ベガ一行、そして無々世一派の襲来から、数日が経った。
「……………」
ホウオウグループ施設内の廊下を、小さな黒い影が素早く駆けて行く。
大量の包帯を大事そうに抱え、俯き加減に走っていく。
もちろん、その状態で満足に前を確認できるはずもなく、
「きゃっ」
「あ、うわっ」
閉鎖区画の廊下で、曲がってきた人影と派手に衝突した。
「…ご、ごめんなさい!」
「う、ううん……僕も、前、見てなかったから……」
目の前にいたのは、橙色のロール髪と、レースとフリルがあしらわれた桃色の服。
ドグマシックスズの一人、ブランだった。
「あ、えっと……花丸さん?」
「!!………」
向けられる視線に気づいたのか、花丸は咄嗟に外套のフードを目深に被る。
「……ごめんなさい、ブランさん。僕、急いでるので…」
「あ、は、はい……」
すれ違いざまにもう一度、ごめんなさい、と小声で言い、逃げるように走り去った。
「はあ、はあ………」
そのまま全力で走り続け、閉鎖区域の温室区に入ると、壁に背中を預けて倒れそうになるのを堪える。
2、3回深呼吸をして乱れた息を整えると、奥へと歩き出した。
奥では、先の戦闘で大怪我をしたフェンリルが寝そべっていた。
足には包帯が巻かれ、その他にも傷を負った部位には治療が施されている。
フェンリルを見つめ、花丸は外套のフードを外した。いつも身に付けているゴーグルはなく、薄灰色の瞳が揺れる。
ゴーグルは戦闘で破損してしまったため、現在修理に出している。他者の視線を恐れる花丸は、ここ最近フードで顔を隠して生活している。
彼がこうして顔を出す事ができるのは、温室で生活する友人―危険生物達の前だけだった。
「……フェンくん。包帯、替えよう?」
花丸の呼びかけに、フェンリルは一声唸って答えた。
「……………」
巻かれていた包帯を解くと、傷薬を塗り直し、新しい包帯を丁寧に巻いていく。
昔からやっていたのだろうか、慣れた手つきだ。
その作業を行っている花丸も、服の袖口から見える腕には包帯が巻きつけられている。
「………フェンくん」
包帯をフェンリルの足に巻きながら、花丸はぽつ、と言葉をこぼした。
「デルくん、死んじゃったって………頭にあった中枢が壊れちゃったから、もう直せないんだ……」
フェンリルは、何も言わない。ただ、大人しく手当てを受けている。
「………また、造らない、と………」
花丸の手が、止まった。
唇を噛み締め、涙を堪えている。
「兵器」としての「デルバイツァロスト」は、また新しく造れば何も問題は無い。
しかし、それは一からの創造になる。経験などはまっさらだ、何も覚えてはいない。
「友人」として長く一緒にいた、あの「デルくん」は、二度と戻っては来ない。
その事実が、言葉として発したことによって、花丸に重く圧し掛かった。
「…………………ごめんね…」
しばらくの沈黙の後、絞り出すようにして呟いた。
包帯が巻かれた傷口を、そっと撫でる。
「僕が……あの時、無茶な命令をしていなければ……僕が、君たちを守れるくらいに強ければ……」
堪えきれなくなった涙が、溢れて落ちる。
「フェンくん、こんな怪我、しなくて済んだのに………。デルくんが、死ぬことも、なかったのに………!」
一度決壊した涙腺は、涙を止める術を持たず、次から次へと溢れて流れていく。
慰めるように鼻をすり寄せたフェンリルに、耐え切れなくなったように縋りつく。
「ごめんね、フェンくん………ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
肩を震わせながら、嗚咽を漏らす。
そんな花丸に、フェンリルは静かに寄り添っていた。
「……………僕、強くなるよ、フェンくん…」
フェンリルの首筋に顔を埋めたまま、花丸が呟く。
また涙に震えてはいるものの、その声にははっきりとした決意が窺える。
「約束する…。絶対、強くなる…。君たちを守れるくらい……デルくんみたいな子を、もう出さないために……」
フェンリルを抱きしめる手が、少し力強くなった。
獣帝の慟哭、決意
「……あれ、花丸ちゃん?鼻が赤いけど…」
「…アレルギー、です…」
「………ふーん、そう」