「おう、来たか」
スザクを巡る一件の翌日。学校から帰宅した姉妹を加えた火波家の3人は、ゲンブの連絡を受けてウスワイヤを訪れていた。
何度か足を運んだことのある姉妹は平然としていたが、琴音は溜息をつきつつしきりにあちこち見回している。
「これがウスワイヤ……」
「母さん、あんまりキョロキョロしないでくれよ」
さっきから何度かスザクが注意しているのだが、その都度生返事で聞き流される。いい加減無駄だと悟ったのか、大きく息を一つつき、それ以後は何も言わなくなった。
歩くこと数分、訪れたのは訓練区画だった。中にいたのは、どこか草臥れたよう印象を持つ、アースセイバーの指導教官にして監督役、
七篠 獏也。
「教官、全員そろいました」
「ああ」
4人が挨拶しつつ入室すると、「早速だが」と用件を切り出した。
「今回来てもらったのは、スザク……お前に関する件だ」
「一度死んで生き返ったから、ですか」
そうだ、と首肯する獏也。その脳裏に浮かぶのは、最近起きた似たような事例。
「そのような例となると、さすがに例が僅少なのでな……こちらとしても放っておくわけにはいかん」
言いつつ、獏也はちらりとスザクとアオイの後ろに佇む山吹色の髪の女性に目線を投げる。
「琴音女史に関しても同様だ」
「……まあ、母さんは一度は確定で死んでるわけだしな」
「そういうことだ」
では、と獏也は本題を切り出す。
「スザク、お前にはこれからここでゲンブと模擬戦を行ってもらう。戦闘系の能力所持者である以上、状態の変化が顕著に表れるのは戦いだからな」
「要は最初の時のデータ取りと同じですか……了解」
一言答え、スザクは先に待機していたゲンブと向き合う。それを確認しつつ、獏也は今度は琴音に話しかける。
「ご足労感謝する。手短に言うが、あなたには検査を受けてもらいたい。つまり……」
「通常の人間と今の私、どこがどう違っているのか、ですね」
言おうとした事柄を先取りされて若干面食らったものの、獏也は平静を保ちつつ言う。
「……その通りだ。話が早くて助かる。シノ、案内を」
「了解っす。では琴音さん、こっちへどうぞ」
シノに連れられて琴音が別の場所へ向かったのを見送り、獏也は模擬戦の場に目を戻す。
「む…………」
既に戦いを始めていたスザクとゲンブ。だが、獏也の眼に今映るその光景は、かつてのそれとは明らかに違っていた。
ゲンブの方に変化はない。少なくとも、目立ったものは。
だが、スザクの方は明らかに様子が違っていた。以前とはまるで違う。彼女の能力は「龍義真精・偽」という、
ケイイチの能力の近縁種だったのだが、獏也の記憶にあるそれとはそこかしこが異なっていた。
真っ先に目についたのは幻龍剣だ。本来あの剣は、龍が口を開いたような柄からエネルギーの刀身を出力し、それが拳に接続されることで振るわれるものだ。だが、今スザクが振るっている剣はそれとは違う。
「何だ、あれは」
柄の形状が違っていた。まるで、真っ赤なクチバシのような形に変わっている。刀身の方も密度が増しているのか、長さが以前より少し伸び、振るわれる軌跡や空を裂く音がより実在感を伴っていた。
次に、時折展開している龍義鏡。あれも本来は丸いエネルギー体であり、ケイイチのオリジナルはエネルギーを、スザクのものは実体を跳ね返す……のだが、今開かれたそれは、楕円の形状を取ったエネルギー場であり、しかも表面に何かしらの模様が刻まれているのが一瞬だけ見えた。そしてそれは、
「!」
全力で振るわれたゲンブの鉄拳を、こともなげに弾きかえしていた。
「……何という防御力だ」
直感だが、今のあれならエネルギーでもある程度防げるようだった。
そして、さっきから見ていて気付いた違和感。
スザクの防御をかいくぐり、ゲンブは何度かその体に攻撃を叩き込んでいる。その都度スザクは吹き飛ばされて壁に叩きつけられるのだが、そこからノータイムで反撃に移行している。いかな特殊能力者と雖も、人体の構造が変わるわけではない。あれほどの勢いで叩きつけられれば、肺の中の空気が逆流して一時行動不能に陥る。最悪、それで意識がなくなっても不思議ではない。
少なくとも、今のように叩きつけられた反動を利用してダッシュをかけることは不可能だ。
「……そうか、あれか」
しばらく見ていて、獏也はスザクの異様な耐久力の正体に気付いた。ようく見ると、スザクの身体の周囲を赤い光のようなものが薄く取り巻いている。
どうやら、あれが攻撃を受けた際の衝撃やダメージを吸収し、スザクまで届かせていないようだ。
「ふむ……
シスイの『天子麒麟』のオーラと似たようなものか」
