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重なった手のひら

 結局、張間みくの生き方は誰よりも一番賢い生き方なんだとサヤカは結論付けている。
問題に立ち向かったとしても、当事者だけでなくその関係者の、そのまた関係者の、と芋づる式で被害者は引き上げられていき、
最終的には自分と関係のない人物まで非難の対象とされてしまう。大衆による圧倒的な『力』により、敵は完膚なきまでに叩き潰される。
異常なまでに自己を謙遜し他者を気遣う彼女であれば、その結果を良しとはしないだろう。
 そうして自分が望む答えを得られないくらいならば、事実を隠し、口を閉ざしている方がよっぽど平和だ。
不思議な力によって嫌でも誰かを傷付けてしまうんです、なんて喋ったところで誰も信じたりはしないだろう。
自分が我慢すればいいだけの話。だから、張間みくは生贄であることを望むのだ。

ぜんぶぜんぶ、ぼくのせい
ごめんなさい、ごめんなさい

 そんな台詞を呪文のようにいつも呟くみくが、サヤカは嫌いだった。
自己犠牲を享受する彼女が嫌いだった。他人ばかり気遣う彼女が嫌いだった。可哀想な人間だと体言している彼女が、嫌いだった。
けれども、それ以上にサヤカは自分自身が大嫌いだった。みくが自らを生贄であることを本当は望んでいないのも、
誰かの助けを求めているのも、この現実を変えたいと願っているのも彼女が一番理解している。
けれどもみくを前にすると拒絶してばかりで、極力関り合いたくなかった。更に勝手にサヤカを同情する周りのせいで、
否応なしに主犯と仕立てあげられて、それを演じざるを得なくなってしまったのであった。

___もしかしたら、張間みくは自分が望んでいる本当の姿なのかもしれない。

 その答えを認めたくないからこそ、サヤカはずっと悪役を演じ続けていたのだった。








「サヤカちゃん!!」
「………」

 張間みくの呼びかけに、ようやくサヤカは足を止めた。
しかし彼女は振り返らず、ただ全力疾走で乱れた息を整えているだけでみくの顔を見ようともしなかった。
サヤカとみくの間は、人間が一人か二人は入りそうな間隔が空いてる。
みくにとってその距離が、酷く遠くに感じる。

「…サヤカちゃ…」
「っ来んな!!」

 近付こうとしたみくにサヤカは振り返り、叫んだ。
身体を震わせ臆したみくを、彼女は冷たい眼で見つめる。

「…でも、サヤカちゃん…ボク、キミに言わなきゃいけない事が…!」
「聞きたくない、…どうせ、いつもの『ごめんなさい』だろ?」
「っそれは違、」
「聞きたくないっつってんだろ、消えろよ。…今すぐ、目の前から消えろ…」
「………」

 静かに声を震わせながら怒りを見せたサヤカ。
そんな彼女を前にしてみくは今にも泣き出しそうだったが、その場から立ち去ろうとはしなかった。
制服のスカートをきつく握り締め、眼に溢れんばかりの涙を浮かべても、
それでもサヤカから逃げ出すことも目を逸らすことも、しなかった。
大きく息を吸った後、みくは一歩、前に足を踏み出した。

「サヤカちゃん、あのね…」
「………」
「…ボク、ずっと、独りでなんとかしなきゃいけない、って思ってた。」

 みくはまた一歩、踏み出す。
二人の足元は少し盛り上がった瓦礫の山のようで、彼女の足に当たった小さな石ころが横に転がって、地面へと落ちていった。

「だって、たくさんの人たちを傷付けたのはボクの『力』のせいで、ボク自身が償わなきゃいけないから、
誰かに頼るのは駄目なことだ、って…ボク、ずっとそう思ってた…。」

 また一歩、また一歩。
みくは静かに語りながら、サヤカとの距離を徐々に詰めていく。
サヤカは険しい表情をしていたが、そこから動くことはなかった。

「でも、独りだけじゃ、何も変わらないんだ。ずっと抱え込んだままじゃ、ボクはずっと、ボクの『力』で人を傷付け続けるし、
何も、何も…変わらない…」
「………」
「それを、タガリ先輩や、アオサキ先輩が気付かせてくれたんだ…。それでね、それは、ホントだったんだ…!」

 感情が昂ぶって、みくの目から涙が一筋流れ落ちた。
あの時省吾が差し出した手を自分は取らなかった為に、何も変わらなかった。
けれども今度は、彼らから差し出された手をしっかり掴んだ。決して離さず、決して己を責めずに。
だからこそ、彼女は自分が望む姿に変わることが出来たのだった。
それを教えてくれたのは、背の大きな柔道部の主将と、無口な先輩だった。

「ボク、毎日学校に行くのが楽しくなった。色んな人達とお話をするのが、楽しくなった。
…今までよりずっと、ずっと楽しくなったんだ!」
「だから、何?…んなの、あたしに関係ないじゃん…」
「関係、あるよ。」
「っ」

