カルーアトラズ刑務所、客室。そこに、アッシュとフレイの姿があった。
「それではアッシュ、おさらいです」
椅子の上にフレイがいる。一体どこから取り出したのか、彼女は眼鏡を掛けていた。
「アーティファクトとは何でしょうか?」
「アーティファクトは、不思議な力の宿った道具の事。キリストを突き殺した神殺しに名高い『ロンギヌスの槍』、そしてその血を受けたと言われる『聖杯』なんかはこれに属するよね」
「よろしい。では、オーパーツは?」
「出土した時代とは不相応な高い技術で作られた道具の事。美術品としての付加価値の高い『クリスタル・スカル』や、メキシコ出土の『黄金のジェット機』がそうだよね」
「そうね。アーティファクトとオーパーツ。この二つを合わせて、ジングウは『アーネンエルベ』と呼んでいるわ。ドイツ語で遺産、と言う意味ね」
「余談だけど、りーちゃんの名前も遺産って意味だよね」
「そうね」
「で、そのアーネンエルベがこの刑務所のどこかにある、と?」
「そう言う事になるわね」
カルーアトラズ刑務所。「地平線の果て」、「底無しゴミ箱」と言われるこの場所であるが、ここにはかつて軍事施設が存在していた。その軍事施設を扱っていたのが旧ドイツ軍、今日で言うところのナチスであると言われている。
地理で言えば、カルーアトラズがあるのはアメリカ領だ。そんな場所にナチスが軍事施設を置いておける訳も無く、この話は眉唾もの扱いされている。が、しかし、逆にどこの所属だったのか、と聞かれると、誰にも答えられないのが現実であったりする。軍事施設があったのは間違い無い筈なのに、どこの国なのか判別が付かない。カルーアトラズは、その出自さえ謎が多いのだ。
「さて、と……当面の目標は地下にある『悪夢迷宮』の入り口を見つける事なんだけど……」
「ああ、それなら大丈夫。実はアテあるんだ」
「あら、意外ね? アッシュ、ここに詳しいの?」
「僕はそんなに足を運んだ事無いよ……ただ、ここに知り合いがいるんだ。その知り合いなら、多分地下の入り口を知ってると思う」
「…………もしかして、彼女?」
「当たり」
「……貴方、ほどほどにしておかないと、その内タネナシにされるわよ?」
「ご忠告ありがとうございます。ほどほどに、考えておきます」
人の話を聞いているのかいないのか、よく分からない様子のアッシュに、フレイはため息をついた。
「しかし、何か楽しいな、この任務。まるで宝探しみたい」
「気楽なものね。『悪夢迷宮』に入ったらそんな事言ってられないわよ」
「……まるで、知っているみたいに言うんだね?」
アッシュが問いかけると、「まぁ、それなりに有名だから」とフレイは返した。
「口で説明しても貴方分からないだろうし、中に入ってからその身で体感すればいいわ」
「怖い事言うなぁ。僕死んだら、どうすんのさー」
「貴方、麒麟でしょ? 皇帝特権で、少なくとも夢に取り込まれるような事は無いわ。だからこそ、ジングウも貴方をこの任務に抜擢したのだろうし」
「だからって酷いよー。これで僕、しばらくカルトラ詰めだよ? トキコちゃんに会いたいよー」
大げさにパタパタと両手を振るアッシュを、フレイは無視した。
「……アッシュは、」
「うん?」
「アッシュは何であの子……朱鷺子さんにそんなに執着するのかしら」
「そんなの決まってるじゃないか。僕があの子の事を大好きだからさ」
言って、アッシュは満面の笑みを浮かべる。見る者が見れば、まるで顔に張り付けているだけのような、そんな感想を抱くのが彼の笑い方だが、その笑顔は純粋無垢なものだった。嘘を言っていない、本心の、素の笑みだった。
