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朱雀、舞う

―――スザクがその場に居合わせたのは、完全な偶然だった。
仲間や友人、恋人(なのか?)の呼びかけで目覚めた後、しばらくは家で家族3人の団欒を楽しんでいた。
が、夕刻も近い頃になって何かが囁いた。

―――奴がいる。

奇妙な予感、否直感に駆られたスザクは、母と妹の制止を無視して家を飛び出し、何かに取り憑かれたかのようにストラウルを目指した。
そしてそこに、「いた」。





「!」

カチナは瞠目した。叩き込んだ一撃が、横から割り込んで来た誰かに遮られたからだ。そしてそれは、以前殺せなかった標的たる、赤。

「っああぁっ!」

だが、それに対して何かを思う前に、細身の体からは想像もできない膂力で瓦礫の中へと再び叩き込まれることになった。
その誰か・スザクは、一撃を受け止めて血を流す右腕を押さえつつ、カチナの消えた瓦礫を睨みつける。

「性懲りもなくまた現れたのか……」
「あ、あなた……」

後ろから当惑したような声がかけられ、振り向く。視界に入ったのは、一組の男女。なぜか、スザクはその二人のうち、赤い女性の方を知っていた。

「……紅さん、だっけ? 情報屋「Vermilion」の」
「え? あなた、どうして私の名前を……」
「……赤い長髪に瞳、その背格好……火波 スザクか?」

大男・ハヅルが誰何の声を放ると、スザクはそれに対して頷くだけで応えた。

「やはりか。だが、なぜお前がこんなところに……」
「! 前ッ!」

紅の叫び声に前を向きなおしたスザクは、再び飛びかかってくるカチナの姿を眼前に見た。

「っ!」

咄嗟に「龍義真精・偽」を発動する――――が、回避も防御も間に合わない。全身の力を込めた一撃を正面から喰らい、スザクは背後にいた紅を巻き込んで大きく吹き飛ばされた。

「うわっ!」
「きゃあああっ!!」
「紅!」

その場で派手に転倒した紅を飛び越える形で、スザクの身体は地面に投げ出されていた。

(なんという力だ)

ハヅルはあらためて、このカチナという存在に脅威を覚えていた。見た目とは裏腹な戦闘力を備えている。侮れる相手ではない。精神はほとんど崩壊しているようだが、それは慰めにもならない。むしろ厄介なだけだと言えよう。
だが、紅が激しく咳き込むのを聞いて我に返った。カチナが今度はこちらに向かって来ている。

「ちぃっ!」

刹那、ハヅルは自らに根付く「悪夢」を発動した。溶け落ちたナタだった金属に手を叩きつけ、掌中で高熱体へと製錬して投げつけた。
が、

「何!?」

投擲された高熱体は、カチナに当たる直前で、何かにぶつかったかのように弾け、霧散していた。
だが、今からでは紅を抱えて逃げることなど出来ない。せめて彼女だけは守らんと、その前に立ちふさがったハヅルは、

「!!」

カチナの後ろから躍り出た、赤い影を見た。
――――カチナの一撃を喰らって吹き飛んだ僕は、いつもの癖で瞬時にダメージを計算しつつ、起き上がろうとしていた。
けど、いざその段になって気づいた。

(……痛くない?)

鏡の展開は出来なかった。僕はあいつの一撃をまともに喰らった。にも拘わらず、僕の身体には何の傷もない。見れば、最初に受けた右腕の傷もいつの間にか癒えている。ただ、なぜか傷があった辺りの服が盛大に焼け焦げていたけど。

(どうなってるんだ?)

起き上がって状況を視界に入れるまでの一瞬で、その疑問に対する答えは出た。なぜかは知らないけど、僕はその答えを最初から知っていた。

(これは?)

龍義真精・偽……長い付き合いになるこの力が、目覚めた時を起点に全く異質なものへと変質していた。
とりあえず今わかるのは、手を、いや全身を薄く覆うこの赤い光が、さっきの攻撃から僕を守ってくれたこと。その防御力には限りが――――結構なレベルだけれども――――あるということ。龍精落が使えなくなったということ。そして、幻龍剣も変わったということ。

「っ!」

気合を込めて剣を出してみると、確かに大きく様変わりしていた。鳥のくちばしのような真っ赤な柄、炎が凝った様な非実体の刀身。

(何だ……これが幻龍剣?)

頭をよぎった疑念は、

「!!」

カチナがさっきの二人に襲い掛かったのを見て消し飛んだ。今は戦わなければ!!