 心の底を見抜かれてしまったと言わんばかりに、サヤカの身体が、びくり、と震える。
気が付けばサヤカとみくの距離は縮まっていて、みくから手を伸ばせばサヤカの顔に触れることが出来るほどであった。
少しだけ間が空いた後、みくはだらりと下がっているサヤカの手を取った。
包帯が巻かれた白い手、もう一度鍵盤を叩く事は難しいだろうと医者に宣告された手。
それをみくが労わるように、優しく撫でる。

「…あの時、サヤカちゃんがボクを庇ってくれて、ボクは怪我を負わなかった。
けれど、そのせいでサヤカちゃんの大事な手が…動かなくなっちゃったんだよね…」
「…そう、だよ…」
「サヤカちゃん、辛かったよね…悲しかったよね…」
「やめろよ、同情なんて…!」
「でも、でもね、ピアノ、また弾けるかもしれないんだ!」
「…は?」
「サヤカちゃんは、っ治す事をあきらめてるから、ピアノが弾けないんだ!」
「………!」

 みくにそう指摘され、サヤカは思わず言葉を失ってしまった。
そうだ、結局サヤカは、自分の抱えているすべての問題に向き合おうとしなかったのだ。
自身の手についても、いじめについても、与えられた現実を受け入れるだけで、自らは何も変わろうとしなかった。
変えられないと、思っていたから。
変えて貰えるのを、ひたすら待っていたから。

「っふ…ふざけんな!!」

 サヤカはそう叫び、みくに掴まれていた手を振り切った。
冷静を装う事も、悪役を演じる事も、何もかも忘れてサヤカはみくに感情をぶつけた。

「あきらめてるから?んなの当たり前だっつーの!!医者に治らないって言われて、
それでも治らないからあきらめてんでしょ!?どうすりゃいいのよ!!」
「っそれは、ボクにも分からない…」
「ほら!!言うのはでたら…」
「でも!!それを一緒に探そうよ!!一人じゃ、何も分からないから!ボクと、ボクと一緒に探そうよ…!!」
「!み、く…」

 みくは泣きながら、震えた声でサヤカに訴えた。
サヤカはみくの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。
自分は彼女から最も恨まれる存在で、この場に相応しいのはもっと別の言葉だ。
それこそ、サヤカがみくに吐き続けていた今までの言葉こそ、自分に浴びせられる言葉で…

「…そ…っか…」

みくは、自分自身だったのだ。そして、死ぬべきも消えるべきも自分だったのだ。
そう気付いた時、サヤカは静かに涙を流していた。

「サヤカ、ちゃん…」
「み、く…ごめん、あたし…っあたし…」
「………」

 寄りかかるサヤカをみくは優しく抱き締めた。
やっと彼女に寄り添う事が出来たのだ、とみくも涙を流しながら抱き締めていた。

「…やっと、仲直りだね…サヤカちゃん…」
「……みく…」
「いいの、…ね、これから、一緒に考えてこ…?」
「………」

 抱擁を解き、みくはサヤカと顔を合わせると泣きはらした赤い目で笑いかけた。
みくの両手にはサヤカの手が握られていたが、今度は振り切られることはなかった。

「…みく、あのね、」
「ん?」

パァン

 突然、サヤカの言葉を裂いて破裂音が響き渡った。
どこかで聞いたことがある、確か運動会の徒競走でスタートする時のあの銃声と似ている。
そんなことを考えた次にみくの視界に映ったのは、眼を見開いたサヤカだった。

「…え?」

 彼女の胸には、じわり、と赤い花が咲き、そしてサヤカの身体はみくの横をすり抜けて倒れた。
一つ一つの動きが、みくにとってスローモーションのように感じた。

「サヤ、カちゃん…?ね、サヤカ、ちゃ…」

 みくは座って、サヤカの肩を揺するが返事は返ってこない。
それどころか、サヤカの身体の下からじわじわと赤が広がっていく。
これは何だっけ、そうだ、血だ、でもなんで、そもそも銃声なんてどこから。
目の前で起こった出来事を追い付けない頭で必死に処理しながらも、みくはサヤカの名前を呼び続けた。

「サヤカちゃん!!サヤカちゃん!!?っやだ、ねぇ、サヤカちゃ……っひ!?」

 ガシャン、と大きな音を立てて物陰から何かが出てきたのをみくは見つけた。
頭部はフルヘルメットに無数の穴をあけたような複眼式で、手には銃器のようなものを構えている。
それはみくの知る人物でもなければ、人間でもなかった。

「あ、…あぁ…!」

 ソレと目が合うと、反射的にみくはサヤカの身体に覆いかぶさった。
けれども度重なる恐怖によって、そこから動くことは出来なかった。

(助けて、助けて…っ助けて…!!)

 徐々に近づいてくる機械の足音を前に、みくはただひたすら祈り続けることしか出来なかった。










重なった手のひら


(やっと、とどいた)
(やっと、みとめられた)

(はず、だったのに)

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最終更新:2012年12月08日 18:39