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<ジャシンの噂>

 ある日の休日。
 シスイハヤトの姿は、楠原亜音の経営するレストランにあった。

「あれこれ聞き込んだはいいが……」
「手がかり無しだな……」

 机を一つ占領し、二人は額にシワを寄せていた。机の上には地図やメモ書きなどが乱雑に広げられている。地図には赤ペンで走り書きがしてあり、あちこちに赤い丸印が付けられていた。

「あのさぁ、二人とも……? そう言うのは、ウチじゃなくて、余所行ってもらえるかな……?」
「いいじゃん、店長。ちゃんと金払ってるんだからさ。俺達、客だよ、客? あ、シスイ、ドリンクおかわり?」
「おう」
「悪いけどさ、俺のもくんできてもらえるー?」
「ああ、いいぜ」
「さんきゅー」
「……そりゃ、金払ってくれるのはいいけどさ……アンタらドリンクバーしか頼んでないし、それで二時間もここにいるし……」

 「まぁいいけど」と、諦めた様に亜音はため息をついた。「ごめんなさい」とハヤトは両手を合わせているが、顔は笑っており、悪びれる様子は全くなかった。

「で? 悪ガキ二人で、一体何を企んでるのかしら?」
「企んでる訳じゃないですよ。ちょっと、調べ物してまして」

 亜音の質問に、ドリンクバーから帰って来たシスイが答えた。ハヤトの分を置くと、彼も自分の席に着いた。

「調べ物?」
「そう。店長は、最近町で噂になってる話、知ってる?」
「えっと……双角獣とか、人面虎?」
「んー、それは一昔前のだね……最近変な噂が流行っててさ。と言っても、俺らもつい此間まで知らなかったんだけど……」
「亜音さん、『ジャシン様』って知ってる?」
「ジャシン様? 何、それ?」

 シスイの言葉に、亜音は首を傾げる。彼女は聞いた事が無いようだ。

「えっとここに……ああ、あったあった。亜音さん、これ」
「えっと……? どこかのサイトの写し、これ?」
「そ。いかせのごれの都市伝説とか噂を集めてるサイト、『百本蝋燭』。百物語組が造った、噂を監視するサイトだよ」
「あれま。百物語組って、そんなの作ってたの?」
「はい。噂って案外、馬鹿になりませんから。実際、このサイトのおかげで、何度か超常現象を未然に防いでいますし」
「まぁ、そう言う過去の実績は置いとくとして……これ春美が言うには、「電脳空間内にいる妖怪達があちこち飛び回って、色んな掲示板やサイトに書き込まれている噂や都市伝説を集めて、それを整理してまとめる」なんだとか。まぁ、「噂のWikiサイト」みたいなもんだと思ってもらえれば……」
「つまり、そのサイトを見れば、いかせのごれにある、ありとあらゆる噂や都市伝説が分かるの?」
「そう、そう言う事」
「そこで今、街に出回ってる噂を探してたんです。そしたら……」

 亜音に手渡したコピーをシスイは指差した。紙には、「ジャシン様」と言う言葉が書かれていた。

「……何だか、あんまり良い響きの言葉じゃないね」
「〝邪神〟かもしれないし、〝邪心〟かもしれない。取り敢えず、そう言う名前の噂が今街に広がってる」
「でも、ヘンなんだよなー。『百本蝋燭』で調べたら噂の名前は『ジャシン様』ってあるのに、誰に聞いても噂の名前自体は知らないんだよなー」
「そう? 噂なんてそんなものじゃないの? 人と人との間を伝わっていく内に、伝言ゲームみたいに情報が抜け落ちたり、余計な物がくっついたり」
「その可能性は勿論高いです。十中八九、その類だと俺も思います……でも……」
「でも?」

 亜音はシスイの方を見ながら、問いかけた。しかしシスイは、躊躇うようになかなか口を開かない。

「……俺の直観ですけど、何だか、人為的な物を感じます」
「どんなの?」
「意図的に……噂を歪曲してばら撒いている、そんな気が」
「……それに、どんな意味がある?」
「……分からないです。でも何だか、俺にはそんな気がして……」

シスイは申し訳無さそうに顔を伏せる。だが亜音は、シスイの言葉を全く可笑しいとは思っていなかった。むしろ逆だ。彼女は、彼の直観が何かを訴えているのだと考えていた。曲がりなりにも、シスイはアースセイバーの調査員。一般人に交じり、そこに生じる綻びから未然に超常現象や怪奇現象を防ぐのが任務だ。その調査員としての経験が、何かを感じ取っている。亜音には、そう感じられた。

「……まぁ、何をやってもいいけどさ。私はもう、アースセイバーじゃないから。だけど、無理だけはしないでね、二人とも?」
「分かってるよ、店長。そん位」
「俺達、逃げ足なら、誰にも負けない自信があるんだぜ?」
「よく言うわよ、あんた達……」

 本当に、よく言うと、亜音は思う。この二人が『逃げ』を選択した事など、まるでないのだから。

「さてと……ごっそさん、店長。そろそろ俺ら、行くわ」
「会計、お願いします」

 机の上に広げた物を大雑把にリュックに詰めながら、二人は席を立つ。亜音は慌ただしい奴らだ、と苦笑した。

「はいはい……っと、これからどうするの?」
「んと……取り敢えず、この家に行ってみようかと」

 言って、シスイは一枚のメモを渡した。そこには、どこかしらの住所が書かれていた。

「ここに、なんかあるの?」
「ええ。一家心中した家なんですけどね……俺達が調べたところによると、この家、父親だけ死に切れてなかったらしくて」
「で、その生き残りの父親が、死んだ家族を生き返らせる為に、噂に頼って死体集めてたらしいです」
「死体、を?」
「うん。噂通りだと、生贄が九人必要らしいんだけど、父親には人殺しする程の根性は無かったみたいで」
「まぁ、俺は良心がまだあったと信じたいですが……その父親は、病院から死体を盗んでいたのがバレて、窃盗罪で捕まったんですけどね。ただ、事情聴取で、こんな事を言ってたみたいなんですよ」

 ――頼む……娘は出来たんだ! 後、後は妻だけなんだ! 妻だけ! ――

「『娘は出来たんだ』……って……まさか、」
「死者を蘇らせる。そう言う事例は、アースセイバーのアーカイブにもいくつか載ってます……ですが、それはあくまで神代の話。現代で死者が蘇るなんて事例があるとすれば、ナイトメアアナボリズム以外には考えられない」
「だけどもし、本当に死者が蘇るなんて事が起きているなら……この噂は立派な超常現象だ」


 <ジャシンの噂>


「内容がどうあれ、」

「それが超常現象であるなら、」

「俺達アースセイバーが、」

「狩る」

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最終更新:2013年01月20日 15:10