「させるかぁっ!」

叫んで飛び出し、斬りかかる。カチナが振り向いた。
あいつには確か、攻撃を無力化する特殊能力があったはず。だけど、そんな力がそう何回も使える訳がない。手数で押して、使い切らせる。
――――けれど、同時に僕は僕自身の声を聞いていた。

(躊躇うな一撃で決めろ何も邪魔できない)

その奇妙な声に操られるように、刃を袈裟懸けに一閃する。それに反応してカチナから不可視のエネルギー弾が放たれ、攻撃を相殺――――しない!!
幻龍―――いや、朱羽剣は、エネルギー弾を豆腐のように切り裂き、カチナの身をざっくりと焼き裂いていた。

「!? がああああ!!」

カチナが明確な悲鳴を上げてのけ反り、大きく跳躍して警戒の姿勢を取る。
一方の僕は、紅さんともう一人の人を後ろに庇いつつ、間合いを測る。今のでわかった。僕の攻撃は、あいつの力ではもう無力化出来ない。

「スザク、さん、あの子は」

紅さんが咳き込み咳き込み、何か言おうとしてるのが聞こえた。あいつと何か関わりがあるみたいだけど、今は聞いている余裕がない。

「すみません、後で! あいつを捕まえます!」

言い置いて駆け出す。見る先では、カチナが叶わないと見たか逃走を図ろうとしていた。
だが、逃がしはしない。逃がすわけにはいかない。ここで逃がしたら、今度はノルンやノアが、アオイが、母さんが襲われないとも限らない。
そんなこと、絶対にさせない。

「くっ!」

だけど、カチナの足は想像以上に速い。僕もさっきから全速力で走ってるのに、全然追いつけない。
このままだと逃げられる!!

(もっとだ……もっと速く、もっと速く走れ、あいつに追いつけ、追い越せ、捉えろ、掴め、跳べ、「飛べ」!!)

本能のようにそう念じた瞬間、

「!!?」

ふわり、と体が浮いていた。
「な、何だ、あれは」

状況を見ていたハヅルは驚愕に目を見開いた。逃走するカチナを追いかけていたスザクの身体が、それを覆う光が一瞬だけ赤く明滅したかと思うと、彼女の背に一対の翼が広がっていたからだ。炎のような真っ赤な光で輪郭を象る、不死鳥の翼が。
スザク当人にもこの事態は予想外だったのか、ほんの一瞬だけ速度が鈍る。が、それも本当に一瞬の話。

翼を一打ちして空へと舞いあがったスザクは、建物の残骸を避けて疾走するカチナを上から睥睨しつつ、その先を押さえるように大回りしながら飛行して行く。

「空を飛ぶ、能力、だと……そんなことが……」

情報屋「Vermilion」に所属するハヅルであっても、このような事例は寡聞にして知らなかった。類似の能力は一応あるにはあるが、希少だ。
当のスザクはというと、どうも慣れない飛行に四苦八苦しているらしく、時折バランスを崩して失速しそうになりながら、手足をバタつかせてバランスのとり方を探っている。大丈夫か、と思ったのも少しの間。
しばらくしてコツを掴んだらしく、赤光の翼を羽ばたかせて速度を上げたスザクは、おもむろに体を起こして空中で急停止し、

「うおおおおおお!!」
「!!!?」

赤い剣を振りかぶり、、カチナ目がけて空中から強襲をかけた。カチナは咄嗟に横へと跳躍してそれをかわさんとしたが、スザクは器用にも身体に開店をかけて強引に軌道修正し、

「えぇいっ!!」

地面ギリギリを滑空しつつ、朱羽剣ではなく、勢いを乗せた翼による打撃を叩き込んだ。完全に想定外の一撃を喰らい、カチナが大きく宙を舞う。
もちろんというか、この攻撃にも「相撃ち」は用を成さず、消耗だけが重なる結果に終わった。

「っが、あ゛、ああああ……」

威力が威力だけに「相撃ち」の消耗も相応に大きく、しかも無効化できなかったので事実上生命力の無駄撃ちに終わった形だ。
カチナはもはや受け身を取る余力もなく、地面に叩きつけられて動かなくなった。

「はっ、はぁ、はぁ……やった」

着地し、翼を消して能力を解除し、大きく息をつくスザク。紅の許に戻り、

「すみません、手加減をするほどの余裕はなくて……生きてはいますけど」
「…………いいえ」

紅としては複雑なところだった。スザクは以前と言うほどでもない以前、カチナに「殺されて」いる。
彼女にしてみればカチナは仇敵もいい所だ、全力を出すなというのは酷だろう。
ただ、それでも何かあるのは読み取ってくれたようだが。

「紅さん、あいつは……」

スザクはそう問いかけたが、その瞬間に彼女のポケットから、この場に似つかわしくない明るい曲調のメロディが流れた。

「はい……」

携帯を取り出して通話を繋いだスザクだが、その瞬間に聞こえて来たのは、

『スザク、こんな時間まで何をしてるの? 早く帰ってらっしゃいな』

琴音の声だった。心配と苛立ちが両方乗った複雑な色をしている。

「か、母さん」
『アオイが泣いてるわよ、お姉ちゃんが行っちゃったって』
「すぐに帰る、ちょっと待ってて」

言うとスザクは通話を切り、

「すみません、僕はこれで」
「あ、ちょっと……」

ハヅルが呼び止めたが、スザクはもう振り返ることなく跡地から走り去ってしまっていた。



朱雀、舞う

(生まれ変わって)
(翼を広げて)
(彼女は、空を手に入れた)

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最終更新:2013年03月03日 21:08