彼は特別で在りたかった。
元来、彼は目立たない人間であった。
多くの「厨二病患者」がそうであるように、彼もまた、誰かの気を引きたいだけだった。
他者の好意は信じない。こうでもしないと、きっと自分も、なんでもないただの「その他大勢」でしかなくなってしまうのだろう。
彼は特別で在りたかった。この平和な一般的な日常の中の特別に。
厨二発言が目立つのは、それがありえないこと、おかしなことだからである。
彼は知っている。自分もほんとうは、"他者と同じで"そんな力など無い。
皆もそれを知っているから、からかい半分で構ってくれるのだ。
ほんとうは存在しないこと。虚構だからこそ成り立つ特別。
阿久根実良は、誰よりも、"そういった類のもの"を信じてはいないのだ。
"厨二病先輩と「彼ら」"
……ないはずなのだが。
「どういうこと!?実良、何を知っているの!?」
「うおッ」
予想外の反応をいただいた。予想外の人にだ。
胸倉掴んで真剣な面で睨んでくる同級生。彼女はそういうタイプでは無かった筈だが。
「お……落ち着け図書委員長。あまり騒ぐと奴らに感づかれるぞ、"血の契約者"よ――」
「それよ。なんで知ってるの。奴らって?」
「落ち着けと言っている!」
移動教室の帰りに寄った、昼休みの図書室。本棚に押し付けられた背が地味に痛い。
"血の契約者"が何だって?自分はいつものとおり、適当に発言しただけなのだが。
3年目になる”厨二”である。なれたもの、誰かの姿を視界に入れれば、半自動的に言葉を吐く。
……実際には慣れではなく、"能力者察知"能力による言葉であるが、彼自身は知る由もない。
とりあえず、なんとか手を離させて、落ち着かせる。
「……どうした、随分いつもと反応が違うじゃないか。とうとう俺の言葉を信じる気になったか?」
「実良、あなた、まさか最初から……」
「いまさら何を言っている。俺は初めから同じ事を警告し続けていただろう?」
会話がわりと成り立っているんだが大丈夫だろうか。
……いや、委員長は自分の発言を、うまく言えないが……ひとつの興味対象として扱っていた筈だ。
おおかた、会話に乗って俺の話を引き出そうとでもしているんだろう。
そういうことならば、いいだろう。この俺の本領発揮というわけだ。
「俺の話が聞きたいか?聞いてしまえば、貴様も今までのような日常には居られんぞ。それでも――」
「いや何言ってんのあんた」
……。
そうそうこれが普通の反応だ。
「あんた、また変な事言って絡んでたの?」
「変なこととは何だ、"格闘家"。いいとこだったのに」
「いいとこって何よもうちょっと頑張りなさいよ」
「待って海猫、実良は……」
「佑も相手しなくていいから」
毎度ながらひどい扱いである。委員長も聞こうとしているしいいじゃないか。
ともあれ、これが普通の反応だ。
呆れられ誂われツッコまれる。それがいつもの俺の立ち位置である。
車椅子の彼女を睨んでみせる。当然、心底呆れたような表情を返される。よし、彼女はいつもどおりだ。
「というか実良、まだお昼食べてないでしょ?」
「ん?ああ、移動教室から直接来たからな」
「あの子が普通にあんたの席で弁当開けてたけどいいの?」
「……」
「"破壊者"、貴様ッ……!」
「あ、厨二病先輩おかえりー」
「おかえりーじゃあない。俺の領域から離れろ、無垢なる盗掘者め。貴様、俺の居ない時に来るなど……!」
「ちゃんと待ってたじゃないですかー」
「いいからその贄どもを置いて離れろ。それらは貴様の身に余るといつも言って」
「相変わらずですねー。わかりましたよーっと」
自然な流れで弁当箱を持って俺の席を立つ少女から、とりあえず食糧を奪い返す。あ、下段しかない。米しかない。こいつめ。
相変わらずはお互いだ。これで何度目になるか、高頻度で盗掘者はやってくる。俺をからかい、弁当のおかずを目当てに。
尤も、彼女が弁当をもらいにくるのは、彼の所だけではないようだが。
「知ってるんですよー。厨二病先輩、私が貰うようになってから、卵焼きの数増やしてる」
「"貰う"ではない、"奪う"だ。貴様が奪っていくから、自分の分を確保するためにだな」
「つまり増えたぶんは私が食べていいんですよね!」
「待て、別に貴様の行為を赦している訳では……全て喰うな本当に話聞いていたのかッ」
まんぞくしたような顔で弁当箱を返却する少女。
ほんとうに全て食べやがった。ここまで綺麗に食されると逆に気分のいいものが、いや、ないな。許さん。
さっさと退却する彼女を追い、教室の戸を潜り。
「ミラ兄!」
声を掛けられた。
そんなきさくな呼び方をしてくる物好きは、彼くらいしかいない。
「悪いな榛名譲、"鋏"持つ者よ。俺は今忙しい。話は後で……」
「なんだミラ兄、面倒事?手貸すぜッ!」
「……。 いや、やはり後にする。奴程度、いつでも裁きは下せる……」
女の子に弁当取られたからとか言えないし。
このまま追ったところで返って来るものもないし、こんかいはいいだろう。
次こそは報いを受けてもらおう。幾度目かになる決意をしておくことにする。
「ん……王女、貴様も居たか」
「ちょうどそこで会って、いっしょにミラ兄んとこ行こうってなってさ」
「冥闇の使徒様……」
「王女。俺のことは名で呼ぶようにと……」
「やっぱり使徒様は……いえ、せんぱいは、私を王女と呼んでくださるのですね!」
「うん? いつもそう呼んでいるだろう?
エルフの王女、"幻想の錬金術師"、『王女モア』――」
「そうです!私は想なんかじゃない、モアなんです」
「……榛名譲、彼女なにかあったのか?」
「えっ、いつもどおりじゃ?」
「そうか……?何か違和感が……」
王女の顔を眺める。
いつもと同じような会話だが、だからこそ何か違和感がある。
だがたしかに、そういう厨二発言だといわれればそれまでだ。
彼女を慕う後輩もそう言っているし、気のせいなのだろうか。
「まあいい。また魔物討伐の話があるならきかせてもらおう」
「想姐の活躍?俺も聞きたいぜッ!」
「ですから、私は想ではなくてモアですって。ではこの前の任務の話をーー」
……それにしても、何度話してもめずらしいものだ。
厨二発言が目立つのは、それがありえないこと、おかしなことだからである。
皆もそれを知っているから、からかい半分で構ってくれるのだ。
だがどうやら、このふたりは違うようだ。
彼は、この冥闇の使途に、呆れるでも誂うでもなく、懐いているらしい。
彼女に至っては、彼の言葉を信じているらしいのだ。
自分でやっておいて難だが、これの何処が良いのだろうか。
……いや、同じ事だ。
このふたりは、たしかに珍しく特別でもあるが。
他の奴らと同じく、いや他の奴ら以上に。きっとこの関係は、『冥闇の使徒』でしか得られない。
彼らの存在があるかぎり、自分が『冥闇の使徒』をやめることはないだろう。
いつも通り。今まで通りだ。この今の日常が、俺の望みだ。
「せんぱい、どこか行くところだったでしょう? 歩きながら話しましょう」
「悪いな。昼飯を、そう、買おうとしていたんだ」
「ミラ兄、今日昼飯無いんだ?」
「ああ。いろいろあって米だけは在るんだが、さすがに単体は……」
「米だけ……?」