から覗き込むと、黒服の男二人が縄を片手に、孫娘を傷付けていた。
「お祖母ちゃーん!!」
「妖怪が来ると厄介だな、とっとと行くぞ」
「そうだな…ぐわっ!?」
「うおっ!?」
赤い波動が二人を吹き飛ばす。
放ったのは紛れもない祖母だった。
「私の孫に手を出さないで!!」
と、男のバッジに気付くと、怒りの形相を向け、ミミの手を取る。
「こっち来なさいミミ!」
「ひっく…ひっく…」
「…ッ、化物が……死ね!!!」
「!?」
突如現れた氷柱が祖母とミミに向かってきた。
このままではミミも刺されてしまう―――そう直感した祖母は。
彼女を抱き締めるように庇い、氷柱を自らの背に受け止めた。
「お祖母…ちゃん?」
「っく、ゲホッ…」
咳き込んだ途端、倒れ込む。
それを見たミミは一瞬唖然とするが、次には涙を溜め始めた。
「お祖母ちゃん! お祖母ちゃん死んじゃやだよ!」
―――死んじゃやだ、か…。私の言葉なんだけどねえ。
そう思いながらも、体が中々思うように動かない。
すると。
「任務では殺してもいいと言ってたよな?」
「ああ、相手は大妖怪とその子供…そうした方がいいだろう」
「なんですっ…て……」
「もう一発で死にそうだな、よし…」
再び氷柱が現れる。
血だらけの体、泣き叫ぶ孫、憎たらしいあの印をしたバッジと男の笑み。
「…させないわよ、そんな事……ッ!!!!」
ミミを殺させやしない―――その想いが彼女の体を動かした。
「ミミ、伏せて!」
そう言って彼女を抱き締め、耳を覆う。
すると彼女に変化が起こった。
クリーム色をした長い髪は血を連想させる赤色になり、目は白目が赤く瞳孔が黒い輪と、人間としては有り得ない構造になっている。
更に頭から角が伸び、額にギョロリと不気味な眼球が現れた。
これこそ、彼女の大妖怪としての姿だった。
両目の間から波動の様な赤い丸い閃光が走った。
すると男達の足元から腐蝕した手が現れ、二人を地中に引きずり込もうとし出す。
「うわぁぁああッ!?」
「なっなんだァ!!?」
何とか気味の悪い手から逃れようとするが、手は決して二人を離そうとしない。
ついには頭にまで引きずり込まれた。
『ギャァァアアアアーーーーーーーッ!!!!!』
断末魔の叫びが森にこだまする。
やがて静寂が訪れた。
「はぁ…はぁ……」
不気味なその姿は元の姿に戻る。
途端、祖母はまた倒れてしまった。
「お祖母ちゃん…!」
「ミミ、もう大丈夫だよ…怖い人はもういないから…」
「…お祖母、ちゃん、ごめんなさいぃ…」
「あら…何で?」
「だって、外に出なかったら…お祖母ちゃん…」
「あはは、あんたのせいじゃないって…ゲホッゲホッ!」
折角宥めるも、吐血のせいでミミの涙は止まってくれない。
「…ミミ、もうお祖母ちゃん、駄目かもしれない」
「! そんな…そんな!」
「情けない、お祖母ちゃんでごめん、ね……はは、妖怪なのにあんたより、先に、死ぬなん、て、ね……」
言葉が途切れ途切れになっていく。
すると祖母は決心した様に言った。
「ミミ…あんたに、お祖母ちゃんの力あげるわ…」
「え…?」
「私、が、いなくて、も…生きてける、様に…だから…」
「いやだよ! お祖母ちゃんとずっと一緒にいたい!! 一緒にご飯食べたり、勉強教えてもらったり、お風呂入ったり、遊んだり、したいよ…」
「それは私もだよ………」
「…お祖母ちゃん……………」
「……ただ、あんた、はまだ、人間。私みたいな、強い妖怪の力、を、この方法で、受け、取ったら、多分、人間が見えな…く、なる……だから、本当は、したくないけど……もうあんたを、守れないから…」
祖母も涙を流し始めた。
それでも何とか言葉を紡ぐ。
「それでも、いいか、しら…?」
「…………うん。見えなくなっても、きっと寂しくないもん」
「良かった…まあ、逆に妖怪が、見えるよう、に…なるけどさ…」
安心したような声色でそう呟き、ミミの額に触れる。
赤い暖かな光が灯り、しばらくして消えた。
「それと…コレ、も…あげ、る……」
と、首につけていた絹製の金のスカーフをほどき、ミミに手渡した。
「…じゃあ、お祖母ちゃん、さ、き、行くわ……」
「…ふ…ふぇ……」
「なか、ない……あ、たを…みまも、って、あ、げ……から……………ミミ…」
「―――――」
絶命したと同時に吐露された最後の言葉は、風の音に掻き消されてしまった。
だがミミは聞こえたらしく、再び泣き叫んだ。
大きな声で、いつまでも。
「…これで、おしまい」
「まさかお祖母ちゃんが妖怪だったとはねー…ん、ありがと」
「あの、この事は…」
「分かってる分かってる! おれ、聞いた秘密は誰にも言わないからさ!」
「ああ、良かった」
ホッとして笑うミミ。
「……それにしても、その人」
「?」
「本当にメガネちゃんの事大事だったんだね、捨て子だし妖怪なのに」
「ちょ、それは聞き捨てならないよ!」
「はは、ごめんごめん。じゃあねー」
公園から去るフミヤ。
手を振った後、ミミは暫くそこで空を眺めていた。
「……お祖母ちゃん」
目尻から落ちる一筋の涙。
だが顔に悲しみの色は無い。
風で小さく揺れた金のスカーフが、仄かに光った。
大妖怪の祖母と人間の孫娘
最終更新:2012年10月09日 22:02