彼の「天子麒麟」は自身の身体能力を爆発的に強化する他、火や風など、自然界の物質を強める働きを持つ。スザクの纏うオーラはそれとは違うものの、自分の強化という点では似ていた。
「防御にのみ特化したオーラ……なるほど、あれは龍義鏡の変形か。それにあの攻撃力……」
こうして見る限り、スザクの戦闘能力は蘇生前と比べて爆発的に跳ね上がっていた。速度、防御力、破壊力、その全てがかつてとは段違いだ。
ただ、それにしてはどうも攻めきれていないようだが。
「……ゲンブもか?」
ここに来てようやく、獏也はゲンブにも変化が生じていることに気付いた。
彼の「羅刹行」は格闘能力を強化するというシンプルながら凶悪なものだったが、それもどうやら変わっているようだ。いや、あれは能力が変わったのではない。
「……新たな特殊能力だと? そんなことが……」
特殊能力がなぜ目覚めるのか、はっきりしたことはよくわかっていない。判明している限りでは、2つの能力を持つ人間の場合、後天的なものでなければ、その両方が一度に覚醒するのが普通だ。しかし、今のゲンブは違う。以前とは違う、新たな力を得ているようだ。
「……防御の強化、か? スザクのものとは比べ物にならんが……」
スザクの剣撃を、ゲンブはさっきから大したダメージも負わずにしのいでいる。受けの姿勢がどうこうの問題ではなく、衣服から肉体まで、その全てが異様なまでの防御力を実現している。
「このデータは後でシノに見てもらうか……そうだな、今の件が片付き次第、アルマにも声をかけるか」
「お疲れっす、七篠さん」
「ああ。そちらはどうだった、シノ」
その日の深夜、シノの研究室を訪れた獏也は、開口一番そんな事を尋ねた。
琴音の検査の結果はどうだった、と聞いているのだ。それに対して、シノは意外そうな顔をしつつ返した。
「いや、驚きっすよ。春美ちゃんや
百物語組の話だと、あの人何だか能力を持ってたらしいんすけど……」
「……まさか、消えたと?」
「そのまさかっす。アカネさんみたく生体機能として取り込んじゃったわけでもない、完全に特殊能力が消滅してるっす」
俄かには信じがたい話だった。特殊能力はそのメカニズムも根源も様々なものであり、一時的な無力化は出来れど完全な消去は不可能だ。
だが、琴音の持つ「エンプレス」は、シノが見る限り完全に消え失せているようだった。
「むむ……またしても難題か」
「でも、これに関しては記憶の隅にとどめとく程度でいいと思いますよ。今すぐにどうこうってわけじゃないっすし」
「……そうだな。では別の話だが、俺の送ったデータは見てくれたか?」
夕方にスザクとゲンブが行った(途中からアオイも参加した)模擬戦の結果だ。手の空いているメンバーとも何回か戦ってもらったが、シノはそれについて推論と見直しを重ね、こんな結論を出していた。
「ゲンブの方は間違いなく新しい能力っすね。肉体及び身に着けているものの耐久力強化……」
「やはりか。スザクの方は?」
其れに対しては、シノは一拍置いてこう告げた。
「……強化どうこうじゃないっすね。能力自体が様変わりしてるっす」
「では、やはり」
獏也の問いに、ウスワイヤきっての「天才」は頷く。
「彼女の『龍義真精・偽』……あれは、既に別の能力へと進化してるっす」
「やはりそうだったか……」
「アタシの推測なんすけど、このオーラ……」
画面を指差す。示すのは、スザクの身体を覆うオーラ。
「コレ、変質させれば空を飛べるはずっすよ」
「! 飛行能力だと……?」
空を飛ぶ能力者というのは、実は意外なほど少ない。大抵は何かを操り、その副産物として浮遊する。
しかしシノによれば、スザクの新たな力……それは、能力自体が飛行能力を備えているという。
さらに彼女は、驚くべき情報をこの映像とデータ記録から得ていた。
「後、最後の方で戦ったこの子……アオイでしたっけ?」
「ああ、そうだ」
「……何か、この子の能力も変わってるみたいっすよ。今の段階じゃよくわかんないっすけど」
「!?」
これにはさすがの獏也も面食らった。言ったシノ自身、首を捻らんばかりに怪訝な様子だ。
スザクやゲンブはまあわかる。変化、進化に必要なトリガーらしきものはあったのだから。しかし、アオイはどうなのか?
経過を聞く限りでは、彼女はこの一連の事件で目立ったダメージを受けてはいない。そもそも、彼女が戦闘に出ること自体少ない。
なのに、なぜ彼女の能力まで変わるのか?
「………経過観察しかないっすね。これは、今調べてどうにかなる問題ではなさそうっすよ」
「そういうことになるか……やむを得んか」
飛翔の前兆
最終更新:2013年02月17日 15:23