ズタボロの一日をどうにか切り抜けた琴音とアオイは、精神的疲労を(主にアオイが)抱えつつ、何とか自宅に辿りついていた。
今はちょうど夕食を片付けたところだ。
「今日はお疲れ様、アオイ」
「本当ですわ……」
労いの言葉に対する返事は、明確な不満の表れ。常時ならば「いいえ、お気になさらず」と穏やかに返す彼女が、テーブルに伸びながらぼそり
と呟いた辺り、その疲労が尋常でないことが伺える。
それだけに、さすがにそれは琴音にも見ればわかる。
「ごめんなさいね、迷惑かけて」
「母様のせいではありませんわ。姉様を殺そうとした、あの者の仕業ですもの……」
身を起こしたアオイの、その手が強く握りしめられる。俯き加減の瞳には、怒りと、それを塗りつぶさんほどの憎悪。
「……無茶は駄目よ、アオイ」
「……承知しておりますわ」
静かな母の一言に、込み上げた憎悪を何とか呑み込んだアオイは、一拍をおいてそう返した。
(無理もないわね……)
アオイのスザクに対する思い入れは、通常の其れでは断じてない。
何をするにも、どこへ行くにも、彼女の隣には常にスザクがいた。正確には、スザクの隣に彼女がいた、というべきか。
存在を知って以来、会いたいと願い続け、ついにいかせのごれまで飛んできてしまった。
アオイが姉に対して抱いている感情。それは、世間一般で言うと、
(恋、よねぇ……やっぱり)
その一言に尽きた。トキコに対して異様に嫉妬を燃やしているのがその証拠の一つだ。バレンタインの時もそうだったが、あれは、通常の姉妹のそれでは絶対になかった。ましてや、密かに作っていたチョコレートの文字。
(あれはさすがにマズかったわね、綾歌)
さすがにこれ以上言及するとまずくなりそうな気がして、琴音は思考をそこで打ち切った。あらためて意識を、席を立つ次女に向ける。
今は落ち着いているが、ストラウル跡地で瀕死のスザクを発見した時は、それこそパニックを通り越して泣き喚いていたらしい。
(早く、何とかしてあげないと、ね)
今はまだ、スザクの心に呼びかける方法を模索している段階だ。ゲンブも未だ意識が戻らない以上、直ちにできることは正直言ってない。
あるとするならば、それは二人の娘を守ること。
(それだけは、絶対に折らないわ)
改めて琴音が、そう決意した矢先。
TRRRR、
「あら」
珍しく、自宅据え付けの電話が鳴った。いつもならスザクかアオイの携帯にかかって来るので、実際問題これは非常に珍しい。
もしもし、と受話器を取った琴音が尋ねる一方で、アオイが眉を寄せる。
「……おかしいですわ……公共機関でしたらゲンブさん経由のはずですし、我が家の電話番号を知っている人は、今の所……」
そんな彼女をよそに、琴音の耳に届いたのは、何とも意外過ぎる言葉。
「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」
「……はい?」
予想だにしないフレーズに、思わず頓狂な声を上げる琴音。が、彼女が何か言う前に電話は切れてしまった。
ツー、ツー、と切断音を鳴らす受話器を見つめ、ぱちくり、と目を瞬かせる琴音。
「母様? どちら様ですの?」
「……メリーさん、って言ってたかしら」
答えを聞いたアオイもまた、瞠目する。
「はて? メリーさん、と言えば確か……」
「都市伝説、だったかしら。でも、確かあれって……?」
言う間に、今度はスザクの携帯が着信を告げる。画面を見ると「発信者非通知」となっている。
予想でき過ぎる流れを思い浮かべつつ、琴音は「もしもし?」と応対する。聞こえたのは案の定、
「私、メリーさん。今、郵便局の近くにいるの」
それだけ言うと、またも通話は切れる。普通なら少しばかり動揺するところだが、琴音は驚くでもなく、片手でパタン、と携帯を閉じる。
「アオイ、確かその話って」
「ええ。だんだん場所が近づいてきて、最後には『あなたの後ろにいるの』ですわ。そして、振り向くと殺される、という」
「あらら。戦闘態勢が必要かしら?」
全く緊張感のない二人。通常の人間がこの状況に置かれたならばパニックに陥っただろうが、あいにくここはいかせのごれであり、二人は特殊
能力者。しかも琴音は、こうなる前は日常的に妖怪や都市伝説の化身と接していたのだ。もはやこれでは驚かない。
「まあ、それは家の前に来てから考えると致しましょうか」
アオイがそういうが早いか、今度は家の電話が鳴る。はいはい、と琴音が出ると、
「私、メリーさん。今、橋の上にいるの」
「橋?」
返事は無論なく、即座に通話が切れる。
(セオリー通りならだんだん家に近づいているはず……でも、郵便局まではいいとして、そことうちの間に橋なんてあったかしら?)
