その日、
クロウはとある公園にいた。
立て込んでいた調査を片付けていたのと、もう一つは単に考えることがあったからだ。
それは、
(
ノルンとノア……いい加減、何とかせねばならんが)
優先事項が山ほどあって延び延びになっている、あの兄弟の処理である。居場所も能力も掴んでいる、戦えば勝つことは出来る。しかし、実行に移す最良のタイミングがどうにもつかめない。何度か見計らっては攻撃を試みたが、その都度機を逸している。
(さて、どうするのが最善か)
あの二人に思う所がないわけではない。だが、宣戦布告の時に言った通り、それは何の関係もない。ただ、離反者を処理する。その任務を確実にこなすことが、重要だった。
ベンチに座り込んで一人思考の海に没頭するクロウに、話しかける者がいた。
「よう、何してんだ」
「……お前か」
目だけで振り返ったそこに立っていたのは、二十代ほどの青年。表情が薄く、どこか眠たげな印象を持った男。
その男に、クロウは言う。
「色々と考えることがある。それよりもカザマ、お前は何をしている」
カザマと呼ばれた男は「俺か」と抑揚に乏しい声で言う。
「まあ、色々だ」
このカザマと言う男は、人間ではない。人外の一つである鴉天狗だ。クロウが家庭崩壊の影響で放浪していたころに知り合い、以来何かとこうして顔を合わせる機会が増えた。遠慮のない性格でトラブルを呼ぶことも多々あるが、元々過度の干渉を嫌うクロウはその辺りの被害をこうむったことは一度もない。
彼が普段何をしているかと言うと、実はわからない。どこにいて、何をしているのかが決まっていない、風のような男である。
そしてカザマには、もう一つ特筆すべき事項がある。それは、
「それより、だ」
微妙に声の調子が変わる。それを聞き逃さなかったクロウは、顔ごとそちらへ向き直って続きを促す。
「何だ」
「こないだ言った二つの流れだがな……あれの詳細がわかったぞ」
「ふむ?」
カザマの能力。それは、物事の流れを見るというものだ。特に時間や世界など、明確な実体を持たないものに対して強く働く。
それがどのように見えるか、それがどれほど理解できるかは本人のみぞ知る。
彼が今言っているのは、以前クロウに伝えた、「いかせのごれが、二つの大きな流れにわかれている」というものだった。だが、今度はその詳細が理解できたという。内容によっては大きく動くか、と内心警戒しつつ、クロウはその内容に耳を傾ける。
「いや、な。俺自身、こいつを見たときは何のことかわからなかった。だが、やっと理解できた」
「つまり、なんだ」
「つまり、だ」
「前に言った二つの流れ……それとは別に、もう一つの流れを見つけたんだよ」
唐突に言及された「第三の流れ」。その意味するところに思い至らず、怪訝そうな顔をするクロウに、カザマはさらに言葉を重ねる。
「龍と虎、鳳凰を擁する第一の流れ……そして、多くの歪みを擁する第二の流れ。第三の流れは、どちらかっていうと第一の流れに近い……や、ほとんど同じだったな」
「わからんな。ならば、同じことではないか?」
「違うな。流れが分かたれているってことは、明確な違いがあるはずなんだよ」
そして、鴉天狗は言う。
「よーく見てみたらな、第一の流れと第三の流れは……簡単に言うと、事象のズレが見えた」
「事象のズレだと?」
「おう。たとえば、第三の流れにおいて、特異点が混乱に飲み込まれている。だが、第一の流れにおいてはそんなことはない。これだけでもずいぶん違うだろう」
確かにそうだ。特異点―――クロウも非常勤として潜入しているあの高校は、異様なほど多くの能力者が、教師・生徒・関係者問わず集まる傾向がある。それがないとあるとでは、たしかにだいぶ違うだろう。
「第一の流れ・第二の流れと、第三の流れは、源流を辿れば一点に収束してる。しかし、それが途中で第一と第三に分かれ、第一の方からさらに第二が分岐している」
「……交わることのない可能性、というわけか?」
そういうことになるのかね、と首を傾げつつも言うカザマ。彼もここまでしか理解できていないのだろう。
そんな彼をよそに、クロウは一人黙考する。
(確かに……俺もここ最近は総帥の姿を見ていない。ルーツに言った通り、やはり歩く道が分かたれているのだろう。だが、総帥の行く道とほぼ同一の流れというのは、どういうことだ? 俺達に別の可能性があったというのか?)
思い起こされるのは、いかせのごれ高校で潜入任務に就いていた「
コヨリ」。どういう経緯かは知らないが、彼女は既にこの世にいない。ふと思い至り、彼女が連絡を絶った時期をカザマに伝え、その辺りを比較するよう頼む。
困惑しながらもその通りにしたカザマは、「これがどうしたんだ」とまたも首を傾げる。
「その時期、いかせのごれ高校は、第三の流れではどうなっている?」
「ふう、む……その辺りに渦みたいなもんが見えるな。こっちはそんなことないんだが」
やはり、と心中で得心する。
(カギとなるのは俺達の存在か……恐らく、何もなければ第三の流れがそのまま主導権を握ったのだろうが、俺達という存在がいくつもの歪みを生み、それが流れを二つに分け、さらに世界が安定を求めて分岐した片方をさらに分けた……そういうことだろうか)
このいかせのごれ自体が、パラレルワールドに近いもう一つの流れと並行している、ということだ。つまりクロウの認識で行くと、
- 第一の流れ(ホウオウとケイイチ達が戦っている流れ)
- 第二の流れ(クロウ達が主に関わる流れ)
- 第三の流れ(本来主導のはずだった流れ)
となる。第一・第二と第三が、いわゆるパラレルの関係にあるのだろう。ただ、カザマの主観をクロウが整頓しただけなので、これが正解である可能性は実は不確定なのだが。
「納得したか? 俺はそろそろ行くが」
「ああ、世話になった」
一通りの情報を得たところでカザマと別れたクロウだったが、公園を出ようとしたところで「ん?」と怪訝な声を出したカザマに振り返る。
「どうした?」
「いや……こっちの流れに、何やら揺れみたいなものが見えたんだが。たった今だな」
(揺れ?)
カザマの見る流れは、つまり世界の流れがほとんど。そこに渦や揺れがあるという事は、なにがしかの大きな出来事が起きているということだ。現状、そこで何が思い当たる?
(……一度支部に戻るか。その後――――)
思いかけて、
「む」
突然携帯が鳴った。画面を見て発信者を確認し、通話に出る。
(何かあったのか?)
鴉と鴉天狗
(彼の許に入った連絡とは―――)
最終更新:2012年11月15日 19:43