ザ・スクール・ライフ ~銀角のいる風景~
※しらにゅいさんより「朱鷺子」、スゴロクさんより「火波琴音」をお借りいたしました!
現在時刻、七時半。
始業のベルまでまだ時間の余裕はある。ましてや、バイクで通学となれば尚更の事。
にも関わらず、朝っぱらから爆走する二台の単車があった。
一台は都シスイの。そして、もう一台は――
「――くっ、アッシュ!」
「おっとっと。遅いよ、兄さん?」
シスイより一つ分前に出るようにして、アッシュがバイクを走らせている。シスイも負けじと加速するが、アッシュとの距離はなかなか詰まらない。
「野郎……!」
「遅い遅い。どうせ兄さんの事だから、バイクなんて足代わり程度にしか考えてないんでしょうー?」
「ぐ……」
「その反応は、当たりだね」
朝も早くから繰り広げられるバイクレース。一体どうしてこんな事になったかと言えば、シスイが何時も通りバイクで学校へ行こうとすると、アッシュが待ち伏せしていたのだ。
『アッシュ……!?』
『やぁ、兄さん……どう? 競争しない?』
『何……?』
『能力対決では僕の負けだったけど……果たして、バイクの運転技術で僕に勝てるかな?』
『……馬鹿馬鹿しい』
『……負けるのが怖いのかい、兄さん?』
『――吠え面を見せる事になるぞ、アッシュ?』
『それはこっちの言葉だ、兄さん』
売り言葉に買い言葉。普段温厚なシスイも、どうしてかアッシュにだけは熱くなってしまう。
そして現在に至る。
「くっそ、速い……!」
内心、シスイはアッシュの運転技術に舌を巻いていた。加速の操り方から体重移動まで素人のそれではない。一流のレーサーと比べて遜色無いのではないだろうか、それ程のテクニックだ。シスイも食い下がるが、それでも二人の実力差は大きい。
二つのバイクが駆け抜ける。朝も早くから、周辺住民への配慮も無く。
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」
――・――・――
「で、一角君負けちゃったんだ?」
「うるせぇ」
休み時間、机の上に突っ伏しているシスイをトキコが突いている。アッシュに負けたのがよほど悔しいらしい。
「もー、みっともないなー。あんなパチモンに負けるなんて」
「うぅ……」
責めるトキコに、シスイは何も言い返せない。敗北は敗北だ。言い訳しないのが都主義。
「……ところで、一角君?」
「何だ?」
「一角君……このクラスと一角君の故郷、後、その……私にもう手を出すな、って言ってくれるたんだよね?」
「うん」
「……じゃあ、何でパチモンはまだ、このクラスにいるの?」
トキコが頬を引き攣らせつつ視線を向ける先には、クラスメイト達と談笑するAS2こと、アッシュの姿が。彼はまるで、何事も無かったかのようにそこに存在していた。
「それなんだけどさ。あいつ、何て言ったと思う? 『僕、兄さんとそんな約束した覚えないけど』だと」
「…………」
「あいつの厚顔振りもいっそ清々しいよな……ってトキコ、ちょっと待て。お前、腕振り回しながらどこへ行くつもりだ」
「何って決まってるでしょ……パチモンの首、引っこ抜いてくるんだよ……」
「落ち着け! こんな白昼堂々からやらかす阿呆がどこにいる!」
「うぅ~! 一角君離して~! あいつ、殺せないー!」
「殺すな、殺すな!」
アッシュを殴りに行こうとするトキコと、それを後ろから羽交い絞めにして止めるシスイ。ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人の姿を眺めがら、「何をやってるのかしら……」と琴音が不思議そうな顔で見つめていた。
――・――・――
「はい、朱鷺子ちゃん、あーん」
「…………」
昼休み、屋上。
シスイがここで昼食を取るのは慣例である。そして、それを目当てにコバンザメよろしくトキコがくっついてくるのも何時もの事。
何時もなら、この時間はシスイにとって安息の時間であり、トキコにとってはうまい飯にありつけるお楽しみの時間だ。
そう、何時もなら、和やかな時間が――
「…………」
「もう、照れちゃってるのかな? そんな君も可愛いけど」
「…………」
「はい、あーん」
和やかな……あれ?
