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人の心は多面体(トラペゾヘドロン)

 人の心は多面体(トラペゾヘドロン)

「――え?」

 ベガ達との戦いを終え、状況確認の為に閉鎖区画のブリーフィングルームへ戻ろうとした時、

 「それ」は、現れた。

「嘘……」

 アッシュに抱き抱えられたサヨリが、思わず声を漏らした。その瞳は、驚愕と畏怖から震えている。

「ホウオウ……様……」

 目の前に立つ、漆黒のスーツの長身の男。まるで闇を纏っているかのようなプレッシャーに、アッシュも思わず息を呑む。

(これが絶対者、ホウオウ……! なるほど、絶対を自称するだけの事はある! こうして立っているだけで、凄い迫力だ……!)

 まずい、とアッシュは思った。ちら、と彼は思わず背後のスイネに視線を向ける。彼女がここにいると言う事実は、グループ内では隠している事で、ホウオウにさえも知らせていない事だったのだ。

「……ファスネイ・アイズ」
「その名前で呼ぶの、止めて貰えないかしら?」

 ホウオウの言葉に、スイネが不快感を露わにした。二人の関係を知らないアッシュは、思わずスイネとホウオウを交互に見比べる。

「いい機会だ。戻って来い、私の下へ」
「嫌だ、と言ったら……? 力付くでも来させるのかしら?」
「…………」

 ホウオウは答えない。ただ、アッシュ達の方に彼は近付いて来た。

(っ、どうする!?)

 相手は、自分達の組織のトップだ。迂闊な真似は出来ない。このまま、黙って事の成り行きを見守っているのが妥当か。そう思って、アッシュが動かずにいると、

「……何だ?」

 ホウオウが訝しげな表情をする。スイネと彼の間に割って入るように、ミツが出てきたのだ。

「ちょ、ミツくん!?」
「み、ミツさん、何をやってるんですか!?」

 突然のミツの行動に、アッシュもサヨリも同様を隠せない。そんな二人を尻目に、ミツはじっとホウオウを見つめている。

「……ホウオウ様、彼女は私達千年王国が招いた「客人」です。その上怪我もされていて、現在治療中の身……これ以上は、いくら総帥とは言え無礼だと私は思うのですが」
「……無礼、か。総帥と知っていながら意義を申し立てる、お前はどうなのだ?」
「総帥だからと言って、何もかも許される訳ではないでしょう」

 ホウオウの威圧を前にして、しかしミツが怯む様子は無い。二人は怖気付いて動けず、サヨリに至っては今にも泣きだしそうな表情でミツとホウオウを交互に見ている。

 ホウオウとミツは、しばらく睨みあうように互いの視線を交差させていたが、やがてホウオウの方が動いた。彼はミツの頭に向かって手を伸ばし――

「――やめろッ!」

 その時、廊下中に響き渡る声が上がった。そちらの方へと全員が視線を向ける。

「じ、ジングウさん……」

 彼の出現に、サヨリが安心したような声を出した。ジングウはホウオウの傍まで歩み寄ると、ミツに向かって伸ばした手を掴む。

「……総帥、私の部下がした事については謝罪致します、申し訳ありませんでした……ですが、総帥の行動も、いささか軽はずみかと」
「軽はずみ、だと? お前はどうなのだ、ジングウ? 私に黙って、ファスネイ・アイズを匿っていた事は?」
「……それは極秘裏に、彼女を治療する為です。ホウオウグループ内でアースセイバーの戦士を治療していたなど、とても公には出来ませんので」
「何故、ファスネイの治療を行った?」
「――それはてめぇの胸に聞けよ、ホウオウ」

 素の表情を見せたジングウに、サヨリがおろおろしている。いくら常に大胆不敵とは言え、相手はホウオウグループの総帥だ。首が飛ぶだけならともかく、命を取られたとしても文句は言えない。

 今度は、ジングウとホウオウが睨み合う。

「――……ふん、まぁ、いい」

 言って、ホウオウが踵を返した。その背中が見えなくなったところで、ジングウが大きく息を吐いた。見れば、顔中に冷や汗が浮かんでいる。

「はぁ…………! ……こ、今回ばかりは肝が冷えました……!」
「も、もう! ジングウさん、無茶しないで下さいよ!」
「って言うか、ミツくんもミツくんだよ! ホウオウ相手に何考えてるんだよ、君は!?」
「……まぁ、いいじゃないですか」