「それよ。人間らしく生まれた彼女はともかく、貴方はまだ生まれたばかり。身体が大きくなるまで、閉鎖区画内で育ったんでしょう? そんな貴方が、彼女とろくな接点を持っていないのに、朱鷺子さんに好意を持つのは……」
「不自然、かな?」
アッシュは微笑みを浮かべたまま、フレイの言葉を継いだ。
「そうね、不自然よ」
「どうかな……一目惚れ、って言葉があるじゃない? それかもよ。僕は一目で、朱鷺子ちゃんが大好きで大好きで大好きになっちゃったんだ。それなら、納得?」
「自分で『それかも』なんか言っておいて、それで納得って難しい話ね」
「まぁね」
のらりくらりとしていて、捉え所がない。果たして、彼の言っている事がどこまで本当で、どこからが虚像なのかよく分からない。
(全く……ジングウより取っ付きづらいわ、この子)
これが彼のスタイルなのだろう、とフレイは自分を納得させる。これではまるで、バイコーンと言うよりぬらりひょんだ、などと心の中でこっそりとぼやく。
「逆に、僕から質問」
「何かしら?」
「フレイさんと父さんってどんな関係なの? もしかして、恋人同士、とか?」
「あのね……一体この世界のどこに、こんな五十も過ぎた、年老いた老猫と付き合う物好きがいるのよ……」
表面的な、取り繕ったものではない。これは本気だ。本気で彼女は、アッシュの言葉に呆れている様子だった。
「だったら何? 『あの』父さんに好意的に接してくれるレアな人間なんて、マキナちゃんかサヨリさんぐらいだと思ってたけど」
「『あの』、とは、また大した言い草ね。一応とは言え、貴方の創造主(おとうさん)でしょうに……」
「で、何なの?」
「……知り合い、かしら。私としては、あの子は友達だと思ってるんだけど……それは流石に、あの子が迷惑するでしょうし……って、何よ、その顔」
「いやぁ……あの父さんが「あの子」なんて呼ばれるの、なんだか新鮮で」
「才能がいくらあると言ったって、あの子は結局若造(あのこ)よ。たかが二十年生きた位で悟ったみたいに振る舞ったりしちゃってさ……本当に、可愛げが無いんだから」
言いながら、フレイは苦笑を浮かべる。アッシュ達の知らない、過去の、現在の姿になる前のジングウ。そんな彼を、彼女は回想しているのだろう。こうやってジングウが、嫌悪の色も何も無く、純粋に好意が向けられているのを見るのは珍しいと、アッシュは思った。
「フレイさんは、どうしてホウオウグループに?」
「私みたいな化け猫、妖怪だとか、特殊な力を持っている人間だとか。今の社会って、異端、と言うか、世間一般の常識に合わないものは排除するでしょ? 私は、そう言うの大っ嫌いでね。遠慮するのが嫌いなの。正体を隠して、身を潜めて、とか、息が詰まっちゃう。その点、ホウオウグループはそう言うのに寛容だから。それに、世直しがしたかったのよ。私達みたいなのが、もうちょっと生きやすいような世界にね」
「へぇ……」
「ま、結局難しい話だけど。世界を変えるって、やっぱり楽じゃないわ」
言って、ため息をつく。その様子には、軽い調子の言葉とは裏腹に、深い、重みのようなものを感じる。
「正義の反対は悪じゃない、か……」
勧善懲悪。絶対的な悪を正義が滅ぼす。しばしば、特撮や映画で用いられる構図であるが、世界はそんなに単純な構造で出来ていない。作品内で正義、と称されるのは、それが所謂『主人公』の立場がそれであるに過ぎない。人の世の争いは思想と思想のぶつかり合いだ。正義の反対は悪なのではない。もう一つの、相容れない別の思想。即ち、もう一つの正義なのだ。
「みんなは分かってるのかな? ホウオウグループの悪で、救われている人間だっているって事をさ」
誰に問うでもなく、アッシュはそう呟いた。