「……琴音さん?」
「はい、なんでしょう?」
「この、独特の、嫌にピリピリした空気感、なんて言うんでしたっけ?」
「これは……トキコさん、照れてるのかしら?」
「いや待って!? あれ、どっかからどう見ても不機嫌ですよ!?」
不機嫌さMAXの能面トキコにこそ遠く及ばないが、それでもトキコが全身から滲み出る不機嫌オーラは凄まじ過ぎる。遠目に見るシスイであるが、空間が歪んでいるのではないかと錯覚してしまった位だ。
「……パチモン。私、一角君のご飯食べたいんだけど」
「僕のでもいいじゃない。むしろ、僕の方がおいしいよ、絶対」
トキコの横に張り付き、箸でつまんだおかずを差し出すアッシュ……傍目に見ればいちゃついているように見えるが、これがそんな甘酸っぱい空気などではない事をシスイは理解している。
「まぁまぁ。そう邪険にしないで。ほら、まずは一口」
あくまでニコニコと人懐っこい笑顔を崩さないアッシュ。そんな彼に根負けするように、トキコは(不承不承と言った様子で)差し出されたおかずを口に運んだ。事の成り行きを見守るべく、その動き一つ一つをシスイは注視している。
数回の咀嚼の後、呑み込む。そうしたトキコの表情は、驚いているようだった。
「……美味しい」
「でしょう?」
「一角君より美味しいって言うのは言い過ぎだけど、同じ位美味しい……やるわね、パチモンの癖に」
「えへへ……」
トキコに罵られるアッシュであるが、彼がそんな事を気にした様子は無い。むしろその表情は、素直な喜びを表している。それがまるで、彼の素の表情であるかのようにシスイには見えた。
「……何だ、普通に笑えるんじゃねぇか」
そう。素直に笑うその姿は、銀色の麒麟でも、千年王国の双角獣でもなく、年相応の、一人の高校生に見えた。
――・――・――
「とーきこちゃーん?」
放課後、トキコが下駄箱で靴を履いていると、どこからともなくアッシュが現れた。
「一緒に帰ろ?」
「イヤ」
「何でさ~、いいじゃん別に。乗せてくよ?」
「嫌なものは嫌」
「……兄さんとは二人乗りしたくせにさぁ……」
声のトーンが変わり、トキコはハッとなってアッシュの方を見た。しかしアッシュの表情は彼女が予想したようなものではなく――むしろ、寂しそうな表情をしていた。
「……何でそんな事、知ってるの?」
「知ってるよ、知ってるとも。当然さ、当然だとも――僕の大好きな、君の事だから」
真っ直ぐに、アッシュはトキコを見つめてくる。その視線に耐えられなくなったように、トキコは顔を背けた。
「……私、好きな人いるんだけど」
「火波スザクか……何? トキコちゃん、百合趣味?」
「……好きな人を好きって言って、何が悪いのよ」
「いいや、何も悪くないさ」
言って、アッシュはトキコの方に近付いて来た。言い知れぬプレッシャーに、トキコは後ずさる。
「何よ……」
「でもさ、その君の大好きな火波スザクは、今精神が眠っている……心が眠って、別人になっている」
「! 何で、アンタが知ってるの!?」
「……分かるよ。少なくとも、あの火波スザクが、それまでの火波スザクと別人である事ぐらい」
アッシュが更に近付く。トキコは彼から離れようとしたが、彼女の顔のすぐ横にアッシュが手をついて逃げ場を塞ぐ。トキコは背中を下駄箱に押し付けた状態で、正面からアッシュに見つめられる形になった。
「……ちょっと、離れなさいよ……」
「……心の深層部に眠っている火波スザクの本体人格……それが目覚めるまで、一体どれ位かかるだろうね」
「…………」
「その間に――君の心を奪う位、造作も無い」
アッシュの左手がトキコの頬に触れ、それから髪に触れる。嫌いな相手なのに、そんな相手にされているのに――トキコは背筋が、ゾクゾクするのを感じた。
「ちょ……止め……」
「…………」
「う……」
「何だったら、手始めに唇でも貰ってこうかな」
顎に触られ、ぐいとトキコは上を向けられる。強引にでもないのに、トキコはその動きに逆らう事が出来ない。
アッシュとトキコ。顔が近い。体温と体温が伝わり合いそうな程の距離。二人の吐息がぶつかり合い、絡まり合う。
そして――
「――なんちゃって」
べ、と舌を出すと、アッシュはトキコから身体を放した。突然の事に、思わずトキコはきょとんとしてしまう。
「あははは、びっくりした? ドキドキした?」
「こ、この……」
顔面真っ赤になったトキコは、拳を振り上げてアッシュを追う。そんな彼女から、笑いながらアッシュは逃げる。
そんなある日の、夕日の放課後。