「見えた……」
遠くに見えてきた巨大な建物を目にして、スイネは思わず漏らした。彼女が見ているのは、ウスワイヤの施設だ。
「それでは、ミツはここで」
「ええ、ありがとう」
振り返り、ここまで付いて来てくれた従者に例を言う。ミツは「いえ」と言うと、柔らかく微笑んだ。
(……気のせい、かしら)
会った時はまだ、人間味に乏しい様子だった「彼」。しかし今は、控えめだが、こんな風に笑ったりして見せる。
千年王国で、スイネはミツの素性を聞いた。「彼」が普通に生まれた生命ではなく、人工的に生み出された合成人間だと言う事を。
「人形」から「人間」へ。少しずつ、「彼」は成長している。
「それではスイネさん、これからもおそらくベガは貴女を狙ってくると思います……くれぐれも、ご自愛を」
「それは貴方もよ、ミツ」
「そうですね……では、お互いに気を付けましょうか」
その言葉を聞いて、スイネがため息をついた。彼女の様子に、ミツは首を傾げる。
「どうしました?」
「どうしたって……ミツ、貴方自分がどう言う立場か分かっているの……?」
「?」
スイネの言っている意味が分からないのか、ミツは更に首を傾げる。再びスイネはため息をついた。
「私は、アースセイバー。貴方は、ホウオウグループ……私と貴方は敵同士」
そう言うと、スイネは能力を行使した。鎖を具現化させ、飛ばす。鎖は、ミツの首に巻き付いた。
「いずれ、こんな風に戦う日が来るわ……必要以上に慣れ合うのは、お互い為にならないと思う」
それは、スイネからミツへの決別の言葉だった。わざわざ鎖まで使ったのは、その意思をより強くミツに見せる為だろう。自分はお前にとっての敵なのだぞと、分かりやすくする為に。
いつ絞殺されてもおかしくない状態で、ミツは、
「嫌です」
きっぱりと、その決別を拒否した。
「そんなの、ミツは嫌です」
「嫌って……貴方、自分が何を言っているのか分かってるの?」
「分かっています。分かった上で言わせて頂きます……ミツはそんなの嫌です」
「嫌って、そんな、子供みたいに……」
いくら精神が常人より幼いとは言え、ここまで「彼」は幼稚ではなかった筈だ。ミツの反応に、スイネは戸惑う。
「ミツは、スイネさんが好きです。スイネさんと敵になるなんて、そんなの嫌です」
「でも、貴方はホウオウグループで、私はアースセイバーなのよ! どうしたって、敵になるしかないじゃない!」
「……ミツは、嫌です……スイネさんは、ミツの事が嫌いですか?」
「それはっ……!」
スイネは、言葉に詰まった。
好きか嫌いか、で言えば、嫌いじゃない、と答えたところか。その出生故か、何を考えているのか捉え辛いものの、ホウオウグループとは思えないような純真さには、正直好感すら覚える。こんな性格で、何故ジングウの下にいるのか分からない位だ。
本音を言ってしまえば――
「敵になんか……なりたい訳、ないじゃない!」
敵になりたくない。だけど、自分達は敵対する組織に所属している。だったら遠からず自分達は戦い合うしかない。そうなってしまう事が分かっているから、あえて自分から決別しようとしたのに。
「だったら、敵になる必要は無いじゃないですか」
それなのに、あっさりとミツ(あなた)は微笑う。無邪気で、無垢で、純真な眼差しを向ける。
「なりたくないなら、ならなければいい。博士はそういつも言ってます」
「ならなければいいって……ジングウ、貴方にそんな事教えてるの?」
「はい」
「はいって……裏切りとか考えてないの、あの男……」
「……博士は、その気になったら裏切っても構わないと言っています」
「え……」
ミツの言葉が信じられない様に、スイネは「彼」を見た。
「ホウオウグループはともかくとして、千年王国は、博士はそう言うスタンスでやっています」
――裏切りに怯えるようでは駄目だ。裏切られても尚、それを打ち破って前に進む位でなければ、神を超えるなど笑い草だ――
「だからミツ、その気になったら博士を裏切っちゃいます」
「随分あっさりと言い切っちゃうのね……いいの、その……恩、とか?」
「もちろん、感じてない訳じゃないです……でも、博士なら言うでしょうね。『そんなものに引き摺られていたくもない場所に居る位なら、とっとと切り捨ててしまえ』と」
「無茶苦茶だわ……」
無茶苦茶だが……いっそ清々しくすらある。こんな無茶苦茶で清々しい思考に育てられたからこそ、「彼」もまたこんなにも無茶苦茶で清々しい事を言ってのけるのだ。
「何だか、憂鬱になってた自分が馬鹿みたい……」
自嘲する様に、スイネは笑った。
「?」
「何でもないわ、ミツ……ところで貴方、その気になれば裏切っちゃうって言ってたけど、」
「はい」
「だったら……今、私と一緒にウスワイヤへ行く?」
悪戯っぽく笑いながら、スイネが手を差し出す。今度はミツが苦笑いを浮かべた。
「今はまだ……ミツにとって、あそこが居心地いいので」
「そう……残念ね」
スイネは手を下した。
「それでは……元気で」
「ええ」
二人はそろって背中を向け合う。
一人はアースセイバーで、一人はホウオウグループ。
二人の道は交わらない。
だけど――
「――ただいま」
<スイネ、帰還>
(行先は違っていても、心は近くにあると信じてみたかった)