「ジャシン?」
「おう」
夕方の秋山寺院。
橙に染まりかけている縁側で、遊利は百物語組の一人・
カトレアと会話を交わしていた。
「最近流行ってる都市伝説さ。
シスイ達から聞いたんだ」
「ふーん。それがどうしたの?」
「どうやらその内容が物騒らしい。何でも、九人殺せばどんな願いも叶うだとか」
「……変なの、バカみたい」
訝しく、そして不快そうに顔を歪めるカトレア。
「だよなー。しかも信じこんでやらかした奴いたらしいぜ」
「えぇー!? バカの中のバカじゃない!」
「本当か分かんねーのにな。どーせスケールの小さい願いだろ」
「例えば?」
「金がほしいとか」
「あー小さいね」
「な?」
好物の菓子パンを(因みにメロンパン)片手に、遊利は呆れたように笑った。
自分で言っておいてなんだが、やはり滑稽に思えてしまう。
「それにしても、何で流行ってるのかな。そんな噂」
「さあな。ただ一つだけ言えるのは…この土地(いかせのごれ)は不可思議な場所だって事だわ」
「何が起こるか分かんないしね」
「そうだなー…ところでカトレア」
「何?」
「願いが一つ叶うとしたら、お前何にする?」
「え、何で急に?」
「なーんとなく」
「うーん…そう言われても、特に無いかな。遊利は?」
「俺? 俺は――」
「幽花と両思いになりたい」
「ちょ、まだ言ってないだろ!!」
「あは! 図星ー」
夕焼けの中でもハッキリと分かるぐらいに、遊利の顔は真っ赤になっていた。
と、二人の間に一つの人影が射し込む。
幽花だ。
「…お、どした?」
「…………夕飯」
「わーい! ご飯ご飯ー!」
大はしゃぎで居間に向かうカトレア。
その背中を見送る遊利だったが、ふと幽花が目に入った。
「…幽花」
「?」
「もしさ、願い事が一つだけ、叶うとしたら…幽花は何にする?」
「……………何で」
「さっきまで、カトレアと都市伝説の話してたから」
「…………ジャシン?」
「そそ。で、願い事叶うならどうしたいって」
「…………」
漆の様に黒い目を伏せる幽花。
遊利を一瞥した後、一度口を開きかけ、少しの沈黙の後に再び口を開いて言った。
「…………たい」
「え?」
「………霊が見えない体になりたい」
「…………」
自分の式神に背を向け、幽花は居間に戻って行った。
「………」
霊が見えない体になりたい――そう、彼女は言った。
かつて幽霊として存在していた遊利だが、決して傷付いた訳ではない。
ただ、気付いただけだ。
小さな声ながらも、そこに一つの確かな感情が籠っていた事に。
――寂寥(せきりょう)。即ち、寂しさ。
何故。
その理由を、以前ある事実を知った彼は分かっていた。
前から不思議に感じていたのだが、幽花はやけに寺院について詳しかった。
門下生とはいえ、知れる事には限りがある筈。
そう思い、遊利は彼女にそれを聞いてみると。
「…………小さい頃から…いたし」
どうやら元から住んでいたらしい。
だが当然ながら、秋山家の人間とは血の繋がりがない。
つまり養子と同じような立場なのだ。
それについても聞いてみたが、彼女は言葉一つ溢さなかった。
そこで春美の祖父である師範、冬玄に尋ねてみたところ。
「捨て子…?」
「ああ」
「でも…何でそんな」
「…誰も見えなかったお前が、あの子には見えた。その理由、分かるな?」
「…! まさか…」
「そう。幽花には強い霊感がある。あらゆる霊が見える、強い霊感を。…だが強すぎた、見えすぎたのだ。両親は気味悪がり、そして恐れていたのだろうな。置き去り同然にあの子の元から去ったよ。『必ず迎えに行く』と嘘をついて」
「…………」
「最初は信じていただろうが…昔、幽霊と話しているのを見られた事で虐めを受けてから、霊感のせいで自分が捨てられたのだと薄々感付いたようでな」
――大好きだった両親の事を口にしなくなったよ。
冬玄が悲しげな顔でそう言ったのが、今でも脳裏に残っている。
「……幽花…」
強力な力は孤独を生み、心に深い傷をつける。
特殊能力が跋扈するこの地では、非情にも当たり前に近い事だった。
その非情な現実を、自分の愛する彼女は受け入れた――否、受け入れざるを得なかった。
それも、事実が牙を向き、希望を砕かれた様な形で。
その時から、彼女の心はぽっかりと、空いているのだろうか。
今は、彼女にしか分からない事。
空蝉の心
(でも幽花)
(例え俺が人間だとしても)
(お前が大好きなのは変わらねえよ)
最終更新:2013年02月08日 15:00