 責める二人を尻目に、ジングウは結果オーライの姿勢を崩さない。それから彼は、スイネに近付いた。

「スイネさん、主治医として言わせて頂きますが……貴女は後、一週間ほどで元通りの身体になります」
「……逆に言えば、後一週間はここにいないといけない、と言う事ね」
「ええ。後はもう、自然治癒に任せても治るレベルにまで回復しているんですけどね……どうします? 私は、強制しませんよ」

 ジングウは問う。それに対して、スイネは首を縦に振った。

「やるなら、完全に治したいわ……お願い」
「……そうですか、分かりました。それから、もう一つ」

 そう言うと、ジングウはスイネに向かって手を伸ばした。一体何をするのかと周りが見守る中彼は――スイネの胸元を、思いっきり肌蹴させた。

「な、な……!?」

 サヨリは驚いて固まってしまっている。アッシュもミツも、同様だ。スイネも驚き、目を見開いたまま固まっている。

 露わになったスイネの胸元。女性らしい豊かな膨らみと、白い肌が服の間から覗いている――HとOを組み合わせた、独特の形をした焼印も。それは痛々しく、まるでスイネを汚すように刻まれている。その印を目にした瞬間、ジングウの表情が歪んだ。

「……初めにも聞きました。そして、今だからもう一度聞かせて頂きます。この印、本当にこのままで良いんですね?」

 ジングウの行動の意味を悟ったらしい。スイネは頷いた。

「……何時までも、あんな男の呪縛を残す必要は――」
「……呪縛じゃないわ」

 ジングウの言葉を遮り、スイネが言う。彼女は、自分の胸に刻まれた印にそっと触れた。

「これは戒め……私がかつてホウオウグループだった証で、そこで罪を重ねた証……周りがどんなに許してくれたって、その事実は変わらない。だから私は、これをあえて残すの」
「……そう、ですか」

 ジングウはため息をつくと、スイネの胸元を元に戻した。

「分かりました。それでは――」
「何が分かりましたですかーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「ぐほっ!?」

 スパーン、と心地良い音が鳴った。サヨリが顔面真っ赤で、ジングウの頭をスリッパではっ倒した音だ。

「さ、サヨリさん、突然何を……」
「何をするって、こっちのセリフですよ! 貴方、スイネさんに何やってんですかーーーーーーー!!」
「な、何って、患者の意思確認を……」
「その為に服脱がす必要あるんですかーーーーーーーーー!!」

 バシバシと、サヨリらしからぬ暴力が揮われる。そんな二人の様子をアッシュは「あーあ」と見つめるばかりで、助ける気はこれっぽっちも無いらしい。

「……まぁ、僕らも眼福だったって事で?」
「……ミツはイマイチ、そのガンプクと言うのがよく分からないのですが」
「……いや、ミツくんは一生知らなくていいよ」

 さて脱がされた本人は、とアッシュが視線を向けると――意外にも、スイネは口元に手を当てて小さく笑っているところだった。

「どうかしたの?」
「ふふ……あれがジングウだって言うから、何だか可笑しくて」
「確かに。とても二十歳のいい大人には見えないよねぇ?」

 ジングウの外見は、死亡した時と同じ状態で再生されている為、十四歳並みの体躯しかない。スリッパでサヨリに叩き回される姿はまるで、姉弟喧嘩する姉と弟のようだ。

「ねぇ、ジングウって本当に悪い人なの?」
「悪い人だよ、すっごく」
「あんな事してるのに?」
「あんな事してるのに」
「……何だか、分からないものね」
「そんなモノだと思うよ、人間ってさ。色んな顔をしてるんだよ。やっぱりその辺は、一緒にいてみないと分からないんじゃないかな」

 そう語るアッシュの様子は慣れたもので、ジングウとサヨリの成り行きを見守っている。彼の言う通り「慣れて」いないせいなのだろう。目の前のジングウと、シスイ達が戦っている大悪人ジングウがイマイチ結びつかない。

「……そうね。きっと、そう。人間って、やっぱり複雑な生き物なのね」

 これが、自分にとって倒すべき敵だと言う事を感じながら、スイネは呟いた。

 

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最終更新:2012年11月20日 16:22