通学路を思い返しつつ首を捻る琴音だが、そうこうしている間にまたしても電話が鳴る。
「私、メリーさん。今、大通りにいるの」
「大通り、ね……」
通話が切れたところで、琴音は背後のアオイに呼びかける。
「アオイ、この辺の地図ないかしら」
「地図ですの? それでしたらわたくしが持っておりますわ」
言って、部屋に戻るアオイ。ほどなくして持ってきたのは、地図の印刷された下敷き。
受け取って目を落とした琴音は、「……変ね」と呟く。
「ゴミ捨て場がどこかはわからないけど、郵便局⇒橋⇒大通りとなると、うちへのルートから微妙にズレてるわ……」
言う間に5度目の着信。今度はアオイが出てみる。
「私、メリーさん。今、学校の前にいるの」
言うだけ言ってまたも通話が切れる。受話器を持ったまま振り返り、アオイは母に「学校の前、だそうですわ」と伝える。
言われた琴音は、ますます眉を寄せて考え込む。
「学校ってことは、十中八九いかせのごれ高校よね……どうなってるの? 明らかにうちには向かってないわよ」
「都市伝説では、確かに少しずつ家に近づいてくる、となっておりましたが……」
親子で言い交している間に、6回目の着信。顔を見合わせた後、アオイが口を開く。
「……都市伝説を信じるならば、今回か、次辺りで家の前に来るはずですわ」
言って、今度は携帯を開いて繋ぐ。聞こえてきた内容は予想通り、
「私、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの」
だった。通話が切れた後、アオイは振り返って、
「……来ましたわ」
と神妙な面持ちで告げた。琴音は無言でうなずき、幻龍剣を伸ばして臨戦態勢に入る。アオイもそれに倣いつつ、両目の異能を起動する。
そして、意を決して玄関の扉を開く。琴音は壁に背を預け、アオイの背後を警戒する。
都市伝説の通り、そこには誰もいない。そして、7回目の着信がスザクの携帯に入る。
「…………」
ゆっくりと通話を繋ぎ、琴音は尋ねる。
「もしもし?」
「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
都市伝説ではここで終わっているがこれは現実だ。弾かれるように飛びのいた琴音は、その場で一回転して幻龍剣で薙ぎ払った。
が、全く手ごたえがない。アオイの方を見るが、彼女に何か起きた様子もなく、ひたすら首を傾げている。
「…………あら?」
ここに来てようやく、琴音はどこにも「メリーさん」がいないことに気付いた。アオイも怪訝な面持ちだ。
「……いません、わね」
「どうなってるのかしら? 電話自体はうちにかかって来てたのに……」
揃って首を傾げていると、8回目のベルが鳴る。顔を見合わせ、琴音が受話器を取って見る。
「私、メリーさん。ちょっと間違えちゃったけど、あなたの家の前にいるの」
「……いませんわよ?」
聞き耳を立てていたアオイは、開けっ放しの玄関から外を見ていたのだが、誰かが来た様子はない。
だが、それが電話の向こうに聞こえたのか、「え?」と呆気にとられたような声が帰り、直後に通話が切れた。
と思うと、1分ほどしてまたまたまたまた電話がかかって来た。
「はぁ……」
いい加減うんざりした気分になりつつ、琴音が出る。玄関に目を向けつつ、耳を澄ます。
「私、メリーさん。今、あなたの家の」
「前には誰もいないわよ?」
言い切る前に否定。琴音の見る先には、夜の闇に閉ざされた通りと、街灯の明かりがあるだけで、誰もいない。
電話の向こうの「メリーさん」は驚愕の気配を残して通話を切ってしまい、それ以上の会話は出来なかった。
「……いったいどこにいるのかしらね、あの子は」
ここまで来ると、警戒を通り越して心配になってくる。命を狙って来る相手なのに、いいのだろうか、とも思うが。
しかし、それからぱったりと電話が止み、待てども待てどもかかってくることはなかった。
次の電話がかかって来たのは、二人が風呂から上がって就寝準備に入った頃。
「……何でこんな時間に」
「向こうは一種の物の怪ですもの、夜がゴールデンタイムですわ」
眠い目をこすりつつ、琴音が電話に応じ、「もしもし?」と呼びかける。が、今度は様子がおかしい。
「私、メリーさん。…………」
「……?」
今どこにいるか、というフレーズが続かない。しかも耳を澄ませてよく聞いて見ると、何やらしゃくり上げているような声が聞こえる。
(…………まさか?)
あり得ない、と思いつつ、琴音は向こうのアクションを待つ。しばらくして聞こえて来たのは、
「道がわかんないよぅ……迎えに来てぇ……」
冗談抜きでひっくり返った。都市伝説のメリーさんと言えば、少しずつ近づくことで恐怖を与える存在だ。
それが道に迷った挙句泣きついて来るとは、どういうことか。
「……とりあえず、話くらいは聞かせてもらうけど、いい?」
「わかったよぅ、わかったから、早くぅ……」
「はいはい。で、どこにいるのかしら?」
「今、ストラウル跡地にいるの……」
今度は呆れるのを通り越して脱力した。本当に何でもアリだ、あの場所は。
(サイキックマスター、だったかしら……本当に面倒なものを残してくれたわね)
思いつつ、着かけていたパジャマを脱ぎ捨て、とりあえず制服に戻る。
「母様? どちらへ行かれますの?」
「……道がわかんないって泣いてるから、迎えに行って来るわ。正直、このままほっとくと後々面倒なのよ、経験上」
迷子の迷子の
(メリーさん)
(……ホントにいいのか、そんなんで)
最終更新:2012年11月07日 20:10